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TSMCが日本に来ても国内半導体産業は変わらない

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
TSMCの台南工場  筆者撮影

 TSMCが10月14日に開催した2021年第3四半期の決算発表の席で、TSMCが日本にも22nmおよび28nmのチップを製造する工場を来年建設する、と発表した。このニュースは日本経済新聞だけではなく、台湾のTaipei Timesにも掲載されており(参考資料1)、これまでのリーク報道に終止符を打つ。

 TSMCのCEOである魏哲家氏が「当社の顧客と日本政府からこのプロジェクトをサポートする強いコミットメント(約束)をいただいた」と述べた。「当社のグローバルな製造拠点を広げることによって、顧客ニーズにもっと良く応えることができ、優秀な人材ともグローバルにリーチできる。もちろん、投資に対する適切な回収を稼ぎ、当社の株主に長期的に利益を生む成長を提供することは言うまでもない」。

 ただし、日本工場の生産能力や財務に関する詳細は明らかにしていない。また合弁かどうかについても回答していない。これまでは海外に工場を建てる時、ケースバイケースだが、重要顧客などとの合弁を考えていると述べていた。日経はTSMCとソニー、デンソーと共同で熊本県に新工場を建設する方向で調整を続けていると報じている。また、TSMCは欧州にも工場を建設することも検討しているという。

 経済産業省はTSMCを誘致することによって日本の半導体産業を底上げできると述べているようだが、本当だろうか。日本に工場を持つ企業としては、日本のキオクシアや東芝デバイス&ストレージ社、ソニーセミコンダクタソリューションズ、ルネサスエレクトロニクス、ロームなどの大手に加え、すでに外資系の工場も多い。台湾のファウンドリであるUMCは三重工場、Micron Technologyは東広島工場、Texas Instrumentsは会津と美浦に工場を運営し、onsemiも会津工場を操業している。日本における半導体工場の生産能力は、台湾、韓国に続き実に世界の16%も占めているのだ(図1)。

図1 日本の半導体生産能力は世界3位 出典:IC Insights
図1 日本の半導体生産能力は世界3位 出典:IC Insights

 にもかかわらず日本企業の半導体世界シェアは10%、半導体ICに限ると6%しかない。つまり国内に外資を含めて半導体工場は韓国並みにたくさんあるが、国内半導体企業のシェアはとても小さいのである。ここにTSMCが加わることになり、日本の生産能力はさらに高まる。しかしこれによって日本の半導体企業のシェアがどうして増えようか。

 日本は半導体製造装置や半導体関連材料は世界的に強いが、その理由は日本の半導体メーカーにさっさと見切りをつけて海外の半導体メーカーを顧客としていち早く取り入れたからだ。例えば、半導体製造装置で世界の3位を行く東京エレクトロンの海外売上比率は85%に達し、半導体テスト装置メーカーのアドバンテストとなると92%以上も海外売り上げとなっている。東京エレクトロンやアドバンテストはすでにTSMCや韓国のサムスンに大量に出荷しているのである。ここにTSMCが日本に来て事態は変わると思うだろうか。

 日本の半導体産業を強くするならやはり日本の半導体企業を強くするしかない。かといって世界の半導体の潮流と大きくずれてはやはり発展しないだろう。世界と同様、ファブレスかファウンドリになる道と、昔からの大量生産ビジネスであるメモリのIDM(設計も製造も手掛ける企業)をやる道しかない。それもファブレスは10数年推進してきたが、いまだに弱い。世界のトップテンすら入らない。メモリのIDMはキオクシアがまさにそうだが、ウェスタンデジタル社との共同出資による工場を運営している。ここにDRAM工場を設立するという選択肢はありうる。しかしNANDフラッシュと同様、設備投資が大きくのしかかる。

 日本が得意な製造技術を活かすなら、やはりファウンドリだろう。筆者は10年前から日本独自のファウンドリを起こすべきだと提案してきた(参考資料2)が、誰も手を上げていない。それどころか10年前に、今からでは遅すぎる、とも言われた。

 また日本ではファウンドリと称する事業をやっていたが、それは「製造ラインが余っていたら使わせてあげる」という殿様商売だった。このためにフォトマスクセットを持ってきたら、使わせてあげるということだった。つまりファブレスの実態も半導体設計の実態も知らずしてラインを持っていただけにすぎなかった。世界のファウンドリの常識からは大きく逸脱している。

 世界のファウンドリは顧客のことをよく知っている。半導体LSI設計のどの段階でもサポートするのである。顧客によっては、システムの論理設計はやるが、レイアウト設計はやらないし興味もない、という客が多い。論理設計さえしたくない顧客もいる。OTT(Over the top)と呼ばれるインターネットサービス企業が自社チップを欲しいとしてもLSI設計言語であるHDLやVerilogを覚える気がなければ設計できない。だから、LSI論理設計からフォトマスク出力までを請け負うデザインハウスを利用して設計してもらうのである。このためTSMCのようなファウンドリはデザインハウスを当初は自社で行っていたが、今は外部にスピンアウトさせた。また複数のデザインハウスともパートナーシップを結んでいる。日本でファウンドリ事業を行うならLSI設計を熟知した技術セールスパーソンが欠かせないのだ。しかし、これまでの日本はラインを貸すだけの自称ファウンドリでは世界と勝負にならない。

図2 半導体生産量が多いのは20~10nmプロセス 出典:IC Insights
図2 半導体生産量が多いのは20~10nmプロセス 出典:IC Insights

 半導体LSIは7nmや5nmプロセスばかりではない(図2)。むしろ20nm以上のプロセスや、パワーICのように0.8µmプロセスなどに根強い需要がある。どのような電子回路でも電源となるPMICが欠かせない上に、これからの自律化社会やDX(デジタルトランスフォーメーション)では微細化ではないプロセスの半導体センサが欠かせないからだ。根強い需要をさまざまな顧客から得られれば、微細化しなくてもファウンドリビジネスはやっていける。どうしても微細化したいなら、少しずつ追いつくようにプロセス開発を行えばよい。その時のプロセスの先生は日本の半導体製造装置メーカーとなろう。

参考資料

1.Wang, L, “TSMC plans new plant in Japan,” Taipei Times, Oct.15, 2021

2.津田建二、「一刻も早く日本はファウンドリを設立すべき」、セミコンポータル、(2010/10/29)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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