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【羽生結弦4回転アクセルの扉】無良崇人さん分析(1) 回転のかけ方の極意、ワリエワとの比較

野口美恵スポーツライター
現役時代は羽生選手と共に世界と戦った無良さん(写真:アフロスポーツ)

羽生結弦が手を掛けた4回転アクセルの扉。これまで幾多の選手が挑戦しながらも、その頂きに辿り着いた者はいない。屈指の4回転ジャンパーである無良崇人さんも、そのひとりだった。羽生とアイスショーで「4回転アクセル競争」を披露したこともある無良さんが見た、4回転半の世界とは。

スピード、高さ、回転速度、タイミング

どれか1つでは4回転半には届かない

――無良さんは現役時代に、4回転アクセルの練習をされていましたね。

僕は大学を卒業するまでの時期に、かなり本気で試行錯誤した時期がありました。自分の延長線上に考えられることは結構やったんです。耐空時間を延ばすためには、入るスピードを速くして飛距離を出すということも出来ますし、高さをもっと出すという考えもある。回転という面では、回転速度を上げるか、回転が始まるタイミングを早めるか。どれか1つが正解じゃなくて、どの要素も伸ばしていかないと4回転半には届かないな、と思いました。

――以前、アイスショーのフィナーレで、羽生選手と2人で4回転アクセル競争をしたことがありました。あの時は4回転くらい回ったように見えました。

あのショーでは4回転くらいでしたが、練習では「4回転と4分の1」の手前くらいまで回ったこともありました。でも「4回転と4分の1」回ると、着氷のときにエッジが真横の角度になるんです。エッジがひっかかって、バーンと真横にたたき付けられる転び方をする角度。そこで恐怖心が出てしまって、空中で身体を締め切れなくなってしまったんです。この「4分の1不足」から「8分の1不足」あたりの恐怖を抜けられませんでした。

――アイスショーの時は、羽生選手は飛距離をだして大きく跳ぼうとしていて、無良さんはすごく高さを出した跳び方のように感じました。

僕の場合は、もともとトリプルアクセルも高さを出すのが得意で、距離を稼ぐタイプではなかったので、4回転アクセルもやはり「高さ」を出そうとしました。飛距離を出そうとして進入するスピードを速くすると、右足を振り上げて高さにもっていく感覚と、締めるタイミングが合わなくなってパンクしていたんです。それで速度は抑えて、高さへもっていくアプローチをしていました。ただ高さだけでは限界があって、4回転半まわりきるには回転を速くしなければならないと思っていました。

現役時代はトリプルアクセルを武器にしていた無良さん
現役時代はトリプルアクセルを武器にしていた無良さん写真:YUTAKA/アフロスポーツ

アクセルだけは、腕で高さを出す

回転をかけはじめるタイミングに時間がかかる

――回転速度を上げるには、どんなことに取り組みましたか?

僕の場合は、あえて筋力を落としたということがありました。一時期、筋トレをしすぎたことで回転速度がすごく遅くなったことがあったんです。肩周りの筋肉がついて肩幅が広くなったことで、回転軸が太くなってしまって。あと脇の下の、回転を締めるための筋肉も、やはり付きすぎると回転半径が大きくなってしまうんです。

――羽生選手も、昨季の全日本選手権よりも3キログラム体重を落としたということです。

同じ理由もあるでしょうね。ただ羽生選手の場合は、もともと回転速度は速いですから、これから先、回転速度を上げるというのは考えにくいです。彼が考えているとすれば、回転し始めるタイミングをどうやって早めるか。だと思います。

――回転をかけはじめるタイミングを早めるには、どんなアプローチがあるのでしょう?

ほかの5種類の4回転であれば、踏み切った最初から回転をかけ始めることは可能です。例えばカミラ・ワリエワ選手や鍵山優真選手の4回転トウループはそのやり方です。左腕を後ろにもっていって、上半身は先に回転をかけはじめて、左肩に右肩を追い付かせるというやり方。先に腕で回転をかける技術です。これが出来るのは、上半身を回転させる動作と、足を使った踏み切りの動作が、別々に行えるジャンプだからです。

しかしアクセルは違うんです。特に僕のように、腕を振り上げて高さを出そうという意識が強すぎると、空中で手を組む姿勢にもっていくまでに、どうしても時間がかかりました。

――踏み切りで、腕を振り上げる動作を抑えて、すぐに回転を始めるということは挑戦してみましたか?

右手を振り上げずに強く回転を作る方向だけに使うと、回転が始まるタイミングを早めることができるのですが、そうなると上半身と下半身のバランスが崩れてしまいました。軸が真っ直ぐにならずに、巻き込んだ感じになったんです。もともと幼少期からの練習で、下半身の傾斜と上半身の傾斜バランスを感覚的につかんでいて、ここなら真っ直ぐな回転軸に上がっていけるという習得をしていたので、簡単には変えられませんでした。

両手を上げた空中姿勢をとるワリエワ
両手を上げた空中姿勢をとるワリエワ写真:ロイター/アフロ

ワリエワの両手上げは、空中で伸びる感覚

左肩から回転させ、回りながら上がっている

――お話を聞いていると、アクセルは回転のかけ方が、他のジャンプより難しいように感じます。

アクセルの回転のかけ方は難しいです。足を前に振り上げる動作と、自分が腕を振って上がる動作が、まず先にあるんです。他の5種類のジャンプは、横と前に構えた腕を、腕を並行に動かす(畳む)だけ。アクセルは後ろに引いた状態から前に振り出して、そこから胸元にもってくる。ロシアの女子選手の中には、手を振らない跳び方の選手もいますが、基本的には振ります。

――右足を振り上げる動作と、両手を前に振り出す動作は、やはり必要なのでしょうか?

もちろん左手を主体にして振り上げる人もれば、回転を強くかけるために右手主体で振り上げる人もいます。また足の振り上げ方も、僕みたいにすごく高く振り上げることで、高くて上がる力を強くする人もいますし、宇野昌磨選手のようにあまり足を振り上げずにキュッとまとめることで回転を速くする人もいます。高さと回転、どっちの方向性が強いかという特徴は人によって違いますね。また、もともとロシアの選手は、腕も足もあまり振らずに、回転をまとめる方を重視する技術です。

――カミラ・ワリエワ選手が手を上げているのは、どのように分析していますか。

空中姿勢で腕を頭上に上げると、軸が長くなるぶん回転がブレやすいというデメリットがあります。例えば身長が低い選手のほうが、回転はブレにくい。あえて身長を伸ばしているような行動なので、普通は「手を上げると難しい」と感じるでしょう。ただメリットもあり、腕を上げている時は、キュッと身体が伸びている感覚を作りやすいんですね。そして回転軸から外れている、入っている、という感覚をつかみやすいんです。あと実際に肩幅のぶん回転軸は細くなりますから、回転が速くなるという面もあるでしょう。

――ワリエワの跳び方から、4回転アクセルのヒントになる部分がありますか?

4回転アクセルで手を上げるのは無理だとは思いますが、(トリプルアクセルで)両手を上げて、空中でキュッと伸びて回転させる感覚を得るという練習は、メリットはあるかも知れません。

また彼女の場合は、腕の使い方が、通常とはかなり違いますよね。左手を最初から前に置いていて、右手で回転をかけるという動作を行っています。しかも右腕を胸元にもってくるのではなくて、上にもって行くので、回転をかける動作で横に振らずに、上に行くんですよね。しかも、彼女の踏み切りを正面から見ていると分かるのですが、力のかけ方が、左肩でまわりながら上に行くんです。

――彼女は回転に左肩も使っている。しかも回転を起こしながら上方向にもって行ける。とても興味深いです。

そうですね。ただしアクセルは右軸で回転しますから、左肩で回り始める時にちょっとでも力のかけ方を間違えると、(右軸に乗り移れず)回転が外れてしまうんです。ですからワリエワ選手でさえ、4回転ジャンプよりもトリプルアクセルで一番苦戦していますよね。やはり、トウループやサルコウは、左腕を後ろに引いておいて、左腕の真上に回転をまとめるという作業なので、軸がブレにくいんです。でもアクセルだけは、自分から前方に飛び出ていって、そこに軸を作らなければならないから、難しさがあるのだと思います。

――エリザベータ・タクタミシェワ選手のトリプルアクセルも、日本選手とは違った跳び方ですよね。

彼女が師事するアレクセイ・ミーシンコーチは、助走のカーブの使い方がうまい先生です。伝統的にカーブを使って跳ぶということを得意としてきていて、この助走のカーブを有効に使うためには、左手は前にないといけないんです。前に跳び出さずに、カーブのモーションをうまく使うので、腕は前に構えたまま、引きずらないようにします。まず右バックアウトで助走するときから、すごく内側に巻き込んでいって、左足に踏み換えてからもグルっと丸を描くような感じに入っていって、さらにカーブで作った回転を右手で助長する、というような感じです。

羽生のアクセルは右足をしっかりと振り上げて跳びあがる
羽生のアクセルは右足をしっかりと振り上げて跳びあがる写真:YUTAKA/アフロスポーツ

高さも距離も両方を兼ね備えている

羽生選手が一番、成功に近いところにいる

――選手によって空中姿勢での手の位置が違いますが、回転に関わりますか?

僕も羽生選手も、日本で習ってきたのは、腕を胸元で組むという空中姿勢です。でもネイサン・チェン選手(米国)やボーヤン・ジン選手(中国)は、右手が胸、左手がお腹にあって、上半身を抱くような姿勢ですよね。あれは体操の選手のひねりと同じ姿勢で、斜め上に回転をかけたいから手を上下に畳むんです。チェン選手は体操をやっていたと聞いていますしその影響かもしれません。あの空中姿勢は理にかなっていて、回転軸は細くなります。ただそれぞれの選手にとっては習ってきた姿勢が一番良いので、あえて変える必要はないと思います。

――4回転アクセルは、トリプルアクセルの延長にあると思いますか?

延長ではあると思いますが、シングルアクセル、ダブルアクセル、トリプルアクセルと1段1段上がってきたとすれば、3段くらい一気に登るイメージです。登る段差が、普通のレベルではないと思います。

――色々な跳び方の選手がいますが、羽生選手のトリプルアクセルには、どのような特徴があるでしょうか。

4回転半に挑む以前から、もともと高さはあります。AIを使った測定では70センチを超え、今季は80センチという計測もあり、高さを特徴にしていた僕よりも高いと思います。ちゃんと踏み切りでしっかり左膝を曲げてしゃがんだところから一気にバネを使って跳び上がり、右足も同時に振り上げることで、力のベクトルを上に変える能力が優れていますよね。また滑りの流れもあるので、上方向だけでなく、放物線を描くことができます。

――羽生選手の4回転アクセルに期待することは?

羽生選手のトリプルアクセルは、高さも距離も両方が兼ね備えています。そのため4回転アクセルに挑むにあたって色々な選択肢でアプローチしていけるというのが強み。本当に一番成功に近いところにいる選手であることは、間違いないです。

(第2回では、羽生選手の4回転アクセルについて語ります)

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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