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王岐山、次期国家副主席の可能性は?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2017年の全人代開幕式における王岐山(写真:ロイター/アフロ)

 第19回党大会で定年により引退した元チャイナ・セブンの内、王岐山だけが全人代代表に選ばれた。江沢民時代、非党員がなったことがあるほど国家副主席の制限は緩い。26日からの三中全会で政府人事案が決まる。

◆王岐山だけが全人代代表に選出された

  1月29日、湖南省で行われた全人代(全国人民代表大会)に代表(議員)を送り込む湖北省の地方選挙で、王岐山が代表に選出された。第19回党大会で不文律である70歳定年(「七上八下」原則)により引退した元チャイナ・セブンの内、全人代代表に選出されたのは王岐山のみである。

 そのため、王岐山だけは例外的に現役の役職に就くのではないかという憶測が広がっている。それも「国家副主席」に就くのではないかという観測が有力だ。

 2月26日からは中国共産党の三中全会(中共中央委員会第三次全体会議)が開催され、3月5日から始まる全人代(全国人民代表大会)に提案する国務院(政府)人事案が決まる。最終日に投票により決定。

 では、王岐山が国家副主席になる可能性はあるのか、あるとすれば如何なる事情が動いているのか、先ずは国家副主席に関する過去の例を引きながら見てみよう。

◆国家副主席というポストの柔軟性――非党員が就任した例も

 現行の中華人民共和国憲法によれば、国家副主席のポストは、国家主席同様、任期は5年で二期を越えてはならないことになっている。年齢は45歳以上で上限はない。全人代でノミネートされた候補者に対する投票により選出される。

 ただ国家主席と異なるのは、必ずしも中国共産党員でなければならないという厳しい制限があるわけではない点だ。

 実は国家副主席は非党員(非中国共産党員)でも就任することができるという柔軟性を持っている。実際、江沢民時代には、非党員であった栄毅仁(1916~2005年)という商業界の人が国家副主席になったという例さえある。

 江沢民は1989年6月4日に起きた天安門事件で、民主化を叫ぶ若者たちに同情的な態度を取った中共中央総書記・趙紫陽が罷免されたことにより、突如総書記に起用された人物だ。父親(江世俊)は日中戦争時代の日本の傀儡政権、汪兆銘政府の官吏だった。だから江沢民は日本軍が管轄する南京中央大学に学んでおり、ダンスやピアノなどに明け暮れていた。日本語も少し話せる。酒が入ると「月が出た出た―、月がぁ出た―」と歌い始めたことで有名だ。

 当然、江沢民は中国共産党員ではなかった。

 日本が敗戦すると、あわてて入党し、父親の弟で、党員として極貧生活を送りながら戦死した江上青の養子となることを装って、自らの「紅い血筋」を創りあげた。

 そんな、「人民」には知られたくない過去を持っているので、国家副主席に生粋の共産党員幹部が就いたのでは沽券にかかわる。そこで非党員である栄毅仁を国家副主席に指名することになったものと解釈できる。

 栄毅仁は中国にある八大民主党派の一つ「中国民主建国会(民建)」の党員だった。1937年に上海市にあったセイント・ジョーンズ大学(アメリカが設立。1952年解散)を卒業し、1939年には上海合豊企業公司の社長に、1943年には上海三新銀行董事長を兼任するなど、工商界で華々しく活躍していた。

 栄毅仁は江蘇省無錫市で生まれており、江沢民の生地・江蘇省揚州市に非常に近い。1926年生まれの江沢民にとっては尊敬すべき「兄貴分」的な存在だったにちがいない。

 栄毅仁は、改革開放を推し進めたトウ小平とも非常に親しくしており、1978年には全国政治協商会議の副主席にも就任している。全国政治協商会議は全人代とともに両会のうちの一つで、全人代は中国共産党員が多いのに対し、全国政治協商会議の方は非党員の方が多い。

 そこで1993年の全人代において、江沢民は栄毅仁を推薦し、投票により国家副主席に当選したわけだ。1998年3月まで、5年間の任期を全うした。本来なら二期10年務めていいわけだが、トウ小平の命令により、1998年からは胡錦濤が国家副主席の座に就いた。

 その意味でも、江沢民は胡錦濤を極端に嫌い、胡錦濤政権に入ると、江沢民派の刺客を6人もチャイナ・ナイン(胡錦濤時代の中共中央政治局常務委員会委員9人)の中に送り込み、多数決議決の時に胡錦濤の意見が通らないように仕向けた経緯がある。

 いずれにせよ、国家副主席の座は、このように柔軟性があるということなのである。

◆王岐山はなぜバノンと会いたがったのか?

 トランプ政権の元主席戦略官だったスティーブン・バノン氏は、昨年9月12日に香港で講演したあと北京に飛び、王岐山と会っている。

12月21日のコラム「バノン氏との出会い――中国民主化運動の流れで」に書いたように、筆者はバノン氏と会話する機会が何度かあった。そのときバノン氏が本当に「トランプは習近平を誰よりも尊敬している」と言ったのか否かに関して直接尋ねたところ、「本当だ。まちがいなく、そう言った」とバノン氏は答えた。

 実はあの時、王岐山に関しても少しだけ聞いていた。

 「香港での講演の後、北京に行って王岐山と会ったのですか?」と尋ねると「ああ、そうだよ」とバノンは答えた。

 追いかけて「何に関して話し合ったのですか?」と聞きたかったが、失礼にあたるといけないと躊躇していると、バノン氏は「向こうが来てほしいと言ったから」と言葉を付け加えてくれた。きっと筆者が何か言いたげに言い淀んでいるので、気を利かせて付け加えてくれたものと思われる。

 ああ、救われた!

 それで十分だ……。

 もし「王岐山が会いたいと言ってきた」というのが正しいのであれば、別ルートからその方向の情報を得ている。だとすれば、別ルートからの情報が正しいということになる。

 その情報によれば、こうだ。

 ――バノンは香港に本社を置くアジア証券大手のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツの主催により大型投資に関する非公開講演を香港ですることになっていた。それを知った王岐山は、習近平の母校である清華大学にあるグローバル人材養成プログラムのジョン・ソーントン教授(ゴールドマン・サックス元CEO)に秘密裏に頼んでバノン氏と連絡を取ってもらった。バノン・王岐山両氏の密談の内容は「トランプが主張する保護主義的あるいは国粋主義的な貿易政策」に関してだった。会談は90分間ほど、中南海で行なわれた。

 ということは、王岐山の国家副主席就任は、この時点から決まっていたことになろうか。つまり昨年8月の北戴河の会議で、ほぼ決まっていたということだ。この時点における王岐山の職位は中共中央紀律検査委員会書記。チャイナ・セブンの一人として、反腐敗運動にまだ全力を注いでいた。

◆王岐山がもし国家副主席になった場合、その役割は?

 今年の全人代は3月5日から始まり、3月15日に閉幕する。国家主席や国務院総理を始め、国家副主席など国務院系列の職位に関しては最終日に(ノミネートされたものに対する)投票によって決まる。

 もし王岐山が国家副主席に就任することになるとすれば、習近平政権において如何なる役割を果たすことになるのだろうか?

 彼本来の得意分野である金融や経済貿易問題に関して、対米交渉などを主として担うことになると思われるが、そう考える根拠を、もう一度整理しておきたい。

1.まずバノン氏との密談を仲介したのがゴールドマン・サックスの元CEOであったということだ。バノン氏自身もかつてゴールドマン・サックスで働いていたことがある。したがって王岐山がジョン・ソーントン教授に依頼するとき、王岐山自身がかつて長いこと銀行畑を歩んできたことも説明しただろう。つまり、王岐山がバノンに会いたがったのは、元銀行マン同士の交流の線上で、現在の米中貿易に関するトランプ政権の本音を知りたかったからだろうということが推測できる。

2.2月14日、イギリスの「フィナンシャル・タイムズ」が、習近平や王岐山等が最近、駐中国のアメリカ大使ブランスタッド氏と密会していることを暴いている。このとき経済分野に関する習近平のブレインである劉鶴(中共中央政治局委員)もブランスタッドに会っているという。いずれも密談の内容は米中の経済貿易問題であったとのこと。アメリカの外交官を通して、ここのところトランプ政権が鮮明に打ち出し始めた対中貿易戦争の勢いをくい止めようというのが狙いだとフィナンシャル・タイムズは報道している。

3.習近平は対米交渉において、楊潔チ国務委員(中共中央政治局委員)や王毅外相(中共中央委員会委員)といった型通りの官僚ではなく、王岐山のような型破りの大物を持ってこないと米中間に横たわる巨大で複雑な問題を解決することはできないと考えているのではないかと推測される。

 以上のような根拠から、習近平は王岐山に対して、一般のセレモニー的な(李源朝が担った程度の)「主席の代行的役割」だけでなく、反腐敗運動で辣腕を振るった王岐山の豪胆さを、今度は彼本来の金融や経済貿易の分野において本領を発揮してもらおうと期待しているのではないかと思うのである。

 なお、中国大陸のネットでは、王岐山とバノン氏の密会はもとより、ブランスタッド大使との密会に関する情報も削除されている。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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