「品位」を問われるべきはどちらか~証拠の「目的外使用」で弁護士会の審尋開かれる
「DVDは、違法な取り調べがされた証拠。それを多くの国民に知っていただくことこそが弁護士の義務であって、それを消去してしまうことは、むしろ弁護士としての倫理に反します」
取り調べのDVDをNHKの報道番組に提供した佐田元真己弁護士が、大阪地検から懲戒請求をされた件で、大阪弁護士会綱紀委員会は1月7日に佐田元弁護士に対する審尋を行った。その席で佐田元弁護士は、事実経過を説明するとともに、自身の行為の正当性を訴えた。
佐田元弁護士は、自宅での兄弟げんかの際に弟が死亡した事件で、傷害致死で起訴された兄Aさんの弁護を担当。Aさんに弟の命を奪うような故意はなく、事件は不幸な事故だった、と無罪を主張した。裁判員裁判で行われた裁判で、大阪地裁は「誤想防衛」の成立を認め、無罪とした。決め手となったのが、最後の検事取り調べを録画したDVD。検察官の請求証拠として、法廷でも再生された。その結果、調書ではAさんが「力いっぱい3分間首を絞めた」などと故意を認めたような記載になっているが、実際の取り調べでは「(もみあっているうちに)結果的にそうなってしまった」と語っていたことが明らかになった。つまり、このDVDは、Aさん無罪の有力証拠であると同時に、検察が供述とは異なる調書を作成しているという密室での取り調べの問題点を暴く証拠でもあった。
この事件は、NHK大阪が作成した、取り調べの可視化の有用性を印象づける事件として取り上げられた。佐田元弁護士は、番組の趣旨を聞いて、取り調べの可視化が議論されている中、多くの人に取り調べの実情を知ってもらおうと、DVDの提供に同意。NHKは、DVDに記録されている取り調べ場面の一部を紹介した。Aさんとその母親は、NHKがDVDを使うことには同意しており、番組ではAさんだけでなく、検事や事務官の顔にはぼかしを入れ、音声も変えるなどの配慮がなされている。
DVDが出したことで、実際の取り調べと調書の食い違いを、わかりやすく、臨場感を伴って伝える効果は間違いなくあった。と同時に、検察を激怒させた。
そうでなくても検察は、刑事訴訟法に開示証拠の目的外使用を禁ずる規定が盛り込まれて以降、弁護士が刑事裁判以外の場で、証拠を使うことをとがめるようになった。冤罪事件の理解を深めるために調書などの証拠の一部を見せてジャーナリストや支援者に説明する行為も、懲戒請求をちらつかせて牽制する。今回の場合は、特に検察の取り調べの問題を示す証拠が番組で使われたということで、とりわけ頭に来たらしい。だが、佐田元弁護士はNHKからDVD提供で金銭的利益を得ているわけでもないため、罪に問うことはできない。そのため、「弁護士の品位を失うべき非行」として、大阪弁護士会に懲戒請求した。
懲戒請求があると、まず弁護士会の綱紀委員会で、調査を行う。「審尋」は、同委員会が当事者から意見を聞く手続き。通常は非公開で行われるが、今回は佐田元弁護士側の希望で公開となった。
委員側からは、事実経過や関係者のプライバシー配慮や意思を確認したかどうかについて質問があり、佐田元弁護士が説明をし、同席した3人の代理人弁護士がそれを補う発言をした。
代理人の一人で、刑事弁護のプロとして名高い後藤貞人弁護士は、次のように熱く佐田元弁護士を弁護した。
「いいですか。(検察に)不正があったんですよ。弁護士にとって看過できない不正が。そして、その動かぬ証拠がある。内容は言葉で語っても、なかなか世の中には伝わらない。映像でないと分からないものがある。それで公表した。その行為が、どうして弁護士倫理に反するのか」
「彼がやったことは、不正があった証拠のビデオを消去しなかったこと。そのビデオを(裁判終了後も)検察に渡さず、国民みんなが見るべきものとして、プライバシーなどに配慮しながら提供した。それに、どういう問題がありますか?大事なのは、彼が弁護士として正しいことをやったかどうかだ。彼は正しいことをやった」
証拠開示は、法律で要件や手続きが定められている。ところが大阪地検は、懲戒請求申立の中で、「弁護士を信頼して証拠開示を行っている」と、あたかも検察官が行為や恩典として「開示してやってる」かのように述べた。そして、佐田元弁護士の行為は「弁護士に対する信頼を大きく失墜させる」ものであって、これを弁護士会が許容すれば「証拠開示の制度や運用にも悪影響を及ぼしかねない」と、威嚇めいた”警告”をしている。
佐田元弁護士には、大阪弁護士会の刑事弁護に精通した弁護士たちが支援を買って出て、代理人団が形成されている。この日の審尋にも、発言した3人以外に、多くの弁護士が傍聴席を埋めた。しかし弁護士の中にも、検察の”警告”を心配したり、刑事訴訟法の条文上は目的外使用に当たると検察の主張に理解を示すなど、佐田元弁護士の処分を求める声もあるらしい。
審尋の中で綱紀委員は「懲戒請求に批判的な意見が多数あることは理解しているが、弁護士会内でも(佐田元弁護士に対して)厳しい処置をしなければ、証拠開示について悪影響があるのではないか、弁護士に対する信用低下につながるのではないか、との意見もある」として、それに対する意見を求めた。
これには、最高裁元判事の滝井繁男弁護士が次のように述べた。
「(開示証拠の目的外使用を禁じる刑訴法改正の際)法務大臣は、(開示証拠の利用について)制限を加えないと名誉毀損やプライバシー侵害が起こり、偽証に使われることもある、と述べた。しかし、本件で何らかの具体的な弊害、権利侵害があったという主張や証拠は、検察側から出されていない。検察庁は、証拠はあたかも検察の私的なものと考えているのではないか。検察によって(虚偽の調書作成という)重大な違法行為が行われている時に、それを国民に知らせることは国民の知る権利に由来する。刑事訴訟法の規定は、(国民の知る権利を保障した)憲法の趣旨に従って解釈すべきだ。よもや懲戒相当の結論が出ることはありえないと考えているが、(その決定の)理由の中に、いささかなりとも弁護活動を萎縮させるような文言が入れば、検察側に最大限に利用されることは明らかだ。そのようなことになれば、悔いを千代に残すことになる」
後藤貞人弁護士がそれに続いた。
「第1に、この件によって証拠開示に悪影響が出るというのは全く違う。検察は、元々できるだけ証拠を開示したくないという立場。プライバシー侵害など、弁護士として問題があるような形で証拠を他に流した場合は、懲戒にすればよい。しかし、佐田元さんは違う。この範囲は弁護士として許される、こうした行為は許されないという判断を、(弁護士会として)示すべき。検察が、(今回のケースを理由に証拠開示の制限を)言ってくるおそれもあるから、判断するのをやめておこうというのは違う。
第2に、弁護士の信用低下というのが、世間一般から見ての弁護士への信頼という意味であるとするならば、それも全く違う。今回の件を報じるマスコミ、ジャーナリスト、元裁判官のコメントなどを見ても、検察官の対応は間違っていると言っている。弁護士会が正しい判断をしたからと言って、信用が低下するはずがない」
また、やはり刑事弁護人の経験豊富な下村忠利弁護士は「検察は、捜査記録は検察のものだ、証拠開示も恩恵だという考え方でいる。これは完全に間違いだ。現代では、こういう発想は通用しない」と検察を批判。「不正を隠蔽しようとした検察の懲戒請求をいささかでも正当化することがあってはならない」と語気を強めた。
最後に佐田元弁護士が、穏やかな口調でこう述べた。
「番組は、DVDの映像が入ったことで、問題がよく分かったと反響があったと聞いている。Aさん本人もお母さんも、DVD放映については十分に納得し、私が懲戒請求されたことを心配して下さっている。私は、弁護士として当然のことをしました」
審尋が終了したことで、同綱紀委員会は近々、結論をとりまとめると見られる。
検察官が被疑者の供述とは異なる調書が作成した証拠を、廃棄せずに公表した行為が、果たして「弁護士としての品位を失うべき非行」なのだろうか。
私はむしろ、刑事訴訟法の規定を形式的に適用したり、弁護士会の懲戒請求の制度を利用することで、国民が刑事事件の真相や捜査の問題を知る機会を奪い、弁護士の活動を萎縮を狙う検察の「品位」こそが問題にされるべきだと思う。
何より、こうした検察による”悪用”を許す刑事訴訟法の規定は、一日も早く改正されなければならない。