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米国大統領選まであと1ヶ月、選挙戦の見どころと日本への影響は?

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
米国大統領選候補者討論会を中継するABCテレビ(写真:ロイター/アフロ)

 11月3日に投票を迎えるアメリカ大統領選挙まで、あと1ヶ月となりました。共和党の現職で再選を目指すドナルド・トランプ大統領に民主党のジョー・バイデン前副大統領が挑む構図となっており、選挙戦は佳境を迎えています。先月29日には、両者の間での初の対決となるテレビ討論会が行われましたが、討論会は両候補の非難の応酬となり、全米では「史上最悪の討論会」と酷評されています。また、今月2日にはトランプ大統領夫妻が新型コロナ陽性となったことがオクトーバーサプライズとして大きく報道されています。今後の選挙戦の見どころと日本への影響について、これまで大統領選に関心のなかった方でもわかりやすいようにまとめてみました。

アメリカ大統領選の仕組み

 まず、アメリカ大統領選挙の仕組みを紹介します。アメリカ大統領選挙は直接選挙ではなく、大統領を選ぶ「選挙人」を選ぶ間接選挙となっています。しかしながら、実際には選挙人は前もって、特定の大統領候補と副大統領候補のペアへ投票することを誓約しているので、直接投票と実質的には変わりがありません。この「選挙人」の定数は538で、全米50州と首都であるワシントンDCに人口に応じて配分されているのですが、特徴的なのはそれぞれの州において最多得票をした候補者がその州の選挙人をすべて獲得できる勝者総取り方式が採用されているということです。

 次に、アメリカにおいては、国会である連邦議会の上下両院では単純多数決の小選挙区制度が採用されていることから、保守的な政党である共和党とリベラル・進歩主義的な政党の民主党の2大政党による政権交代が繰り返されており、この2党以外に所属する候補者以外が大統領選挙で当選することは極めて難しいと言えます。多くの州では2大政党以外の立候補に一定数の有権者による署名を必要としているため、2016年の大統領選挙では正副大統領の立候補ペア31組のうち、2大政党以外の候補者で、全州で立候補できたのは1組だけでした。

 2大政党は大統領選挙の候補者の選出に関して大統領選挙がある年の2月上旬から、8月の党の全国大会で大統領候補を選出する代議員を得るための党内予備選挙を行い、候補者がふるいにかけられます。そして、過半数の代議員を獲得した候補者が全国大会で党の候補者として選出されます。その際、当該候補者が副大統領候補として指名した人物(ランニングメイト)を党の副大統領候補とする決議も同時に行われます。その後、両党の正副大統領候補が激しい選挙戦を展開し、上述のように3回の公開テレビ討論会を経て、11月上旬の有権者による選挙人選出投票を経て、次期大統領が決まるというのが通常の大統領選挙の選出過程です。

オハイオ州を制するものが大統領選を制す

 近年、民主党は都市部で強く共和党は農村部で強い構図が固定化されているので、ニューヨークを抱えるニューヨーク州、ロサンゼルスやサンフランシスコを抱えるカリフォルニア州、シカゴを抱えるイリノイ州などでは民主党候補者が勝利し、農村部が多い南部諸州などでは共和党候補者が勝利する傾向が顕著で、これらの州はそれぞれの党のカラーをもじってブルー・ステイト(民主党が強い青い州)、レッド・ステイト(共和党が強い赤い州)と呼ばれています。それゆえ、選挙結果を決定するのは、両方に属さない人口が多い州(割り当てられる選挙人の数が多い州)の選挙結果となります。特に、オハイオ州(選挙人数18)、ペンシルベニア州(同20)、フロリダ州(同29)は最重要で、1964年以降はオハイオ州で勝利した候補者が大統領に当選しており、「オハイオ州を制するものが大統領選を制す」とまで言われています。オハイオ州とペンシルベニア州は都市部人口と農村部人口が拮抗しており、フロリダ州は都市部人口が多いものの老後の定住地として選択されるために高齢者が多く、またキューバからの亡命者やその子孫が多く反共感情が強い有権者が政治的影響力を持っているという特徴があります。

 そのため、2000年と2016年の大統領選挙では、民主党の候補者は全米での得票数は共和党候補者のそれを上回ったものの、上記3州のうちのオハイオ州を含む複数の州を落としたために、共和党候補に敗北しました。

選挙結果の日本への影響

 両候補の政策の違いが大きいため、どちらが勝つかで今後の世界情勢が大きく変わることは間違いないでしょう。ここで重要となるのは、両候補の行動原理を改めてみることと、日本でもおおよそ一年以内に総選挙が実施されることは確実であり、与党と野党のどちらが勝つかで日米関係に変化が生じるということです。

 まず、両候補の行動原理ですが、トランプ氏の行動原理は選挙に勝つことです。再選すれば大統領の任期の上限は2期8年となっているので、更に選挙はないから関係ないと思われるかもしれませんが、仮にトランプ氏が選挙で勝ったとしても議会選挙で共和党が負ければ、大統領と議会多数派の政党が異なるという「ねじれ現象」が解消されず、トランプ氏が訴える政策の実現は困難になります。それゆえ、政権のレガシー(遺産)を残したいと考えるならば、引き続き2年後の中間選挙での共和党の勝利を目指して、それを実現させるために彼が必要と考える政策を追求することになります。また、ロシアなどを倣って合衆国憲法で定められた2期8年という任期上限を撤廃したいと考えているとみられる行動もあり、いずれにせよ、自身と共和党が選挙に勝ち続けることを目標とした行動をとり続けることが十分考えられます。

 一方、バイデン氏が大統領になった場合は、トランプ氏によって破壊されたオバマ政権のレガシーを立て直し、民主主義と自由貿易をコアな価値観とした国際協調体制を立て直してその中でアメリカがリーダーシップを果たすことを目指すとみられます。トランプ氏によるアメリカ・ファーストは数々の国際協調体制を崩してきました。これらを立て直し国際社会におけるアメリカの位置づけを再確認するためには時間がかかりますが、その取り組みを加速させることは間違いありません。

 日本側のリーダーですが、先月就任した菅首相の外交方針はまだ明確ではありません。安倍政権の継承を訴える一方で、首相自身は実利重視であり、あまり大げさな振る舞いは好まないようにも見えます。また、親中派と言われる二階俊博幹事長が菅氏の自民党総裁就任に大きな役割を果たし政権に対して強い影響力を持つと考えられます。支持率が低迷している野党ですが、新立憲民主党・共産党・社民党が掲げている政策の共通項として、脱原発(志向)・日米地位協定の見直し・普天間基地の辺野古周辺への移転見直しがあります。

 トランプ氏が選挙で勝ち、菅政権が続く場合を考えると、トランプ氏の大胆なパフォーマンス戦略は菅首相と相容れない部分でもあり、両首脳の関係はよりドライなものになる可能性があります。トランプ氏は引き続き対中強硬路線・封じ込め路線を取ると思えますが、自民党内での中国に対する温度差があることから、菅首相は対応に苦慮するでしょう。北朝鮮問題に関しては、日本はもはやメインのプレイヤーではなくなっている上に、北朝鮮とアメリカのリーダーが変わらなければ、現在の状態が続くとみられます。

 翻ってバイデン氏が勝って菅政権が続く場合、国際自由主義を信奉する「常識人である」と評価されるバイデン氏が大統領に就任することで、G7諸国とアメリカの関係は大きく改善することが見込まれます。日本に関しては、菅氏は今のところトランプ氏の再選を支持するような話までは言及していないので、両首脳とも手探りで関係を模索することになるでしょう。アメリカのTPP参加が再度検討されることになりますが、実現しても後発参加となるので日本など他国に対して強硬な態度を取ることができるかは予想しにくい状況です。

大統領選の行方と結果の見通し

 アメリカでは、選挙結果の予想を行っているサイトがいくつかありますが、そのうちで有名なものをいくつか紹介します。

 大統領選挙などで候補者の当選確率を打ち出していることで有名なファイブサーティエイト(FiveThirtyEight)は、10月1日現在でバイデン氏の当選確率が78%(トランプ氏の当選確率は22%)と公表しています。各種世論調査の結果をRealClearPolitics averageと呼ばれる平均値に集約して公表しているリアルクリアポリティクス(realclearpolitics)では、9月30日現在の全米でのバイデン氏とトランプ氏の支持率の値が49.7%対43.1%(6.6ポイント差)となっています(ただしこの値は第一回の討論会の反応が完全に反映されてものではありません)。

 依然として、バイデン氏有利が伝えられていますが、リアルクリアポリティクスでは7月23日には51.1%対40.9%と10ポイント以上の差があったのが、討論会の前ではトランプ氏がじりじりと追い上げを見せていたので、討論会が投票先が未決定の有権者にどのような影響を与えたのかが気になるところです。前回の大統領選挙では、ファイブサーティエイトなど多くのメディアでは事前にヒラリー・クリントン候補の有利が伝えられていました。それが、実際にはトランプ氏が当選したのは、世論調査ではトランプ氏を支持すると答えずに実際にはトランプ氏に投票した有権者(隠れトランプ支持者)が多数いたからだと指摘されています。2018年の上下両院中間選挙の結果は大方のメディアの予測通りになりましたが、2016年と同じようなことが起こらないとは確証できません。

トランプ大統領コロナ感染というオクトーバーサプライズ

 また、オクトーバーサプライズとして、トランプ大統領の新型コロナウイルス感染というトップニュースが入ってきました。報道を見る限りは自分自身で介助なく歩いていたことや「軽症」と報道されていることから、このまま症状が軽快すれば「新型コロナウイルスに勝った」などとして選挙戦に利用することが想定されます。また、臨床試験中の薬を投与したとの報道もありますが、軽快すれば「米国はコロナウイルス感染症に勝つことが出来る」という強いメッセージの材料にする可能性も高いでしょう。一方、仮に重症化してしまうようなことがあれば、これまでマスクをつけていなかった大統領としての資質や今後さらに4年後も任期を務められるかどうかという健康問題もあり、今後の討論会開催などにも影響が出てくる可能性があります。あと1ヶ月とはいえ、世界のリーダーでもあるアメリカ大統領選挙の行方は、まだまだわかりません。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。日本選挙学会会員。

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