地元に就職したい学生たち、地元就職を条件に奨学金は本末転倒?
今年度からの大学生や大学院生の就職活動が変わります。例年ならば来年1月から就職活動が本格化し、4月から採用試験が始まり、事実上、順次、内々定が出され、個々に就職活動が終わります。私が所属する神戸大学大学院工学研究科電気電子工学専攻では、学部卒業で就職する人は1割程度であり、ほとんどが大学院に進学します。昨年度までは、研究に没頭しなければならない大学院生が入学後、半年もしないうちから就職活動に走り、翌夏頃まで研究に集中できないことが問題となっていました。これが後ろ倒しになったことによって、解決できたわけではなく、結局、研究がおろそかになる期間が後ろ倒しになっただけです。
その学生の就職に関してですが、国が「地方創成」を目的として、地元(地方)に就職することを条件に学生への奨学金免除を行う制度を発表しました。
この制度は、学生が地元(地方)に就職しないことが前提です。詳しく言えば、学生が地方の企業に魅力を感ぜず、都市部の企業に就職が集中してしまうことが前提になっています。確かに、学生が地方の企業に魅力を感じないことはあるでしょう。福利厚生も含めて、賃金を中心とした待遇が必ずしも良くないということも原因でしょう。しかし事実を言えば、学生は地元に帰りたい気持ちが強く、就職も、少々条件が悪くとも、地元に就職したいという希望が強いのです。
かつて、地方国立大学である、愛媛大学工学部情報工学科、そして徳島大学工学部知能情報工学科に合わせて十数年在職しましたが、地元の大企業、そして中堅企業には、優秀な学生が挙って希望しました。その結果、競争率が高くなり、地元に残れない人が泣く泣く在京の企業に就職したものでした。
つまり、学生が地元(地方)に就職しないのではなく、出来ないのです。今回の制度は、奨学金免除に関係なく、地元にもともと就職できた人に取って、更なる特典になるかもしれませんが、奨学金免除があるからといって、地方への就職希望者が増えるとは考えられません。もともと
地元(地方)への就職希望者は多いのですから。また増えたとしても、地元企業側に魅力、何よりも新入社員を増やしていくだけの企業体力がなければ採用は叶わないでしょう。
愛媛大や徳島大学に在職時、就職希望の学生にとって一番の人気企業は、その地元での大手メーカのグループ企業でした。企業では優秀な人材を確保するため、積極的に地方に関係会社を作り、開発設計を中心に生産も行いました。1970年代、80年代の好景気を背景に数多くのメーカや開発会社が地方に拠点を作ったのですが、景気が急激に衰退した90年代後半以降、それらが在京の本社に吸収され、2000年代に入るとほとんど消滅してしまいました。特に情報系に限っても、80年代、90年代は中堅企業が成長し、地方でのベンチャー企業の躍進もあって、地元に残る学生も多かったのです。
地元(地方)への就職希望学生の奨学金免除は、学生の地元就職希望に振り向かせる若干のきっかけにはなりうるでしょうが、やはり地元企業側の体力作り、それは研究開発、そして生産能力を含めた経営基盤の改良、そしてかつて分散していた中央のメーカや開発会社が、当時のように人材を求めての地方分散を行う事が必須でしょう。今回の施策目的である学生の地元就職希望と、地元企業の体力強化が産業における地域創成の両輪であり、それぞれは独立に駆動してこそ、前に進むものと考えられます。