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南シナ海、米中心理戦を読み解く――焦っているのはどちらか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

南シナ海の人工島航海権をめぐる米軍の哨戒活動は、大統領選を控えた米国のパフォーマンスだ。その証拠に米国は一方では人民元国際化に手を貸しており、シリアには特殊部隊を派遣して存在感を強めようとしている。

10月27日、米海軍のイージス駆逐艦「ラッセン」が南シナ海のスービ礁などで中国が造成した人工島の12カイリ以内を含む海域を航海した。これは、国連海洋法条約(正式名:海洋法に関する国際連合条約)によれば、一つには「人工島は恒久的な港湾工作物とみなされない」(第11条)ため、領有権を主張することができないということと、その周辺12カイリ以内には他国の自由航行権があることを理由としたものだ。

米海軍のこの行動に対して中国が反発。中国海軍のミサイル駆逐艦「蘭州」と巡視艦「台州」が、ラッセンを追尾したと、27日に発表した。

これを受けて日本のメディアは、南シナ海における米中両軍の緊張関係が高まったとして、いっせいに「戦争になるのか否か」とか「窮地に追い込まれているのは中国だ」、あるいは「9月に訪米した習近平国家主席との会談でオバマ大統領の堪忍袋の緒が切れた」といった類の危機感を煽る報道に満ち満ちていたが、果たしてそうだろうか?

筆者にはむしろ、米中は水面下で握手をしており、また明らかに窮地に追い込まれているのはオバマ大統領だとしか見えない。

その証拠を、下記の例を取って考察してみよう。

1.中国の宿願「人民元国際化」にアメリカは手を貸している?

ラッセンが人工島12カイリ内を航行していたちょうど同じ時期の10月25日、イギリスを訪問していた習近平主席にとっては、まるで「ビッグ・プレゼント」のような報道を、ロイターがIMF(国際通貨基金)関係者の言葉として行った。

その内容は、IMFが「加盟国にお金を融通する特別引出権(Special Drawing Rights:SDR)の構成通貨に、人民元を採用する方向で準備を進めている」というものだ。

ドル、ユーロ、ポンド、日本円に次ぐ、第5の国際通貨(準備通貨)として認めるということである。

中国の現時点における最大の関心事は「人民元の国際化」である。

アメリカはこれまで、それを阻止しようと否定的な意見を述べてきた。そのアメリカは、IMFにおける17.6%(2012年)の出資比率を維持し、事実上、議決権において唯一の拒否権を持っている。

もしアメリカの賛同がなかったとすれば、IMF関係者が、このような発言をすることは考えにくい。今月末に開催されるであろうIMFの理事会で、アメリカが拒否権を発動しないという「裏の事情」があってこそ、こういった発表になったと考えていいだろう。

事実、9月末の米中首脳会談後、ワシントンは「人民元がIMFの基準を満たせば、SDR入りを支持する」と言っている。

それを裏付けるように日本の麻生財務大臣は、10月2日の記者会見で、IMFの準備通貨に人民元を採用することに関して、「決して悪いこと ではない」と述べた。アメリカが賛同していなければ、日本がこのようなことを言うはずがない。

したがって、米中首脳会談のあと、オバマ大統領の堪忍袋が切れて、ついにラッセンを南シナ海に出動させたなどという見方は、当たっていないと考える。

ちなみに中国が日中韓首脳会談および日中会談に応じたのも、IMFにおける賛成の一票を「日本」からも欲しいからだ。

それでも「歴史問題」に関しては譲らない(これに関しては別途、書くこととする)。

2.アメリカ特殊部隊のシリア派兵

オバマ大統領は、「過激派組織IS掃討作戦の一環として、シリアへ最大50人の特殊部隊の派遣を承認した」と、アメリカ政府高官が10月30日に明らかにした。シリアへの米軍地上部隊の派遣は初めてのことだ。

中国ではこのニュースを大きく扱い、オバマ大統領の「失点の焦り」を詳細に分析している。中央テレビ局CCTVは「メディアの焦点」という番組で、以下のように報道した。

「オバマ大統領はシリアにおける軍事行動に関して、2年前から優柔不断な態度を取り続け、ロシアが出動する機会を与えてしまった。おまけにロシアはシリア政府の許可を得て出動しているが、アメリカはシリア政府の許可を得るどころか反政府側を応援している混乱を招いている。中東における主導権をロシアに奪われたオバマ大統領は強いプレッシャーを感じて、小規模ではあるが存在感を強めようと焦っている。今後は特殊部隊の人数を増やすとしており、シリアは米ロの代理戦争の修羅場となっていく。」

おおむね、こういう内容だ。

オバマ大統領は、第一期の就任直後に、ただ言葉で「核なき世界の実現に向けて国際社会に働きかける」と言っただけでノーベル平和賞を受賞してしまった(2009年10月)。だから自ら戦争を拡大させるわけにいかない。ノーベル賞などをもらって、自分の首を絞めてしまったために、「外交が甘すぎる」と批判され、大統領選で民主党が危ない。上院も下院も共和党議員の数の方が多い。これで大統領まで共和党になったのでは、オバマ氏としては生涯の汚点となろう。そこで南シナ海もシリアも同時に、汚名回復を狙うために「進撃」しているに過ぎない。

3.米中の出来レース

特に南シナ海の人工島周辺における駆逐艦出動に関しては、今年の5月から米中両軍の間で、水面下における話し合いが成されてきた。そもそも今月2日から5日にかけて、アメリカ太平洋軍のハリス司令官が訪中し、中国軍と対話を行うことになっている。

中国のCCTVでは、ラッセンが人工島の12カイリ内を航行している時でさえ、「米中両軍は友好的な交流を継続している」と解説しているほどだ。

アメリカは大統領選があるため、アメリカ国民に見せるために、ある意味での「目に見える強がり」のパフォーマンスを演じているだけとしか思えない。

おまけに南シナ海の「紅い舌」で中国が領有権を主張している個所を避けて、あえて「人工島」だけを選んだのは、中国には1992年に制定した領海法があり、そのときアメリカはフィリピンから撤退しただけで、中国に対していかなる抗議もしなかったことを自覚しているせいだろう。

この詳細は4月21日付の本コラム「すべては92年の領海法が分かれ目――中国、南沙諸島で合法性主張」で書いたので、ここではくり返さない。

日本は92年のときもそうだったが、今回も同じように、表面に出てきた現象しか見ようとしない傾向にある。その奥に秘められている中国のしたたかさを見逃していると、92年のとき同様に、中国を喜ばせるだけだ。

中国は「人民元の国際化」という、最大の目標を、確実に手にしようとしているのである。それが、今回のラッセン出動だ。米中の「心理戦」を見誤らないようにしたいものである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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