日本と縁の深いイラクの病院で起きている新生児の先天異常 ファルージャ編 (4)
11月中旬、イラク各地がデモの話題で持ちきりの頃、首都バグダッドから車で1時間のファルージャの街は思いの外、穏やかだった。ファルージャはバグダッドと違いイスラム教スンニ派が中心に暮らす街。またかつてイスラム国に2014年から2016年6月まで支配された街でもある。
しかし、今回のファルージャ最初の取材はイスラム国についてでも、デモの影響についてでもない。母子専門病院を訪ねることだった。
■イラク戦争激戦の地の病院は日本とどんな縁があるのか
病院の入り口には日の丸のロゴが入った看板があった。実はこの病院、日本のODA無償資金協力によって改修されているのだ。
日本とのつながりはこれだけではない。
2004年にイラクで亡くなったジャーナリストの橋田信介さんの意志を継いで設立された橋田メモリアル・モハマドくん基金や、エイドワーカーの高遠菜穂子さんもこの病院を支援している。私自身、この病院を訪れるのは2度目だったが、前回は高遠さんの同行取材で訪問している。
2014年にはイスラム国との戦闘の最中、イラク軍によってこの病院が爆撃され死者が出るという事態もあった。イラクの戦乱にいつも登場し、何かと日本との縁も深いこの病院。その病院が直面している現実は深刻だ。
■月に30人の先天異常を持った新生児が生まれる
小児科医で先天異常が専門のサミラ・アラニ医師が現状について説明してくれた。
「この病院では先天異常を持つ新生児が1ヶ月に30人ほど生まれます。
ただ先天異常が起きる原因については答えられません。たくさんの理由があります。近い親戚との結婚、水の汚染、ウランといろいろあります」
近親婚は原因としてありうるとして、水の汚染、ウランが原因とはどういう意味か。
ファルージャの街では2003年に始まったイラク戦争で米軍と武装勢力の激しい戦いが行われた。スンニ派の住民が多く住んでいたこともあり、米軍は過激派がこの地域を拠点にしているとみなして激しい攻撃を行った。米軍は2004年には2度、ファルージャの街を包囲し大規模な攻撃をしている。現在ではその被害の残酷さから国際的に使用が非難されている白リン弾などを始め様々な兵器が使われたとされている。
その時に使用された兵器に含まれていたウランなどを含む化学物質が住民の体に摂取され、そのことがファルージャで今も続く新生児の先天異常の原因であると疑われているのだ。心疾患や二分脊椎症なども多いという。
医師たちはツイッターやフェイスブックのアカウントを通して、多くのケースを日々発信している。(※閲覧注意)
前回の取材時もサミラ医師は原因は複数考えられると説明していたが、同時に2011年に行った調査で先天異常児は14.4%の割合で生まれ、先天異常が見つかった25家族から髪の毛のサンプル調査を行い、すべてのサンプルから自然界には存在しない化学汚染が見つかり、そこには濃縮ウランも含まれていたと説明してくれていた。
■治療以前に現場を把握する調査すらできない状況
6年前にインタビューした時よりも今回、サミラ医師の説明が何か歯切れが悪いのが気になった。その理由ははっきりしていた。
「2014年以降、新たな調査ができていないから正確なことが言えないのです。調査ができていた2011年、2012年は高かったということがまだ言えるのですが」
かつては日本を含め海外などから調査者が来て、サンプルをとったり、統計をとっていた。しかし、2014年にファルージャはイスラム国に支配され現地を訪ねることが厳しくなり、またイラク政府がビザの発給を厳しくしたと思われる節があり、外からの調査が減った。現場の医師達ももちろん取り組み続けているが、人手も設備も十分ではないのだ。
それでもサミラ医師は「これは私の個人の話として」と前置きをした後で続けた。
「私はファルージャの病院に1997年から働いていますが、その時は経験として先天異常の子どもは1ヶ月に1-2ケースか、2ヶ月に1ケースくらいでした。しかし2005、2006年からは毎日、先天異常があると気づくようになりました。週に2-5回より少ないということはないのです」
2009年からサミラ医師は誰に言われるわけでもなく、自主的に記録を取り始めた。しかし医師全員が日々の業務の忙しさからか先天異常のケースをサミラ医師に報告してくれるわけではないので、全体像はわからないまま。現在、全体でどれくらいの数の新生児がこの病院で生まれているかはわからないが、先月は35ケースあったという。
インタビュー中にもサミラ医師のところへ患者家族が訪ねて来た。この家族も出産した際には先天異常だと記録されず、1-2ヶ月経った今、再び受診し、先天異常があるとして記録されることになった。病院に再び来なかったり、それまでに亡くなってしまえばその存在さえわからない。
数ヶ月前にも双子を出産した女性がいたが、1人はシレノメリアという両下肢が癒着して人魚の下半身のような状態で生まれ、もう1人は腹壁破裂、二分脊椎症があった。流産を何度も繰り返す女性も多いという。
サミラ医師は1枚のリストを取り出してこう言った。
「これらの機器があれば診断や治療ができます。外国の団体の招きで寄付を集めるためにイラクのクルド自治区アルビルでカンファレンスを行う予定でしたが、うまく行っていないようです。
イラク政府には医療のための予算がありません。今使っている心臓超音波装置(心エコー)なども外国からの寄付です」
サミラ医師は専門家として、悲惨さを訴えるでもなく、嘆くでもなく、そのことをおそらく感じつつも、ひたすら現状を把握するための調査ができないことを強調した。ファルージャでは16年前の戦争に今も苦しめられている人たちがいた。
注:WHO(世界保健機関)が2013年にファルージャでの調査を発表しているが、最終的には米軍の使用した兵器との関連はないと結論づけている。この報告には日本のヒューマンライツ・ナウを始めイギリスのガーディアン紙からも疑問が投げかけられている。この問題を論じること自体が容易ではない可能性もある。
(注)本文中の写真は筆者が撮影したものです。