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「ムーンライト」ナオミ・ハリス:「あまり多くの人には見てもらえないだろうな、というのはプラスだった」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ムーンライト」でオスカー助演女優部門に候補入りしたナオミ・ハリス(写真:ロイター/アフロ)

キャリア初のオスカーノミネーション。「ムーンライト」の出演に承諾した時、ナオミ・ハリスの頭に、そんな想像はよぎりもしなかった。

マイアミの貧しい地区に住む黒人少年シャロンの半生を、3部に分けて描く今作で、すべてのパートに登場するのは、母親ポーラを演じるハリスだけ。バリー・ジェンキンス監督は、シャロンを演じる3人の俳優がお互いの演技に影響を受けるのを避けたいと考え、3人が会わないよう、 パート1、パート2、パート3の順で撮影している。

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しかしハリスの出演シーンは、 スケジュールの問題で、最後の3日にまとめて撮った。3つのパートで、ポーラは変化している 。それを3日という短期間で一気に演じるのは、 厳しい状況ではあったが、「自分に厳しくなりすぎる余裕もなかったから、むしろよかったかも」と振り返る。

イギリス生まれの40歳。「パイレーツ・オブ・カリビアン」「007 」シリーズなど、ハリウッド超大作でも活躍してきた彼女は、黒人女性のステレオタイプを避けるため、ドラッグ中毒の役は、すべて断ってきた。「ムーンライト」は、例外を許した初めての作品だ。アワードシーズン、L.A.を訪れていたハリスに、この特別な撮影体験について聞いた。

今でこそ「ムーンライト」は大注目を浴びていますが、昨年秋のテリュライド映画祭とトロント映画祭まで、ほとんど話題に上っていませんでした。有名女優であるあなたが、この低予算映画に出ようと思ったのは、なぜだったのでしょうか?

今作に関わった人は、誰も、こんな大きなことになるなんて、思ってもいなかったわ。みんな、自分の中に強い情熱を感じたから、参加しようと決めたのよ。私はバリーの長編デビュー作「Medicine for Melancholy」が大好きで、彼の映画に出てみたかったの。きっとあまりたくさんの人には見てもらえないんだろうな、というのは、むしろプラスだったわ。プレッシャーがないから、試したいことを自由に試すことができたのよ。こんな結果になって、本当に驚いている。自分のやったことを愛してもらえるのはすごく素敵なことだし、今作を心から誇りに思っているわ。

撮影は、「007 スペクター」のプレスツアーの合間に行ったのだとか?

そうよ。たった3日間で撮影したの。それしか時間がなかったのよ。3日でポーラの3つの違った時期を演じるのは、これまでで最高に強烈な撮影体験だったわね。

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その3つのパートの間にも、時間が流れている。映画には出てこないそれらの時期、ポーラに何が起きたのかを、私は知っている必要があった。バリーは、私に、私の思うポーラを演じさせてくれたわ。それは 、新鮮ですばらしい体験だった。監督にいろいろ言われることなく、私が思うとおりにやれば良かったのよ。バリーには素敵な部分がたくさんあるけれど、それは絶対にそのひとつね。

ジェンキンス監督のお母様もドラッグ中毒だったそうですが、そのことについて、監督から何か話は聞きましたか?

この役を受けるかどうかについて話している時、一度、その話題は出たわ。ドラッグ中毒がどういうものなのかを理解する上では、YouTubeが役立った。ドラッグ中毒患者に取材した映像やドキュメンタリーが、YouTubeにたくさん上がっているのよ。取材を受けている女性たちは、全員、レイプか性的虐待の被害者だったわ。本当に、全員よ。その事実は、ポーラというキャラクターを築いていく上で、大きな手がかりになった。ポーラも、肉体的かつ精神的な拷問を受けたの。それがあまりに辛いから、ドラッグを使って忘れようとする。

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3人のシャロン全員と共演したのは、あなただけですね。

3人とも、最高だったわ。幼いシャロンを演じるアレックスは11歳で、一度も演技をしたことがなかったのよ。なのに、本当にすごいの。子役には、思いやりをもって、優しく接してあげないといけない。やりやすい環境を作ってあげないと。今回、私は、事前にゆっくり彼との時間を取ることができなかったけれど、(パート1に出演する)マハーシャラ・アリやジャネール・モネイが、彼と仲良くなってくれていた。それはありがたかったわ。

トランプ政権のもと、まっぷたつに割れるアメリカで、今作が語ることは、とてもタイムリーに思われます。

そうね。今、アメリカでは、「あの人たちは私たちとは違うんだ」というようなことが、ずいぶん起こっているわよね。アメリカはふたつに分かれている。そんな中、この映画は、人間の違いではなく、共通点を語る。差別は何の助けにもならない。そこから生まれるのは、苦しみ、バイオレンス、戦争だけ。私たちは、お互いを受け入れるべき。お互いから学ぶべき。お互いに対して思いやりをもち、どうやって一緒に生きていくかを、考えるべきだと思うわ。

「ムーンライト」は31日(金)全国公開。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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