Zoom(音楽用電子機器)対Zoom(ビデオ会議)の商標権争いの現状について
日本の音楽用電子機器メーカー株式会社ズームがビデオ会議サービス事業社の米Zoom Video Communications, Inc. を(厳密にはその日本代理店の1社を)商標権侵害で訴えたという事件が2021年にありました(ズーム社IRニュース)(その時に書いた過去記事)。ややこしいので以下では前者をズーム社、後者をZoom Video社と呼ぶことにします。
提訴からかなりの時が経っていますが、その後、商標権侵害訴訟がどうなっているかは外部からは明らかではありません。なお、2022年にドイツにおいて同様の訴訟が行われたことがズーム社のリリースにより明らかになっていますが、こちらもその後の状況はわかりません。
しかし、特許情報プラットフォームにより、関連する商標登録に対する動きはウェブで知ることができますので、ある程度は予想が付きます。結論から言うと、この訴訟の根拠となっているズーム社の登録商標に対する取消審判が確定するまで日本の侵害訴訟の方は待ち状態になっていたものと思われます。
このズーム社の登録商標とはコンピュータプログラムを含む9類の商品を幅広く指定している商標登録4940899号と思われます。厳密には文字商標でなく、ZOOMの”OO”の部分がデザイン化されている図形商標です(タイトル画像参照)。この登録には2022年5月にZoom Video社により計7件の不使用取消審判が請求されています。
なお、この商標登録の登録日は2006年であり、登録から5年を経過しているので除斥期間という商標法上の規定(一種の時効)により、無効審判で無効にすることは困難です(現時点で類似先登録があったと主張しても認められません)。商標権を消滅させるためには不使用取消が現実的手段となります。
不使用取消審判とは、登録商標が3年以上にわたって使用されていない場合に、第三者の請求により取り消せる制度です。取消の請求人は、どの指定商品(役務)に対する請求であるかを指定して請求します。これに対して権利者(被請求人)は過去3年以内における商標の使用証拠を提出すれば取消を免れます。取消請求で指定された商品(役務)のどれか一つでも使用証拠を提出すればOKです。
7件の不使用取消の経緯は以下のとおりです。すべて審決が出ています。
①2022年11月1日 「電子計算機用マウスパッド,電子計算機用マウス」について取消。ズーム社は使用証拠未提出。
②2022年10月21日 「コンピュータプログラムを記憶させた磁気ディスク・磁気テープ・その他の記録媒体」について取消。ズーム社は使用証拠未提出。
③2024年8月30日 「インターネット及びその他の通信ネットワークのユーザー間の通信用の電子計算機用プログラム」について取消されず。ズーム社が使用証拠を提出し、特許庁に認められました。ズーム社はHandy Recorder Proという録音用アプリを提供しており、このアプリがiCloudやSoundCloudへのアップロード機能を有しているため、「インターネット及びその他の通信ネットワークのユーザー間の通信用の電子計算機用プログラム」に当たると認定されました。
④2024年8月30日 「電子計算機用プログラム(音響機器用の電子計算機用プログラム,ビデオレコーダーの操作用の電子計算機用プログラム,動画の撮影・編集又は音響・音楽の制作・録音・編集のための電子計算機用プログラム,動画の撮影・編集のためのスマートフォン用電子計算機用プログラム,音響・音楽の録音・編集のためのスマートフォン用電子計算機用プログラムを除く)」について取消されず。③と同じです。ちなみに、この請求はややトリッキーで「プログラム(音響用・動画用等を除く)」について取り消そうとしているわけで、ズーム社が音響用・動画用ソフトを販売しているので取り消せないであろうことを前提にそれ以外の目的のソフトを取り消そうとしたわけです(どちらにしろ取消失敗しましたが)。
⑤2024年8月30日 「電子計算機用プログラム(動画の撮影・編集のためのスマートフォン用電子計算機用プログラム,音響・音楽の録音・編集のためのスマートフォン用電子計算機用プログラムを除く)」について取消されず。④と同じパターンです。
⑥2024年8月30日 「ウェブ会議・遠隔会議・ビデオ会議・テレビ会議用の電子計算機用プログラム」について取消されず。③と同じパターンですが、特許庁審判官は、前述のHandy Recorder Proが音声や動画をメール添付して送る機能を有していることに基づいて、遠隔会議(メール会議)用のプログラムであると認定しています。Zoom Video社にとってはこここそが本丸であり、取り消せなかったのは痛かったと思います。
⑦2024年9月12日 「ウェブ会議・遠隔会議・ビデオ会議・テレビ会議のためのクラウドコンピューティングを介した通信用の電子計算機用プログラム,ウェブ会議システム・遠隔会議システム・ビデオ会議システム・テレビ会議システムの運営用の電子計算機用プログラム」について取消されず。⑥と同じです。
結局のところ、プログラム類(特に肝心なテレビ会議用プログラム)について取り消せなかったことになります。これで侵害訴訟が再開するのではないかと思いますが、もし、Zoom Video社が審決取消訴訟を提起していればしばらく中断状態が続きます。
なお、仮にZoom Video社が「テレビ会議用プログラム」を審決取消訴訟において取り消せたとしても、「プログラム(テレビ会議用プログラムを除く。)」といった形で指定商品は残り、かつ、商標権は類似範囲にも及びますので、Zoom Video社にとっては「テレビ会議用プログラム」と「プログラム(テレビ会議用プログラムを除く。)」は非類似であるという主張を侵害訴訟で認めてもらうというハードルが残ります。コンピュータープログラムは用途によらず(同じ類似群に属するので)全部類似というのが特許庁のデフォルトの審査運用なのでこれを覆す必要が生じます。ゆえに、第1ラウンドはズーム社有利で終わったと言って良いでしょう。
後編記事もご参照ください。