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ウルグアイが起こしたもう1つの「釜石の奇跡」。ジャパンの金星へ貴重な教訓に!

永田洋光スポーツライター
ウルグアイを勇気づけた前半13分のSHサンチャゴ・アラタのトライ(写真:ロイター/アフロ)

ラグビー人口約6千人の“小国”が起こした番狂わせ!

 2011年3月11日の東日本大震災で津波に襲われた、岩手県釜石市鵜住居(うのすまい)地区。

 校舎が津波で流された小中学校の子どもたちが間一髪で高台に避難して難を逃れ、大惨禍のなかにも一筋の救いとなった「釜石の奇跡」が生まれた土地で、また「奇跡」が起きた。

 W杯開幕前の世界ランキングで10位のフィジーに対して、気合い十分で臨んだ同19位のウルグアイが、30―27と対戦4度めにして初めての勝利をW杯の大舞台で挙げたのだ。

 「アンダードッグ」と呼ばれる格下のチームが、格上を倒す「ジャイアント・キリング」はW杯の醍醐味だ。

 4年前には、他ならぬジャパンが南アフリカを34―32と破って「スポーツ史上最大の番狂わせ」と呼ばれたのは記憶に新しい。その金星に匹敵するような快挙を、アルゼンチンの隣にあるラグビー人口約6千人の“小国”ウルグアイが引き起こしたのである。

 敗れたフィジーは、リオデジャネイロ五輪から採用された7人制ラグビーの初代ゴールドメダリストだ。15人制でも今大会の台風の目とみられていて、21日のオーストラリア戦では、立ち上がりから60分間、二度の優勝経験を誇るラグビー強国をリードした。

 中3日と明らかに不利な日程はフィジーの動きを鈍くしたし、オーストラリア戦でFLペゼリ・ヤトが、トライ寸前にオーストラリアWTBリース・ホッジの明らかに危険なタックルで脳しんとうを起こし、この試合に出場できなくなった影響もあった(この件については後述する)。

 それでも、フィジーが敗れることを予見できた人間は、ほとんどいなかった。いくらウルグアイが今年に入ってアメリカを破るなど好調を維持しているとはいえ、フィジーは、記念すべき1987年の第1回大会でベスト8に入り、07年大会でもウェールズを38―34と破って二度めのベスト8に到達したチームなのである。

 まさに「釜石の奇跡」だった。

 それにしても、ラグビーは本当に面白い。

 そして、本当に“怖い”。

 フィジーは、ウルグアイを上回る5トライを奪いながら、コンバージョン成功がわずかに1つだけ。SOジョシュ・マタビシが、イージーなコンバージョンやPGをことごとく外し、途中から出場した正SOのベン・ボラボラも、やはり2つ外してスコアを上積みすることができなかった。

 日本のオールドファンには既視感のある負け方だった。

 32年前の第1回大会、ジャパンは記念すべき初戦でアメリカと対戦。トライ数3―3ながらコンバージョンを1つも決められず、18―21で敗れた。インゴールに転がったボールを外に蹴り出せばいいところで空振りしてトライを奪われたり、信じられないミスもこの試合では飛び出した。

 同じようなことがまた、フィジーに起こった。

 ゴール前の簡単な2対1の局面でノックオンを犯し、ウルグアイの執拗で鋭いタックルに焦りを募らせたあげく、外のスペースを活用できなかった。

 いくらフィジーの選手たちが巧みなステップとパワフルなランを得意とするといっても、止まった状態でパスを受けては有効な突破に結びつかない。時折、お家芸のトリッキーなパスが通ることはあっても、いつもなら湧き出るように続くはずのサポートも少なく、しばしばボールキャリアが孤立した。

 ボール保持率はフィジーが59%でウルグアイが41%、ボールを持って走った回数もフィジーが175回で走った距離が746メートル。これに対してウルグアイは、ボールを持って走った回数が99回で距離も288メートルと大きく劣る。けれども、ハンドリングエラーの数は、ウルグアイが10でフィジーはなんと20だ。

 つまりフィジーは、ウルグアイを圧倒的に攻めたにもかかわらず、相手の2倍のミスをした。

 いや、ウルグアイはタックル成功率が79%と、フィジーの85%より低かったにもかかわらず、80分間を通して181回もタックルし続けた。この執念が、奇跡を起こしたとも言える。

 アンダードッグが番狂わせを起こすために必要だと言われている鉄則、「相手に圧倒的に攻められながらもしつこく守り、じれた相手がミスしたボールを効率的に得点に結びつけること」に、ウルグアイはひたすら忠実だったのである。

 そして、勝ったウルグアイのキャプテン、ホアン・マニエル・ガミナラは、フラッシュインタビューの場で、誇らしげにこんな素敵なメッセージを全世界に発信した。

「この街(釜石市のこと)にありがとうとお礼を言いたい。この街には驚嘆すべき歴史がある。本当にこの地でプレーできたことを誇りに思う」

 地球の反対側からやってきたラグビー小国が、今大会最初の劇的な大金星を挙げて、津波からの復興の糧にとW杯開催地に立候補した小さな街に謝辞を述べる。

 これこそが、ラグビーW杯最大の魅力なのである。

ウルグアイの勝利がジャパンに示す、金星への鉄則とは?

 一方で、敗れたフィジーの戦い方は、アイルランドからの金星を狙うジャパンにとっても教訓に満ちていた。

 ジャパンは、28日のアイルランド戦で前回大会に続くジャイアント・キリングを狙っている。

 おそらく立ち上がりから積極的にボールを動かして、鉄壁のアイルランド防御に挑みかかるだろう。ゲーム展開は当日の天候にも左右されるが、今のところは曇りがちの予報で、高温多湿なコンディションになれば、金星のための必要条件が1つ増えることになる。

 けれども、それよりも大切なのは、スコアボードに3点ずつでもいいから得点を刻みつけることだ。

 4年前の南アフリカ戦は、リードが6度も入れ替わるシーソーゲームだったが、80分間を通してジャパンがつけられた最大得点差は、南アフリカHOアドリアン・ストラウスにトライを奪われ、その後のコンバージョンも決められてから、五郎丸歩が美しいサインプレーでトライを決めるまでの7点差だ。スコアで見れば、22―29から29―29。時間にして62分から68分までの6分間に過ぎない。

 つまり、常にワンチャンスで同点、あるいは逆転できる点差で食らいついたからこそ、終盤の逆転劇が可能だったのである。

 フィジー対ウルグアイのタイムラインを見ても、ウルグアイは、22分に14―12と逆転して以降最後までスコアの上でリードを保ち続けた。

 スコアボードの数字がいかに重要かを、このデータは物語る。

 しかも、アイルランドは、22日のスコットランド戦で彼らをノートライに抑えただけではなく、135回タックルをしてミスはわずかに8回。成功率94%という驚異的な数字を残している。

 アイルランドが、ウルグアイがフィジーを相手にやってのけたような、ジャパンにアタックをさせて止め続けるゲームプランで臨んできたら、これは大きな脅威になる。特に、安易なオフロードやコンテストキック(相手と競り合って再獲得を目論むキック)は、相手にボールを奪われやすく、強者が堅牢な城塞にたてこもるような戦い方を助ける結果につながりかねない。

 反則も怖い。

 AFP通信は25日、『判定が物議醸すラグビーW杯、統括団体が異例の発表「一貫性欠いた」』と題する記事を配信。

 前述のオーストラリア対フィジー戦の危険なタックルの見逃しや、21日のフランス対アルゼンチン戦でのオフサイドの見逃しなどについて、「審判団はW杯開幕週の自分たちの出来について、ワールドラグビーと彼ら自身が定めた基準への一貫性を欠いたことを認識している」という、ワールドラグビーのコメントを引用している。

 つまり、28日のアイルランド戦は、TMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)の積極的な活用も含めて、トップレフェリーたちの目がより厳しくなってピッチ上に注がれることになる。

 しかも、AFPは、冒頭に紹介したホッジのタックルについて、『多くの解説者がこの件について、ラグビー強国の選手とそれ以外の国の選手とでは審判の扱いが違う証拠だと話し、もしタックルしたのがヤトの方だったらレッドカードを出されていたはずだと主張している』という記事も配信している。裏返せば、レフェリングが強豪国有利になる可能性も否定できないのだ。

 こうした厳しい状況から、ジャパンは金星を挙げられるのか。

 ウルグアイが起こした、二度目の「釜石の奇跡」は、ジャパンに金星への道筋を示す、示唆に富んだ“明日”への教訓なのである。

 

スポーツライター

1957年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。最新刊は『明治大学ラグビー部 勇者の百年 紫紺の誇りを胸に再び「前へ」』(二見書房)。他に『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)などがある。

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