この冬、どこ行く? 雪降るこの時期に染み渡る、米沢牛のすき焼きと滝湯【温泉ごはん】と名湯に親しむ
偉大なる「秘湯」を守る人
おいしい旅館「湯滝の宿 西屋旅館」(山形県・白布温泉)
1997年の晩秋、はじめての温泉取材で秘湯に行った。
団体客を受け入れるような大型旅館ではなく、野趣あふれる環境の中でポツンと一軒。周辺に地中から溢れ出るままに温泉が湧いていた風景をよく覚えている。
まだおおらかさが残る1990年代後半。見ず知らずの男女がお風呂を共にする混浴スタイルも残っていた。
日本の温泉の原風景なのかもしれない。本能的にそう感じて、面白い世界を見つけたなぁとわくわくした。この興味深い秘湯が始まりでなければ、ここまで温泉一筋になれなかったかもしれない。
その後、世界23か国の温泉を訪ね、日本の温泉を海外に紹介する仕事もしてきた。昨今は温泉地のバリアフリーの状況を取材している。
こうして、様々な切り口で温泉にアプローチをしてきた私が、久しぶりに「秘湯」と向き合うことになった。
JTBパブリッシングの旅雑誌『ノジュール』の「秘湯」特集で、山形県米沢市を旅してきたのだ。取材先は白布温泉の「湯滝の宿 西屋旅館」。江戸時代から続く白布温泉は、かつては3軒の茅葺屋根の宿が並ぶ風景が象徴となっていたが、2000年の大火により「西屋旅館」のみがその姿を残している。
「西屋旅館」は1982年に高名な建築家によって改築され、秘湯ながらも格調高い旅館となった。特に藤を敷いた廊下が私は好きだ。
お風呂は江戸時代に作られた御影石の湯船を今も使っている。お湯は滝のように流れ落ちており、その下に立ち、肩や腰に当てると、重たかった何かが流される……。
夕食は米沢という土地柄、メインは米沢牛のすき焼き。特製味噌だれでいただく。
味噌が作用するのか、もともとやわらかい米沢牛がさらにとろける。卵の黄身にくぐらせてほおばると、米沢牛の脂で恍惚となる。味噌味はご飯が進み、ご飯茶碗一杯をたちまちたいらげて、おかわりした。
郷土料理「冷や汁」と書かれた蓋がついた二重の椀も気になる。上段は蕎麦あられ、下段は出汁に根菜ときのこが入っている。汁の椀にあられをのせて頬張ると、ポリポリと元気のいい音が響く。さっぱりとしていて、口直しにちょうど良い。
脇役のはずのおばんざいがとてもおいしかった。ピリ辛の青菜しぐれは、山形産「つや姫」にのせて食べるとよくあうし、白米にあうということは、地酒との相性も抜群。ぐいぐいいけた。結局、ご飯3杯いただいた。
「西屋旅館」に来るのは3度目だろうか、前は湯滝風呂のお湯が熱かった。
「私が湯加減の調整をしているんです。お客様への気持ちを込めて、季節によって適温の温度にしています」と女将の遠藤央ひ さこ 子さん。力仕事も多い湯守の役割を女将がしているなんて珍しい。袴姿で作業する央子女将は、勇ましい!
白布温泉の源泉温度は60度ほどで、冷ますために江戸時代から沢の水を引いて使っている。
「豪雨で沢の水を引く樋に土砂が詰まると、掃除に行くんです」というご苦労も。
そもそも人が暮らすことも困難な大自然の中に、たゆたゆと温泉が湧き出ているのが秘湯。そうした厳しい自然環境下でお客を受け入れるのが秘湯の宿。私がこうして秘湯に浸れるのは、自然と共存してくださる宿の方がいるからなのだ。温泉とは、そもそもそういうもので、だから風景も人も素朴なのだ。
「西屋旅館」を後にし、上杉神社に向かった。参拝した後、神社の脇にある「上杉伯爵邸」で、米沢の郷土料理がいただける「献膳料理」を頼んだ。
「米沢牛のいも煮」は定番。「鯉のことこと煮」は、米沢で正月や冠婚葬祭で出される「鯉の甘煮」のアレンジ料理で、骨までやわらかくなるよう煮込まれていた。
上杉鷹山が垣根として植えたことで米沢に定着したうこぎ。その新芽は食用、根は薬用というが、ご飯と混ぜた「うこぎご飯」は新芽の緑が綺麗だった。帆立と貝柱と干しシイタケで出汁をとってたくさんの根菜を入れた「冷や汁」は、鷹山公が一汁一菜を掲げた際に定着したそうだ。
うこぎ……、上杉謙信の里である新潟南魚沼の六日町でも食べられるなぁ。
我がふるさとの新潟とのご縁を強く感じずにはいられなかった。
※この記事は2023年4月6日に発売された自著『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)から抜粋し転載しています。