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(音楽用電子機器の)Zoomが(ビデオ会議の)Zoom(の代理店)を商標権侵害で提訴

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:株式会社ズームIRニュース

Zoomと言えば多くの人が米国のビデオ会議サービス事業者(Zoom Video Communications, Inc.)を思い浮かべるでしょう。しかし、ミュージシャンや音楽が趣味の人にとってはZoomというブランドはエフェクターやレコーダーなどの音楽用電子機器メーカー(株式会社ズーム)のブランドとして長きにわたり有名でした(私も結構な数の同社製品を所有しています)。ちょっとややこしいので、以下、前者をビデオ会議のZoom、後者を音楽機器のZoomと呼ぶことにします。

音楽機器のZoomは1983年創業で、ビデオ会議のZoomよりもはるかに歴史が長いです。両社の事業分野はけっこうかぶっているので、ビデオ会議のZoomが日本で有名になり始めた頃、結構ややこしいことになるなと思っていました。実際、昨年には、ビデオ会議のZoomと間違えられて音楽機器のZoomの株価が高騰するといった事件がありました。音楽機器のZoomとしては長期的にこのブランドで営業を続けて信用を築いていたのに、突然に横入りされたかのような心情だったかもしれません。

そして、本日、ついに音楽機器のZoomがビデオ会議のZoomの代理店(NEC ネッツエスアイ株式会社)を商標権侵害で訴えました(IRニュース)。ビデオ会議のZoomの日本法人ではなく代理店の方を訴えたのは、ビデオ会議のZoomの日本法人が実際に販売を行っているかどうかの確証がとれなかったからだそうです(海外企業の日本法人に管理部門しかなく、実際の販売活動は代理店が行っているケースはよくあります)。

上記IRニュースでは問題となる商標登録の番号が記載されていないのですが、「ビデオ会議サービスの利用に必要な会議用プログラムを顧客に提供するに当たり、当社登録商標と極めて類似した標章を使用」したことが問題とされていることから、9類の「電子計算機用プログラム」を含む商標登録(4940899)(2006年の登録です)に基づく権利行使と思われます。

では、ビデオ会議のZoomは商標登録していないのでしょうか?当然ながらしています。たとえば、国際登録経由の登録(国際登録1365698)がありますが、これは、38類の「音声会議通信」等をカバーしたものであり、その他の登録でも9類の「電子計算機用プログラム」をカバーしたものはありません。9類の「電子計算機用プログラム」をカバーした出願はしている(商願2020-061572)のですが、音楽機器のZoomの先登録の存在等を理由とした拒絶理由が通知されており、登録は困難な状況です。

この件はどう考えても音楽機器のZoomの方に分があると思います。IRニュースでは「損害賠償を請求しておりませんが、これは当社に金銭的損害がないことを示すものではなく、当社登録商標が法的に保護されるべき知的財産であることの確認が訴訟の目的であり、和解金等での解決を排除する姿勢を示すものです」と書かれています。ひょっとするとビデオ会議のZoomは日本で何らかの形のブランド変更(たとえばアプリ名の変更)を強いられることになるかもしれません。

追記:裁判で問題になりそうな論点としては、ビデオ会議のZoomで使用するアプリにZoomという商標を付けることが、「電子計算機用プログラム」という商品に対する商標の使用に当たるのかという点があるでしょう。ZoomのアプリはZoomのビデオ会議でしか使用されないものなので、日本のズームの商標権は侵害しないという理論構成は可能かもしれません。また、ビデオ会議という役務(サービス)での商標権はZoom Video Communications社側にあるので、ビデオ会議の名称をZoomから変更する義務を負うことにはならないと思います。せいぜい、アプリの名称を変更するくらいでしょう。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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