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「認知症を予防する食事」のキーワードはごくありふれた食品だった

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

物忘れがひどくなったり日常的な行為ができなくなったり家を出たきり帰らなくなったりする病状を、今は認知症と呼んでいるが、10年ほど前までは痴呆症といっていたし、その前はボケともいっていた。いずれも「バカになってしまった」ような印象を与えるために「差別的呼称」だということで、使われなくなった。差別的呼称が長い間通用していた大きな理由は「原因がわからないこと」であったろう。

ドイツ人のアロイス・アルツハイマー医師が「脳細胞に特定のタンパク質が異常な速度で蓄積するために認知症状が出現する」ことが直接の原因であると明らかにして以来、「脳の機能障害による疾病」だと認識されるようになり、差別的呼称が廃止され、認知症あるいはアルツハイマー病と呼ばれるようになった。

近年ではさらに研究が進み、認知症はアルツハイマー病・血管性認知症・その他(レビー小体異常など)の3つに大きく分類されるようになった。研究が進むにつれて、認知症でさえ「生活習慣病」としての要素も持ち合わせていることがわかり、「認知症を発症しやすい生活習慣」言い換えれば「認知症を予防する可能性がある生活習慣」も明らかになってきた。

■認知症患者数は厚労省の予想を大幅に超える

福岡県の久山町では1961年から、ほぼすべての住民を対象にして「どのような生活をするとどのような病気になりやすいか」という研究(こういう研究をコホート研究という)を継続している。当初の目的は脳血管疾患や冠動脈(心臓の血管)疾患が研究対象であったが、最近では認知症に関する研究も行なわれており、「どういう生活が認知症になりやすいか」というデータが集まりつつある。平成29年6月3日、東京都で開催された乳の学術連合主催のフォーラム「現代人の栄養健康課題に関する乳の最新知見とその意義」で、この久山町コホート研究を主導してきた清原裕医師(公益社団法人久山生活習慣病研究所代表理事)の講演から、認知症予防の食生活をご紹介する。

厚生労働省の試算では、日本人の認知症患者は、高齢社会の進行に伴って増え続け、2020年には約300万人に、2040年には約400万に達し、そこでピークになると推測されている。しかし、清原氏は久山町データの分析から「この推計値は甘いのではないか」と指摘する。実際には日本の認知症患者は厚労省の試算を遙かに上回って増加し続けており、2020年時点で400万人を突破するのではないかというのだ(厚労省はすでに患者数の推定を修正し始めている)。

久山町のデータを分析すると、認知症の中でも増加率が大きいのはアルツハイマー病であり、血管性認知症の増加はそれほどではない。高齢者にとっては、アルツハイマー病を予防することが急務になるが、これまではその具体的証拠(データ)が集積されてこなかった。しかし久山町データからは「糖尿病の予防がアルツハイマー病の発症抑制と相関関係にある」ことが強く示唆されたと清原氏は指摘する。「糖尿病を予防することが認知症の予防になるらしい」ことが、久山町研究によってはじめて明らかにされたといってもいい。

糖尿病は高血圧症や脂質異常症と並んで「三大生活習慣病」とも呼ばれる疾病だ。つまり、認知症の予防にも生活習慣の改善が役立つということになる。長い間(今でも?)、原因がわからず「年寄りになればボケるのは当たり前で仕方がない」と考えられていた認知症の予防が、薬剤ではなく、自分の生活改善によって可能になるという情報は、画期的な朗報だといえよう。

■糖尿病とアルツハイマー病とは強く関連しているようだ

糖尿病の診断にはいくつかの指標がある。もっともよく知られており、普及しているのが「空腹時血糖値」。20年くらい前から一部の人間ドックでチェックされるようになってきたのが「HbA1c」。これらに関しては、各自がネット等でお調べいただきたい。【※1】

そして、糖尿病予備群に対して、あるいは1泊2日の特別な人間ドックで検査が行なわれるのが「糖負荷試験」である。これは、75グラムのブトウ糖溶液を飲んで、その直後から「どのように速度で・どの程度まで」血糖値が上がるのか、そしてどのような速度で血糖値が下がっていくのか、をチェックする検査だ。これによって、食後に血糖値が「素早く上がるか・ゆっくり上がるか」がわかる。

この「食後血糖値=ブドウ糖溶液を飲んでから2時間後の血糖値」が病的に高い糖尿病のほうが、「空腹時血糖値」が病的に高い糖尿病よりも、認知症に対する影響の大きいことが、久山町の研究から明らかになってきたのだ。さらには、この「食後血糖値」が高いタイプの糖尿病は、認知症の中でもアルツハイマー病に対してより大きな悪影響を与えることもわかってきた。

久山町研究で明らかになった食後高血糖の予防を中心に、認知症を予防する(可能性が高い)食事パターン」とはどういうものかを以下にご紹介する。

■日本型の食事に牛乳・乳製品をプラスする

これまでも「認知症を予防する可能性が高い食事パターン」がなかったわけではない。USAやフランスの研究からは地中海式食事パターン【※2】が、良さそうだということが示唆されてはいる。しかしこれはあくまでも欧米人を対象にした研究であり、そのまま日本人に当てはまるという証拠はない。

清原氏が(久山町研究を加味して)考える「日本人に適応した認知症予防食事パターン」は次のようなものだ。

●多めにとりたい食品

牛乳・乳製品

大豆・大豆製品

緑黄色野菜

淡色野菜

海藻類

●多めにとるほうがいい食品

果物・果汁

いも類

●少なめにしたい食品

ここで、特に注意が必要なのが「少なめにしたい食品」の中の「米」。ご飯が認知症によくないと早トチリしそうだが、清原氏は「米という食品と認知症とを直接的に結びつける実験もなければ、そういうデータもない」と強調した。「認知症にならない人の食生活を分析したら、ご飯を食べる量が比較的少なかった」という現象がみられたのだという。これに関して清原氏は「たぶん、日本人の場合、ご飯を減らすと野菜の摂取量が増えるから(認知症の予防に役立つの)ではないか」と推測している。

もう1つ、冷静に見てほしい点がある。上の食事パターンをよく見ると「特別なこと」はほとんどない。よくいわれる「バランスのとれた食事」そのままである。つまり、認知症の予防には「ある特定の食品をたくさん食べたり、逆に、避けたりすること」が役立つわけではないこともわかる。

清原氏は、まだ仮説の段階ではあるがと前置きして、「久山町研究を中心にして、現段階のデータからいえることは、私たち日本人にとっては、いわゆる『日本型の食事』に牛乳・乳製品を今よりも多く摂取するという食事パターンこそが、認知症の予防に役立つといえる」と結論づけた。

久山町研究に限らず、これからも世界中から「認知症を予防する食習慣」に関する研究が発表され、その情報はつねに更新される。科学的な証拠のない食事をいたずらに取り入れるのではなく、また、薬剤による治療など「自分だけではどうにもならない方法」に頼るのでもなく、毎日の生活の中で自分で実行可能なことから1つずつ実践し、一日でも長く健康で過ごしたいものである。

【※1】

file:///C:/Users/tatsu/Downloads/GL2013-01.pdf  

【※2】

http://www.daiwa-pharm.com/info/world/1999/

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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