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「生きている以上、極め続ける」大儀見優季がゴールへのプロセスにこだわる理由

小澤一郎サッカージャーナリスト

女子W杯オーストラリアとの準々決勝の後半39分、川澄奈穂美からのアーリークロスに右足で合わせた大儀見優季のシュートを外した後の表情に驚いた人は多いはず。その異質な表情は記者席からもはっきりと見てとれた。

決定機を外した直後でありながら天を仰いで悔しがるのではなく、凛とした表情の中には少し満足気な要素も垣間見えた。大儀見は次のようにそのシーンを振り返る。

「もちろん、決めるべきボールだったとは思いますけど、実際この大会を通してあそこからアーリークロスが初めて上がってきたのでそれに対する驚きの方が大きくて。頭でいけば良かったかなと後で映像を見て思ったんですけど、体が自然に反応して足でいっていました。あそこから(クロスが)入ってきたというのはかなり大きくて、その手応えがあったから別に悔しがることもなかったし、次への可能性としてはかなり大きなものを残せたと感じています」

トップアスリートらしく大儀見も“儀式”としてのパフォーマンス・ルーティンを多数持つ
トップアスリートらしく大儀見も“儀式”としてのパフォーマンス・ルーティンを多数持つ

オーストラリア戦でもう1本放った左足でのミドルシュート(後半16分)も枠を外れたが、「あのシュートも打った瞬間、中3日で意識したことが全て出た感じがありました。高さも調整できたし、打ち方も直っていたので、あとはそのイメージを調整するだけでゴールに結び付けられるかなという感じはしています」と本人はプロセスに手応えをつかんでいる。

大儀見の夫でメンタルトレーニング・コーチの大儀見浩介氏は著書『勝つ人のメンタル』(日経プレミアシリーズ)の中で「目標を達成する人とできない人の違い」についてこう説明する。

トップアスリートや目標達成できる人は、プロセスや課題、自分の成長を重視するのに対して、なかなか目標を達成できない人は、結果重視の思考をしているのです。

出典:『勝つ人のメンタル』大儀見浩介

大儀見がゴールではなく、ゴールをとるためのプロセスにこだわる理由

大会に入っても大儀見が一貫して「ゴールではなく、ゴールをとるためのプロセスにこだわっている」と話す理由はこのプロセス重視の思考法にある。結果重視の思考法の場合、良い結果が出ている時はいいが、結果が出ずに周囲の評価が下がれば簡単に自信を失ってしまう。また、周囲の評価を気にすることにもなるため低評価につながるミスを恐れ、チャレンジすることなく無難なプレーに終始することにもつながる。

逆に今大会の大儀見のように真のトップアスリートというのは結果に至るプロセスとその過程における自らの成長に目を向けているので、目先の結果や周りの評価に一喜一憂しない。大儀見浩介氏は著書内でトップアスリートと二流以下のアスリートの目標に対する考え方の違いについて、「(トップアスリートは)プロセスの上に結果があると考えていて、良い結果を求めてはいますが、それはプロセスの充実からしか生まれないと理解しています」と説明する。

メッシ、C・ロナウドも実は…

大儀見浩介氏の説明を聞いて腑に落ちたことが一つある。私自身、かねてからリオネル・メッシ(FCバルセロナ)やクリスティアーノ・ロナウド(レアル・マドリー)といった男子サッカー界における世界的トッププレーヤーが毎年結果を出し続ける本当の理由を知りたかった。

一般的には「タレント性」、「ハングリー精神」、「謙虚さ」といった言葉で簡単に片付けられてしまっているが、スポーツ心理学を用いて彼らのメンタルを分類すれば間違いなくプロセス重視の思考法であり、これだけ多くのタイトル、名声、お金を手にしても毎年さらなる進化を遂げることができる理由はシンプルに「もっと上手くなりたい」と願っているからだろう。

裏を返せば、トップアスリートと呼ばれる選手たちはみな、「優勝」、「得点王」、「シーズン(大会)何得点」、「バロンドール受賞」といったわかりやすい結果を目標にはしていない。それほどの選手たちはすでに一定の結果を出してきているので、目先の結果や数字がスポーツ心理学でいう「内発的動機付け」にはならない。

プロセスにこだわり続けたこの”4年”

ここまで書いても今大会5試合1得点の結果だけしか見ない人は大儀見を「不調」と評価するだろうし、大儀見がプロセスにこだわる理由や私がプロセス重視の思考法について取り上げること自体を「得点をとれないエクスキューズ」と受け取る人もいるだろう。ただ、一つだけ言えることは彼女は大会前どころか前回大会が終って以降のこの4年間、「ゴールをとるためのプロセス」にこだわり続け、全ての面で飽くなき質への追求を行なってきたという事実だ。

実際、大儀見は今大会のこれまでの5試合で歩んだプロセスについてかなり手応えをつかんでいる。

「グループリーグから一つ一つ考えていくと、かなり自分が求めていたものに近い状態にはなってきています。もう少しで自分のところに得点が来そうな気配というのは感じてはいます。この5試合のプロセスにはかなり手応えを感じているので、次の試合(準決勝)でどうなるかわからないですが、ある程度の自信はあります」

テレビ画面では全て映っていないだろうが、今大会のなでしこジャパンの前線で大儀見はクロスボールが出てくるかどうかではなく、相手との駆け引きに勝ってシュートを打てるポイントとタイミングから逆算したオフ・ザ・ボールの動きを全試合同じ質で続けている。「どうせ認知してくれない」、「どうせクロスが入ってこない」と諦めて予備動作を入れなかったことは5試合で一度もなく、第3戦のエクアドル戦からは中盤での起点作りを任されゴール前までの移動距離が長くなる中でも全力のスプリントでオフ・ザ・ボールの動きひたむきに行なっている。

「生きている以上、極め続けるのが使命」

その凄みに思わず取材現場で「『どうせ来ない』と心が折れる瞬間はないのですか?」と聞いてしまったほどだ。そこで大儀見は「もし動き出しをしなかった時にボールが来たら…と考えると後悔するし、それは嫌なので」と答えた。それを支えるのは、「生きている以上は自分がやっていることに関して手を抜かず、極め続けるのが使命であり、人としてやらなければいけないこと」という大儀見の人生観だ。

「好きだけでは、おそらくここまでやれてはいないと思います。選んだのか選ばされたのかはわからないですけど、自分が選んだものがたまたまサッカーで、サッカーというスポーツ選手、アスリートである以上、自分を高めて上に行き続けたい」と大儀見優季は語る。

私自身も一貫して、大儀見が目先の試合でゴールをとるかどうか以上に、試合を重ねる毎に個人とチームのレベルを確実に引き上げていくプロセスの部分に関心を寄せている。そのプロセスこそが「ゴールをとるため」の大儀見メソッドであり、ほぼ全ての要素を後天的かつ継続的努力で身に付けた以上、それは間違いなく日本サッカー界のノウハウ、メソッドとして伝承可能である。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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