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性犯罪はなくせるか 「加害者側」と「被害者側」が対話する意味

小川たまかライター
(写真:アフロ)

■被害者支援と加害者臨床の対話 なぜ必要なのか

 4月4日に、都内で「性犯罪をなくすために~被害者支援と加害者臨床の対話~」というイベントを行った。タイトルからもわかる通り、性暴力の被害者支援に携わる専門家と、加害者の再犯防止教育に携わる専門家の両方が登壇し、お互いの立場から現状を語っていただいた。私はこのイベントで運営メンバーの一人として司会を務めた。

 イベントの内容については、この記事の最後に当日の様子を報道していただいた記事をまとめた。本稿では、このイベントを行うことになったきっかけ、なぜこのような対話イベントを行う必要があったのかについて書く。

■「治療を受けさせて」と訴えた、ある小児性犯罪者

 性犯罪被害者へのサポートやカウンセリングの必要については、多くの人が理解しつつあるかと思う。

 また、近年では加害者に対する再犯防止プログラムの必要性についても理解が広まりつつある。ただ理解が広まる一方で、被害者支援も加害者臨床も、現段階で充分な体制が取られているとは言えない。

 昨年、「週刊新潮」に「幼女愛好男が『私はまた必ずやる』」という記事が掲載された(2017年9月28日号)。

週刊新潮2017年9月28日号より(画像は筆者撮影)
週刊新潮2017年9月28日号より(画像は筆者撮影)

 この記事では、未成年者誘拐で服役した元受刑者の男性が、自らの立件されていない性犯罪について実名・顔出しで告白。そして、「『性犯罪者処遇プログラム』を受けさせてほしい」「じゃないと、確実に私はやりますから」と訴える衝撃的な内容だった。この男性の場合、罪状が未成年者誘拐と恐喝のみだったため、性犯罪の受刑者に行われる性犯罪者処遇プログラムを受刑中に受けていなかった。

 性犯罪は再犯率が高い犯罪であり、なおかつ暗数が多い。上記の男性も立件されていない余罪があることを語っているが、「初犯」だからという理由で執行猶予のつく犯罪者のうち、実際の初犯者はどのくらいなのだろう。

 再犯防止プログラムの必要性を説く専門家は、性犯罪は常習化している場合「依存(addiction)」的なものである場合が多く、だからこそ、再犯を防ぐ観点からは「反省」や「罰」以上に「治療・教育」が必要であると説く。

■「診断書は減刑目的であってはならない」

 さて、被害者への支援、加害者の臨床、それぞれは確かに必要でも、なぜ両者の立場から対話が必要なのかイマイチわからない、という疑問があるかもしれない。お互い別々に努めればそれでいいのではないかと。

 今回のイベント「性犯罪をなくすために~被害者支援と加害者臨床の対話~」には、「被害者支援側」として臨床心理士の齋藤梓さん、弁護士の上谷さくらさん、「加害者臨床側」として、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんが登壇した。

 イベントのきっかけは、上谷さくらさんが斉藤章佳さんに「意見交換したい」と伝えたことだった。上谷さんは犯罪被害者支援弁護士フォーラムに携わるなど、これまで性犯罪などの被害者側の代理人を多く担当してきた。

 担当する性犯罪の裁判で、加害者側が「(加害者臨床の行われるクリニックの)診断書を気軽に、まるで免罪符かのように出す」ことに疑問を覚えていたという。一方で、斉藤章佳さんが著書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス/2017年)などの中で、再発防止プログラムの受講はあくまで再犯を防ぐためであり、減刑や執行猶予目当てであってはならないと書いているのを知っていた。

 実際に加害者臨床の現場にいる人は、どのような考えを持っているのか。それが、上谷さんが意見交換を求めた理由だった。

■被害者支援と加害者臨床は表裏一体の関係

 斉藤章佳さんは、以前から被害者支援の現場と対話の場を持ちたいと思っていたという。斉藤さんの勤めるクリニックでは、被害当事者の女性が、プログラム受講中の加害者たちを前に被害経験を語る「被害者からのメッセージ」というプログラムをこれまでに複数回行っている。再犯防止を望む女性からの申し出を受けて始めたプログラムで、受講者たちがこれまでにない反応をするのを見ていた。

 斉藤さんは言う。

「加害者臨床の立場から、被害者、被害者支援側に何か協力をお願いすることは基本的にできない。それは被害と加害は非対等であり、加害行為の克服は被害者側にその負担を求めないという原則からだ。けれど、被害者側、被害者支援側から要請があった場合は、応える義務があると思っている」

 上谷さんは、臨床心理士の齋藤梓さんを通じて斉藤章佳さんに連絡を取った。3人の間で共通しているのは、「被害者支援と加害者臨床は表裏一体の関係」ということだ。加害者臨床は、次の被害を発生させないために必要だが、被害者の気持ちや、被害者支援を無視しての加害者臨床はあり得ない。

 斉藤さんはイベントの冒頭で次のようにも語った。

「加害者臨床について、加害者支援という言葉を使う方がいますが、加害者支援ではありません。加害者臨床もしくは加害者教育です。クライアントである加害者の背後に被害者がいる。それを必ず想定して行わなければならないのが加害者臨床です。これをダブルクライエント構造といいますが、決して加害者を支援するわけではない。言葉の使い方ひとつにも気をつけなければいけない」

■被害者支援が貧弱であることが知られていない

 被害者支援あっての加害者臨床でなくてはならない。

 このように繰り返し確認しなくてはならない理由には、現状において被害者への理解・支援が残念ながらまだ足りていないことが背景にある。性犯罪被害者のケアを包括的に行うワンストップ支援センターがまだない県もあり、交付金は支援センター1カ所につき年間約467万円。被害者支援を行う予算の不足は、ケアやカウンセリングを行う人材の不足にも直結する。

 また、現在でも続くことではあるが、性犯罪の被害者は激しい偏見に晒されてきた過去がある。性犯罪などの被害者を支援する団体や施設は、所在地や電話番号を公開していないことがある。これは被害者保護のためだが、心ない中傷の電話や手紙を避けるためでもあるという。被害者を支援する人たちは、偏見や攻撃と闘い続けてきた。

 こういった過去を考えれば、加害者臨床と聞いて、「被害者支援よりも加害者の治療が優先されるのか」「依存症・病気ということになれば免罪されてしまうのではないか」と一部から不安が出るのは過剰反応とは決して言えない。実際に被害が軽視され、加害者が捕まらなかったり、捕まっても軽い刑罰ですまされたりしてきたのを支援者らは目撃している。

 4月には、ある新聞に載った社会学者による「(性犯罪を)告白した加害者を被害者が許す社会のあり方も必要だ」という一文が、支援者らの間で物議を醸した。

 許せるのであれば、被害者自身の回復にとっても望ましいことかもしれない。しかしそれは、第三者から「許してやりなよ」と促されるものであってはならない。周囲にできるのは、被害者が回復できる場を粛々と整えることだけだ。

 その場が整わないうちに「許す社会」を論じれば、「相手の人生を台無しにしてしまうんだから、許してあげなさい」と被害者が言われてきた過去(今でもある)に、簡単に戻ってしまわないか。

■「許し」の前に、「怒り」を感じる必要もある

 被害者支援都民センターなどでカウンセリングを行ってきた斎藤梓さんは、講演の中で「被害者は怒りの正当性を知ることが心の回復につながる」と話した。

 被害のショックから、被害当初は何があったのかをうまく認識できないことがある。加害者への怒りの感情よりも、自責に捉われることがある。周囲から「あなたも悪い」と言われることもあり、被害者は「加害者が悪い」という感情を持てないことがある。

 だからこそ、「怒っても良い」「自分の怒りは正当だ」と知ることが心の回復につながることがある。もし加害者への「許し」があり得るのだとしても、それは怒りの正当性に気付くなどの回復のステップの先にあることだろう。

 このような複雑な被害者心理を知れば、第三者が「許し」を口にすることの危険がわかる。

■形式的な謝罪に意味はあるのか

 被害者側、加害者側の視点をすり合わせることで、どのようなことがわかるか。

 たとえば上谷さんは、以前から裁判で被告人が「形ばかりの謝罪」をすることに疑問を覚えていた。促されて謝罪の言葉を口にするが、とても本心で言っているようには思えない。けれど「謝罪した」と記録が残される。形骸化した儀式のようで、これは意味があるのだろうかと加害臨床の斉藤さんに問いかけた。

 斉藤さんによれば、加害者がまず謝罪するのは、自分の家族や仕事の関係先。実際のところ、被害者への謝罪の気持ちはほとんどない。むしろ、「こんなことで訴えるなんて」と自分が被害者のような心境でいることすらある。

 治療プログラムを受けたとしても、本当の意味で被害者への謝罪の気持ちが芽生えるまでには数年単位で時間がかかる。専門治療を行わないのに、形ばかりの謝罪を行わせることには意味がないばかりか、危険でもあることを斉藤さんは指摘する。

■性犯罪にまつわる誤解と偏見をなくしていく

 性犯罪については、「派手な格好をしていたからだ」「隙があった」など、被害者に対する偏見があると言われる。

 一方で、加害者に対しての誤解もある。「異性に相手にされない人」「性欲を抑えられない衝動的な犯行」「普通の人とは違うから対処できない」など。実際は、家庭や恋人を持つ加害者、「普通」に見える加害者も多い。衝動的ではなく、捕まらないように計画的に実行されていることもある。

 「臭いものにフタ」をしてきたことで、被害者と加害者両方に、世間の偏見と誤解が未だある。

 その偏見と誤解を解きほぐし、実態を伝えていくことに、性犯罪をなくすヒントがあるのではないか。そのような主旨で、今後もこの対話のイベントを続けていく予定だ。

 第2回は5月24日(木)19時~21時。東京都港区男女共同参画センター「リーブラ」で行う。

性犯罪をなくすための対話 第2回「軽視される痴漢被害」FBページ

https://www.facebook.com/events/212244976208920/

【1回目の講演の様子を伝えた記事】

性犯罪 被害者支援と加害者更生の両面から対策を(NHK NEWS WEB/2018年4月5日)

性犯罪の被害者と加害者が考えていることはこんなにも違っていた(BuzzFeedNEWS/2018年4月5日)

すれ違う性暴力の被害者と加害者…それぞれの意識に「絶望的な溝」がある理由(弁護士ドットコム/2018年4月6日)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

トナカイさんへ伝える話

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