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暗黒物質の存在を実証した女性天文学者、米国初の天文台名に決定

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
建設中のルービン天文台(C)Rubin Observatory/AURA/NSF

南米チリに建設中の米国立天文台の名称として、暗黒物質の存在を観測によって裏付けた女性天文学者、ヴェラ・C・ルービン博士の名前がつけられることが決まった。女性科学者の名前が米国立の天文台に冠されるのは初めてとなる。

アリゾナ州のキットピーク国立天文台で2.1メートル望遠鏡を操作するヴェラ・C・ルービン博士。Credit: NOAO/AURA/NSF
アリゾナ州のキットピーク国立天文台で2.1メートル望遠鏡を操作するヴェラ・C・ルービン博士。Credit: NOAO/AURA/NSF

大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(Large Synoptic Survey Telescope:LSST)は、ルービン博士の名前から「Vera C. Rubin Observatory(ヴェラ・C・ルービン天文台)」になる。略称は「Rubin Observatory(ルービン天文台)」または「VRO」となる。

ヴェラ・C・ルービン博士は、1923年生まれの米国人天文学者。プリンストン研究所で博士号取得を志したものの、女性であったために研究所に入ることができず、コーネル大学、ジョージタウン大学で博士課程に入り、1954年に物理学の博士号を取得した。

ジョージタウン大学の助教授を経て、カーネギー研究所での研究を開始したルービン博士の最も有名な業績は、銀河の回転において観測と理論の食い違いから暗黒物質の存在を実証したことにある。1970年の論文で、アンドロメダ銀河の周辺部では、物質の回転速度がそれまでの理論で考えられていたものより速いという観測結果を発表した。

それまでの理論では、銀河に属する星の回転速度は、中心部では速く周辺部に行くほど遅くなると考えられていた。しかし周辺部で予想よりも回転速度が速いのであれば、中心に向かって物質を引き寄せる力が存在するとルービン博士は考えた。これは銀河内部の物質からの重力が予想以上に強いことを意味している。またその物質はほぼ銀河全体にわたって分布していて、質量は銀河で見える物質の質量の数倍ある。目には見えないが重力の影響を及ぼすこの物質は、「暗黒物質(ダークマター)」と呼ばれている。1930年代から提唱されていた暗黒物質の理論を、ルービン博士の研究が裏付けることとなった。

一連の研究の業績により、ルービン博士は1981年に女性として2番めの全米科学アカデミー会員に選出され、1993年に大統領からアメリカ国家科学賞を授与された。小惑星5726 ルービン、火星のシャープ山北側の裾野にあるヴェラ・ルービン・リッジにもその名を残している。

天文学そして物理学に多大な功績を残したルービン博士だが、女性という理由でたびたび研究の道を阻まれている。一例として、女性による観測を認めていなかったパロマ天文台で、1965年に初めて観測機会を勝ち取った女性の天文学者である。この事実は今回のルービン天文台の名称を決定した法律にも記されており、米議会は過去の女性科学者に対する差別を公式に認めたことになる。当時のパロマ天文台には女性用のトイレすらなく、ルービン博士は「女性が使用中」の札を手作りしてトイレを確保するところから仕事を始めたという。

『世界を変えた50人の女性科学者たち』レイチェル・イグノトフスキー著、野中モモ訳、創元社、2018年
『世界を変えた50人の女性科学者たち』レイチェル・イグノトフスキー著、野中モモ訳、創元社、2018年

世界を変えた50人の女性科学者たち』(2018年 創元社)にも登場するルービン博士は、女性が科学に参加する道を切り開き、100本以上の論文を発表して2016年に88歳で死去した。新たな天文台の名称となることについて、息子のアラン・ルービン、デイヴィッド・ルービン、カール・ルービン氏は「母の天文学における多大な業績と、女性の科学者の平等な権利のための活動を称える方法として、この上なく名誉なことと考えます」と喜びの言葉を述べている。

ルービン天文台となる大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(LSST)は、米国科学財団、米エネルギー省と民間パートナーがチリ北部のパチョン山に建設中の先進天文観測施設。2015年に起工し、2022年から観測を開始する予定だ。8.4メートルの主鏡を備えた大型望遠鏡が設置され、3日間で全天体を観測する機能を持つ。超新星や地球に接近する小惑星など高速で移動する物体の観測ができるほか、暗黒物質や暗黒エネルギーの解明にも貢献する予定だ。

LSSTの建設にはGoogleなどの企業をはじめ、ビル・ゲイツ氏など産業界からの支援がある。ルービン天文台の望遠鏡には、寄付の功績により元マイクロソフトのエンジニアでExcel、Wordの開発者として知られる宇宙旅行者のチャールズ・シモニー氏の名前から「シモニー・サーベイ望遠鏡」と名付けられることとなった。

ノーベル賞の候補と目されながらも生前は受賞することのなかったヴェラ・ルービン博士だが、その名が銀河を見つめる目となる新たな天文台として、名誉と共に人々の記憶に残ることは間違いない。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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