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女性の立場から戦場なしで戦争を描き切った『田園の守り人たち』。フランスの鬼才に訊く

水上賢治映画ライター
グザヴィエ・ボーヴォワ監督(左)

 現在公開中の映画『田園の守り人たち』は、フランスの腕利き映画人たちが集結した1作といっていい。

 監督は『神々と男たち』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞した鬼才で俳優としても活躍するグザヴィエ・ボーヴォワが務め、撮影はジャン=リュック・ゴダールやジャック・リヴェット、レオス・カラックスなどの作品で知られる名カメラマンのキャロリーヌ・シャンプティエ。主演はフランスの大女優、ナタリー・バイが務め、音楽監督は、『シェルブールの雨傘』などの映画音楽の名手で今年1月に亡くなった大作曲家、ミシェル・ルグランが務めている。

 これだけのメンバーが顔を揃えるフランス映画もそうないだろう。いわば各界の才人たちをたばねたグザヴィエ監督に電話インタビューで話を聞いた。

映画作家として1度は戦争と向き合わないといけない

 これはフィルモグラフィを見ればわかるが、グザヴィエ監督はこれまで様々なタイプの作品を発表している。カンヌ国際映画祭グランプリに輝いた『神々と男たち』では、アルジェリア軍と過激派の闘争に巻き込まれた修道士たちの運命を静謐なタッチで描出。一方、前作『チャップリンからの贈りもの』では、チャップリンの死後、金目当てに遺体を誘拐した二人組の犯行をコメディ・タッチで描き出した。今回はまた一転。第一次大戦下、出兵する男たちにかわり農地を守ることになった女たちの戦いが重厚なタッチで描かれる。

「僕の場合、そのとき、そのとき、自分がやりたいと思った題材を映画にしているだけなんだ。欲望の赴くままにとまではいわないけどね(笑)。だから、毎回、全く違ったタイプの作品になっている。今回で言うと、映画作家として1度は戦争と向き合わないとそろそろいけないなと思ったんだ」

 当初は第二次大戦の戦争を考えていたという。

「まあ、これは業界の裏話になってしまうけど、戦争を本気で緻密に描こうとすると膨大な資金が必要となる。となると、ある程度、収益が見込まれる世界的スターの出演は必要不可欠。素人やこれからの飛躍が期待される若手俳優ではなかなか理解が得られない。ただ、実際に戦地へ行っていたのは20代前後の若者たちばかりだから、ある程度、歳のいった俳優では不釣り合いになってしまう。残念なことに今のフランス映画界には18歳ぐらいのスター俳優があまりいないんだよ。

あと、本当の戦場というのはわずかの時間に大量の銃弾や爆弾が飛び交う。これをCGとか抜きにそのままロケで再現しようとすると、森をまる焼けにしたりしないといけない。そういうのは環境破壊になるから今はなかなか理解を得られないんだよね。だから、先の大戦についてはなかなか難しいと思っていたんだ」

 そこで思い出したのが、本作のプロデューサー、シルヴィー・ピアラから受け取っていたエルネスト・ペロションの原作だった。

「実は僕のベッドの横にあるテーブルの端にしばらく置きっぱなしにしていて、なかなか目を通していなかったんだ。でも、手にとってみると、心を動かされた。特に気に入ったのは、戦争映画といえば男たちが主人公のものがほとんどだけど、この原作は中心人物がほぼ女性たち。女性たちの立場から戦争の実態を描けると思ったんだ」

戦闘シーンのない戦争映画

 作品には、戦線に出た男が見る悪夢でいくつか戦場のシーンがあるのみで、戦闘シーンはない。ただ、男たちを見送り、いつか帰る日を待ち、土地を守る母親、妻、娘たちの姿から戦争が日常にもたらす影響がひしひしと伝わってくる。

「本当の戦争の苦しみは兵士にかわからないようなことを言う人がいる。確かにそれもひとつの意見だと思う。ただ、不安におびえながら戦地にいった愛する人を待ち続ける苦しみもまた計り知れない。戦争というのは、女たちも兵士となった男たちと同じような苦しみを味わうことがこの映画でわかるんじゃないかな」

 いわば戦闘を封印して戦争を描き切ったグザヴィエ監督だが、いつか戦闘をきっちりと描きたい思いはあるという。

「実は、昨日たまたま黒澤明監督の『乱』をみたんだけど、すばらしかった。いつか自分もああいう戦場を描いて、人間の愚かさ、戦争の無意味さを伝えたい」

 そうした戦時の日常が伝わる一方で、土地であり故郷の大切さも作品は示唆する。亡き夫にかわり農園を営む主人公のオルタンスは、どんなことがあってもこの土地に執着し、息子が戻ってくるまでは絶対に農地を死守しようとする。その姿は、どこか度重なる災害や震災で故郷を失った人々の姿が重なり、生まれ育った土地への愛着が滲む。

「実は、その土地に対するリスペクトや愛着がフランスではすっかり失われてしまったんじゃないかと思ってね。そこについても言及したいと思ったんだ。昔は畑にしても農民がもっている区画があって、そこは豊かな自然にはぐくまれる中にそれぞれの営みがあった。でも、いまは大々的に区画整理をして、木を伐採して大きな農地による合理化した農業に様変わり。産業化してしまった。土地に対する敬意もなければ大地の恵みに対しての感謝もない。こうなってしまうと愛着も生まれない。これは悲しいことだよね」

大女優と愛娘の幸福な共演。そして今は亡き映画音楽の巨匠の旋律

 映画的な話に戻ると、主演のオルタンスを演じるのはフランスを代表する名女優のナタリー・バイ。その娘、ソランジュ役をローラ・スメットが演じ、母と子の初共演が実現した。

「ナタリー・バイは過去の監督作に出演してもらっているんだけど、何度でも組みたくなる女優でね。こちらが唸るような演技を見せてくれるときもあれば、ユーモアで笑わせくれることもある。あれだけの大女優なのにしゃしゃりでないで謙虚。まだまだいろいろな面があると思わせる人なんだ。オルタンス役はすぐに彼女にやってもらいたいと思った。それで娘役と考えたとき、今回ならばローラ・スメットがいいんじゃないかと思ったんだ。実は、ずっと二人を共演させたい気持ちが僕にはあった。ただ、やはり必然性がないとダメ。それは映画のためにならない。客寄せパンダ的な無理やりのキャスティングほど無意味なことはないからね。今回は確実に実の母子だから何か醸し出せることがある役。だから今回はすばらしい共演になると思ったんだ」

母子初共演を果たしたナタリー・バイ(左)とローラ・スメット(右)
母子初共演を果たしたナタリー・バイ(左)とローラ・スメット(右)

 二人はどう受け止めていたのだろう?

「ナタリーもローラも大人でもうそれぞれの生活があるから、普段そんなに一緒に過ごす時間はない。それが、今回は撮影期間の何カ月か、二人は一緒に過ごすことになったんだから、いい時間になったと思う。ローラはちょとわからないけど、撮影の間、ナタリーはずっとハッピーな笑顔を浮かべていたよ」

 また、音楽監督は今年1月に亡くなった映画音楽の巨匠、ミシェル・ルグランが務めた。

「ミシェルとは『チャップリンからの贈りもの』に続いての一緒の仕事になった。これは幸運というよりほかない。すばらしい時間がもてたことに今は感謝している」

 フランス映画界の才人たちが集まり、戦場と戦闘を描かずして戦争を描き切った1作に注したい。

画像

『田園の守り人たち』

岩波ホールほか全国順次公開中

(C) 2017- Les films du Worso- Rita Productions- KNM- Pathe Production- Orange Studio- France 3 Cinema- Versus production- RTS Radio Television Suisse(掲載写真すべて)

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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