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「ひょうご防災リーダー講座」を受講して感じた、コロナ禍での避難所運営の難しさ

南文枝ぐるぐるフリーライター/防災士/元毎日新聞記者
2020年7月豪雨ではソーシャルディスタンスを保ちながら避難(写真:ロイター/アフロ)

 コロナ禍で災害が起きた時、命を守るためにどう行動するのか。兵庫県に住む筆者が、2020年10月から翌21年3月までの半年間、兵庫県広域防災センター(三木市)で防災について体系的に学んだ「ひょうご防災リーダー講座」でも、これは一つの大きなテーマとなりました。

 1995年の阪神・淡路大震災で甚大な被害が出た兵庫県は、2004年度から毎年、地域防災の担い手を育成するために「ひょうご防災リーダー講座」を開いています。日本の防災分野の専門家らを講師に招き、講義や避難所運営ワークショップ、避難行動訓練ゲーム、普通救命講習などを通して、突発的な自然災害時に地域で動ける人材を育てます。

 修了者は「ひょうご防災リーダー」として、地域の防災力強化のために活動することが期待されています。また、修了するとNPO法人日本防災士機構(東京)が認定する防災士の資格取得試験の受験資格が得られます。多くの修了者は、この試験を受けて防災士となります。

 受講料は無料(教材などで一部実費負担あり)。筆者はこれまで新聞記者やライターとして、災害や防災の取材をしてきましたが、これらについて体系的、専門的に学んだことがなかったため、2020年度の講座を受講しました。

「ひょうご防災リーダー講座」の防災分野の専門家による講義(田中健一さん提供)
「ひょうご防災リーダー講座」の防災分野の専門家による講義(田中健一さん提供)

コロナ禍で、さまざまな事情を抱えた避難者を受け入れる

「雨が強くなる中、●●地区から、小さな子どもを連れた妊婦が(避難所である小学校に)やって来ました。世帯主の夫とは連絡が取れていません。どう対応しますか」

 講座で特に印象に残ったのが、2020年11月7日に行われたコロナ禍での避難所運営ワークショップです。新型コロナウイルス感染症の拡大によって、日常生活で3密(密閉、密集、密接)を避けることが当たり前になりました。ワークショップでは、避難所に集まってくる人たちを、密を避けながら受け入れることについて、非常に悩みました。

 講座では、90人超の受講者が、居住地域ごとに数人ずつのグループに分かれてワークショップなどに取り組みます。この日の講師は、公衆衛生などが専門の高知県立大大学院看護学研究科の神原咲子教授と、コミュニケーションデザインが専門の神戸芸術工科大プロダクト・インテリアデザイン学科の曽和具之准教授。午前中は、カードゲームで避難所運営を模擬体験する水害版の避難所運営ゲーム(HUG)に臨みました。

 ゲームは、大雨が降り続き、洪水や土砂災害が発生する中、四つの地区から、さまざまな事情を抱えた人たちが続々と避難所である小学校にやって来る設定です。グループ内で避難所のリーダーや参謀、名簿管理、地図、記録などの担当を決めて、住民を受け入れていきます。雨脚が強くなる中、避難所には前述した幼い子どもを連れた母親やペット連れ、体の不自由な人などが徒歩で、車などで続々と訪れます。

 そんな人たちを、体育館や教室、廊下などで受け入れていかなければいけません。「お年寄りや妊婦、体の不自由な人は体育館の入り口近くにスペースを確保する」、「ペット連れの人は専用のスペースに案内する」といったことを即座に決めていきます。

避難所運営ゲーム(HUG)で、次々とやってくる避難者を受け入れていく(田中健一さん提供)
避難所運営ゲーム(HUG)で、次々とやってくる避難者を受け入れていく(田中健一さん提供)

 ましてやコロナ禍。入り口での検温や消毒はもちろん、避難者のソーシャルディスタンスも確保しなければいけません。PCR検査の陽性者はもちろん、検査結果待ちの人、体調不良を訴える人を学校内のどこに案内するのか、動線をどのように分けるのか。避難所に医療関係者がいるとは限りません。避難所にいる人たちが決めなければいけないのです。

 私は記録を担当しましたが、頭の中は、災害状況や次々と避難所を訪れる人たちの状況や関係性を整理するので精いっぱい。瞬時にまとめて記録していくのは大変でした。

感染リスクを下げるため、対象者の口元に布を当てて胸骨圧迫

 午後からは、広域防災センターの講堂で、コロナ禍を意識した避難所づくりに取り組みました。陽性者との濃厚接触者や体調不良者、高齢者や体の不自由な人、一般の人などを受け入れるスペースごとに段ボールベッドや簡易ベッド、間仕切りなどを組み立てていきます。そして次々と訪れる避難者を受け入れていくのですが、こちらも混乱しました。

陽性者との濃厚接触者や体調不良者、高齢者や体の不自由な人などの居場所をゾーニングした(田中健一さん提供)
陽性者との濃厚接触者や体調不良者、高齢者や体の不自由な人などの居場所をゾーニングした(田中健一さん提供)

 講師の神原教授は、「同じ施設で(避難者の居場所を分ける)ゾーニングは困難」としたうえで、「テープや貼り紙で意識を促す」「今いる島を超えない」「定員4分の1と考えて、補足の避難先の可能性を探る」ことを挙げました。

 筆者は現在、川の近くに住んでいますが、もし大雨などで川がはんらんし、避難所を運営することになったら、と思うとぞっとしました。しかし、災害は突然起こるのです。

 また、2021年1月9日に行われた普通救命講習では、人形の口元にハンカチなどの布をかけて、胸骨圧迫(心臓マッサージ)をしました。対象者の口元から飛沫が跳ばないようにするためです。こちらも、コロナ禍だからこその対応でした。

国の緊急事態宣言を受けて講座のカリキュラムを縮小

 講座自体も、新型コロナウイルス感染症の影響を受けました。国の緊急事態宣言を受け、1月中旬から2月末までの講座は延期。日程を12日から10日に縮小し、3月6日に再開しました。広域防災センターで防災教育担当を務める東京大学生産技術研究所リサーチフェロー、田中健一さん(62)は「コロナ禍だからこそ伝えるべきこと、やっておくべきこともあるだろうと思い、カリキュラムを組みました。危機管理の観点から緊急事態宣言中は延期しましたが、解除されたらすぐやろうと考えていました」と振り返ります。

 講座では、講義やワークショップを通して、災害時に自分はどう動くかを何度も考えさせられました。田中さんは「講座では、知識だけではなく、明日にでも活用できるノウハウを伝えることを目指しています」と話します。「本当に災害が起こった時に、人の命と生活を守るために何をするかを学ぶためには、自分がイメージできないといけません。イメージできないことはマネジメントができません」

「みんな災害が起こるとパニックになります。なっていいのですが、その次にどう対応するか。避難計画やマニュアルを作ったり、家族での連絡体制を決めておいたりしておかなければ、スピード感のある対応ができません」(田中さん)

「ひょうご防災リーダー講座」の運営を担当している田中健一さん。阪神・淡路大震災を経験している
「ひょうご防災リーダー講座」の運営を担当している田中健一さん。阪神・淡路大震災を経験している

 筆者にも経験がありますが、普段いろいろと考えていても、いざ災害が起こると動けません。田中さんは言います。「災害時要援護者対策でよく言われますが、本当に不意打ちで起こった瞬間は誰も助けに来てくれません。後で見守りに行くことはできますが、それもマニュアルや計画で決められていなかったら、おそらく誰も来てくれません。自分には自分の家族があり、例えば小さな子どもを抱えていたら、隣の人のことは考えていられない。だから、危機意識を持った人が地域にいっぱいあふれることが、兵庫県の地域防災力をおのずと底上げしてくれると考えています」

「危機管理は先読み。自分の選択肢をいっぱい持って対応する」

 さらに田中さんは、災害対策には「こうだと決めるのではなく、できるだけ柔軟に動ける体制」が重要だと言います。「どっちに振れても動けるように、できるだけ『のりしろ』を残しておく。危機管理はまさに先読み。何が起こるかということだけではなく、その時にどうするか、自分の選択肢をいっぱい持っておいて対応していきます」

 田中さんによると、2021年4月1日現在、ひょうご防災リーダー講座の修了者数は3170人。一方、兵庫県内の自主防災組織数は、2021年3月末現在で5779です。単純計算すると、1組織あたりの修了者数の割合は約0.55人。田中さんは「全県で1組織あたり1人以上まで修了者を増やせれば、地域防災力強化に非常に有効になる」と考えています。 

 年を経て、講座の受講者の属性も変わってきました。以前は60~70代が中心でしたが、大阪北部地震、西日本豪雨、台風21号、北海道胆振東部地震などが立て続けに起こった2018年度は、30~50代や女性の受講者が増えました。聴覚や視覚、身体に障がいがある人も参加しています。

 2021年度の講座では、感染症流行下での災害初動対応、市民トリアージ訓練なども検討しているそうです。災害対応は、市民レベルでもどんどん進化していきます。筆者もさまざまな状況をイメージしながら、自分ができる災害対策を考えていきたいです。

※写真は田中健一さん提供、一部筆者撮影

ぐるぐるフリーライター/防災士/元毎日新聞記者

1979年、石川県生まれ。同志社大学経済学部卒業後、北國新聞記者や毎日新聞記者、IT企業広報を経て、2013年からフリーライターとして書籍や雑誌、インターネットメディアなどで執筆。現在は兵庫県小野市在住。これまで当ページやニュースサイト「AERAdot.(アエラドット)」などで大阪、神戸、四国の行政や企業、地元の話題など「地方発」の記事を執筆。最近は医療関係者向けウェブメディア「m3.com(エムスリーコム)」で地域医療の話題にも取り組む。地方で面白いことをしている人に興味があります。

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