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「オレはこの遺言書を認めないぞ!」~遺言書が相続を「大炎上」させる凶器に変わるとき

竹内豊行政書士
遺言書は残すタイミングが悪いと相続を炎上させてしまう凶器になります(提供:イメージマート)

怒りが込められた遺言書

山下太郎さん(仮名・享年82歳)は、亡くなる半年前に長男・健一さん(仮名・52歳)に遺言書を託していました。

そこには、妻・華子さん(仮名・75歳)に同居しているマンションを、金融資産は妻・長男・次男にそれぞれ5:4:1の割合で残す内容が書かれていました。

この遺言書を読んだ健一さんは「これでは健二(次男・49歳)が文句を言うかもしれないよ。もう少し増やしてやった方がいいのではないかな」と太郎さんに進言してみました。すると太郎さんは、「あいつ(健二さん)には散々迷惑をかけられた。ギャンブルの借金返済の肩代わりで1千万円は無駄にしたぞ。しかも、たまに顔を出すと金の無心だ。残してもらうだけありがたいと思うのが筋だろう」と怒りで声を震わせながら健一さんの進言を受け入れませんでした。そして、「お前を遺言執行者に指名しているから、俺が死んだらこの内容を実現するように頼んだぞ」と言って遺言書を封に入れて手渡したのでした。

「こんな遺言書はインチキだ!」

葬儀があわただしく終わり、あっという間に四十九日の法要を迎えました。健一さんは「ちょうどいい節目だし、健二に親父が残した遺言書を見せてみよう」と思い、健二さんに「実は、親父が遺言書を残していたんだ。内容はこのとおりだ。俺は遺言執行者に指定されているから、親父の意思を実現するようにこれから動くから承知しておいてくれよ」と言って遺言書を見せました。

すると遺言書を食い入るように見ていた健二さんの顔色が見る見る間に怒りで真っ赤になるではありませんか。そして次の驚きの発言が飛び出したのです。「こんな遺言書はインチキで無効だ!遺言書の日付の頃、お親父は認知症を発症して自分のこともよくわかっていなかったじゃないか。この遺言書は兄貴がそそのかして書かせたんだろう。俺は認めないからな!」と捨て台詞を残して帰ってしまいました。

この遺言書を残した当時、確かに太郎さんはたまに健一さんに向かって「お前はけしからん奴だ!」と健二さんと間違えて怒り出すことがありました。ひょっとしたら健二さんに対しても似たような言動があったのかもしれません。健一さんは、健二さんの「遺言は無効」という言葉が頭から離れずどうしたらよいのかわからなくなってしまいました。

このように、遺言書が原因で相続人同士がもめてしまうことがあります。遺言をめぐる争いの主な原因は「遺言能力」が原因なのです。

遺言のキーワードは「遺言能力」

遺言は「遺言の自由」が認められているように「自由な意思」が前提にあります。したがって、遺言をするには、一定の判断能力が不可欠となります。この「一定の判断能力」のことを「遺言能力」といいます。

遺言能力は、「遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識(物事の本質をはっきりと見極めること)しうるに足る意思能力(理性的に判断して、意思決程をする能力)」とされています。

満15歳で遺言を作成できる

民法は、15歳以上になれば遺言能力があるものと定め(961条)、遺言能力は遺言作成時に備わっていなければならないとしました(963条)。

したがって、15歳以上でも、意思能力がない場合は、「遺言能力はない」と判断され、たとえ形式的に法的要件を満たした遺言書を残しても、その遺言は無効となってしまいます。

そして、遺言能力が欠けた、もしくは欠けるおそれがある状態の時に遺言を残したために、遺言者の死後に遺言能力の有無をめぐる争いが実際に起きているのです。

民法961条(遺言能力)

15歳に達した者は、遺言をすることができる。

民法963条(遺言能力)

遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

遺言能力の判定基準

では、実際に遺言能力の有無は何を基準にして判定されるのでしょうか。「遺言能力の判定基準」について言及した判例を見てみましょう。

遺言の内容、遺言者の年齢、病状を含む心身の状況及び健康状態とその推移、発病時と遺言時との時間的間隔、遺言時と死亡時との時間的間隔、遺言時とその前後の言動及び精神状態、日頃の遺言についての意向、遺言者と受遺者との関係、前の遺言の有無、前の遺言を変更する動機・事情の有無等遺言者の状況を総合的に見て、遺言の時点で遺言事項(遺言の内容)を判断する能力があったか否かによる(東京地方裁判所2004年7月7日判決)

このように、遺言能力の有無の判断は、遺言者の遺言作成時の精神状態・遺言内容の合理性・遺言作成時の状況などあらゆる事情を総合的に考慮して個々の事案において判断されることとなります。

せっかく残した遺言書が争いの火種になってしまうことがあります。「遺言を残そう」とお考えの方は、ぜひ心身ともにお元気な内に残すことをお勧めします。

※この記事は、判例と民法を基に作成したフィクションです。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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