「オッペンハイマー」、中国で公開に。観客評価はノーラン映画で過去最高
クリストファー・ノーランの「オッペンハイマー(原題)」が、今週、中国でも公開された。「Deadline.com」が伝えるところによると、滑り出しは絶好調で、今週末の売り上げは2,000万ドル以上に達すると見られている。
ノーランの映画は中国でも人気があるが、この映画は過去作のようなSFやアクション物ではなく、物理学者の伝記映画。スパイの容疑をかけられたJ・ロバート・オッペンハイマーが密室で行われた聴聞会でさまざまな質問を浴びせられる形で進んでいき、法廷ドラマのような雰囲気もある。
そんなせりふだらけの、真面目な作品であるにもかかわらず、この映画は水曜日深夜の先行上映で30万ドルを売り上げた。同じく水曜日深夜に先行上映をした「インターステラー」を11%、月曜日に先行上映をした「ダークナイト ライジング」を38%も上回る数字だ。金曜に先行上映をした「ダンケルク」「TENET テネット」にはかなわなかったにしろ、それだけこの映画を早く観たいと思った中国人が多かったということだろう。コロナ以後、中国では先行上映の人気が落ち、ハリウッド映画そのものの市場も縮小している。そういった事情を考慮すると、なおさら快挙と言える。
そうやっていち早く観た人たちは、非常に満足したようだ。マオヤンのサイトでの観客評価は9.5で、ノーランの映画では過去最高。別のプラットホームにおける批評家の評価は「ダークナイト ライジング」と同点の8.7で、単純に比較できないにしろ、観客のほうが高く評価しているのも興味深い。
中国での公開に先立ち、ノーランは北京と上海を訪れ、プレミアに出席したり、ファンと交流したりした。コロナ以後、ハリウッドの大物が中国を訪れるのは珍しいことで、その宣伝効果も大きかったのかもしれない。ちなみに韓国でもこの映画は大ヒットしている。公開初週末は、全体の興行成績の44%を占める大盛況ぶりで、韓国における今年のハリウッド映画としても、ノーランのキャリアでも最高のオープニング成績を打ち立てた。
処理水の海洋放出をめぐり、中国内で反日感情が高まっているタイミングでの公開だったこともヒットに関係したのかどうかは不明。しかし、筆者が過去の記事でも書いた通り、この映画に広島、長崎の被曝の様子は一切出てこない。日本が話に出てくるのもおよそ1時間45分ほど経ってからで、10以上ある候補の都市のどこにするかという会話がなされるが、そこでも広島、長崎の名前は言及されない。日本人のキャラクターは登場せず、日本が悪く言われることもない。この映画は、原爆を落とす話を語るものではなく、原爆を開発し、終戦直後はアメリカでヒーロー扱いされるも、共産主義者とつながりがあったこともあり、後にスパイの容疑をかけられて評判が落ちた人物のポートレイトである。
ノーランのやりたかったことは明白だし、ノーラン自身もこれはオッペンハイマー本人の視点から語るものだと述べている。それでも、原爆が実際にどのような被害をもたらしたのかを描かないことに不満を感じる声は少ないながらも聞かれる。たとえば「Hiroshima Nagasaki」の著者ポール・ハムは、「L.A. Times」の取材に対し、「日本人は歴史の中の脚注みたいなものに格下げされてしまった」とコメントしている。また、迫力あるトリニティ実験のシーンを、CGに頼らず撮影したことも話題になったが、あの地域に住むネイティブ・アメリカンの人々が被った影響について語らないことを批判する声もある。もちろん、それもまたオッペンハイマー自身の視点から外れると言われればそれまでだ。
そんな「オッペンハイマー」が日本公開されるかどうかは、未だにはっきりしないまま。だが、全世界興収はまもなく8億ドルを突破する勢いで、アワードシーズンでの健闘も予想されている。今作でノーランはついに初のオスカーを受賞するのか。いずれにせよ、日本にいても、この映画のタイトルについてはしばらく耳にすることになるはずだ。
場面写真:Melinda Sue Gordon/Universal Pictures