Zoom(音楽用電子機器)対Zoom(ビデオ会議)の商標権争いの現状について(その2):商標登録編
先日書いた記事では音楽用電子機器の株式会社ズーム(以下、ズーム社)がビデオ会議サービス提供事業者のZoom Video Commutications Inc (以下、Video Zoom社)の間の商標権侵害訴訟に関連して、後者が前者にしかけた不使用取消審判について書きました。
両社の争いは商標権侵害訴訟だけではなく、商標登録出願にも及んでいます。元々、ズーム社は9類(コンピュータープログラム等)、Zoom Video社は42類(ビデオ会議サービス等)でそれぞれ商標登録していましたが、現時点では、それぞれが相手の領域についても商標登録すべく動いています。
この商標登録の争いにおいて注目すべき点は、株式会社トンボ鉛筆のZOOMというハイエンド筆記具のブランドが関係し、三つ巴となっている点です。トンボ鉛筆のZOOMは最初の商標登録が1982年に行われている歴史あるブランドです。特にデザインが施されていない文字商標です(タイトル画像の一番下参照)。文房具類のみを指定商品としていればこの件には関係なかったのですが、2000年2月に(ズーム社より前に)コンピュータプログラムを含む9類でも登録(4363622号)したことで話がややこしくなってしまいました。なお、トンボ鉛筆を批判しているわけではないので念のため。自社ブランドを拡張するにあたり、使用する可能性がある分野でも先んじて商標登録しておくのは企業経営として当然のことです。
さて、ここからがきわめて重要な点ですが、2024年7月にZoom Video社は、トンボ鉛筆の商標登録の「電子計算機用プログラム」指定部分を分割譲渡されています(4363622-2号)。
これによってZoom Video社はZOOMの文字商標(タイトル画像の一番下)の、電子計算機用プログラムについての独占使用権を得られました。ここには、ズーム社の商標権は及びません。この商標権移転によって、Zoom Video社の本来の商標(タイトル画像真ん中)についても独占権が得られるか(タイトル画像真ん中の商標とタイトル画像の一番下の商標は実質同一か)は何とも言えません(少なくとも商標法の規定では色違いは同一性に関係ありません)。いずれにせよ、ズーム社にとってはかなり厳しい状況です。(追記:と思いましたがそうでもありませんでした。記事末の追記を参照ください)。
この商標権移転の経緯も興味深いものがあります。Zoom Video社は、2020年5月18日にコンピュータープログラム(9類)についても出願をしていましたが(商願2020-61572)、上記のトンボ鉛筆の登録およびズーム社の登録等を理由に拒絶理由通知が出ていました。Zoom Video社は、この拒絶理由を解消するために、トンボ鉛筆の登録に不使用取消を請求したのですが、その不使用取消が確定する前に、交渉により商標権を譲渡してもらっています。トンボ鉛筆的にはどうせ取り消される可能性が高い商標登録なのだから、有償で譲った方が得と考えたのでしょうか。
ところで、ズーム社は、1992年にZOOMの文字商標を9類を指定して登録(登録2445969号) しています(トンボ鉛筆より前)が、そこでは、「メトロノーム、レコード」等しか指定されておらず、肝心のコンピュータープログラムが指定されていなかったので今回のケースでは使用できませんでした。また、Zoom Video社に先んじてトンボ鉛筆からコンピュータープログラム指定部分の商標権を譲渡してもらうよう交渉することもできたと思います。まあ今言ってもしょうがない話ではあるのですが、自社がビジネスとして使用している部分の商標権は漏れなく押さえておくことがリスク回避の最善策であることは確かです。
追記:すみません、1点見落としていました。トンボ鉛筆の商標登録に対してZoom Video社が不使用取消を請求する前に、有限会社パームなる会社が同様の不使用取消を請求しており、こちらにはもう取消の審決が出ていました。これに対して審決取消訴訟が請求されています。この取消訴訟で勝訴しないと、Zoom Video社はせっかく譲渡された商標権を失うことになってしまいます。この有限会社パームという会社がどういう会社なのかはわかりませんが、もし、ズーム社のダミーだとしたら(不使用取消審判は利害関係がなくても請求できるのでダミーを立てることはたまに行われます)、何とも丁々発止の戦いであると言わざるを得ません。