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英中銀、2024年の利下げ転換巡り市場とのミゾ深まる(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英中銀のアンドリュー・ベイリー総裁=英スカイニュース

英中銀のベイリー総裁はリセッション懸念が強まる中、景気支援の早期利下げを否定。金融政策金利を巡り、中銀に対する信頼性が失われる恐れが高まっている。日本の過度な円安政策も日銀の信頼性を損なう恐れがある。

 イングランド銀行(英中銀、BOE)は11月2日の金融政策委員会(MPC)で政策金利を5・25%に据え置くことを9委員中、6対3の賛成多数で決めた。据え置きは市場の予想通りだったが、BOEのアンドリュー・ベイリー総裁は会合後会見で、「インフレ率の物価目標(前年比2%上昇)への収束には2025年末までかかる」と、インフレとの戦いが長期戦になるとの見通しを示した。他方、英国経済の見通しについては、今後、「1-1年半は景気停滞が続く」と悲観的な予想を示している。

 BOEの金利据え置き決定後、市場ではインフレとの戦いの長期化は金利据え置きの長期化を意味し、英国経済がリセッション(景気失速)に陥るリスクが高まったと見て、BOEは景気刺激のため、来年、利下げに転換するとの観測を強めている。しかし、これに対し、ベイリー総裁は最近の講演で、来年の早期利下げの可能性を真っ向から否定したため、金融政策を巡り、BOEと市場とのミゾが急速に深まっている。

 英有力紙デイリー・テレグラフの経済コラムニスト、アンブローズ・エヴァンス・プリチャード氏は10月31日付コラムで、「インフレは終息に向かいつつある。世界的なリセッションが本格化するとき、各国中銀は再び利下げをしなければならない」とし、BOEにも早期利下げが必要と指摘している。すでに欧州の経済大国であるドイツの7-9月期GDP伸び率は前期比0・1%減となり、2期連続のマイナス成長で理論上のリセッションとなる可能性が高まっている。

 英国の早期利下げ待望論を裏付けるような出来事が11月2日のBOEの金利据え置き決定から5日後の11月7日に起こった。英国債市場で政策金利に敏感な2年国債(ギルト)の利回りが一気に0・1ポイント低下し、4・625%と、6月以来5カ月ぶりの低水準に落ち込んだ。

 これはBOEの主席エコノミストであるヒュー・ピル氏が11月6日の公開討論会で、早期利下げの可能性に言及したことに市場が早期利下げ観測を織り込んだためだった。同氏は、「金利は来年半ばまで現在の水準かそれに近い水準にとどまる必要がある」としたが、「利上げサイクルはピークに近づいているか、ピークに達していることを示す今までで最も明確な兆候があることから、投資家が来夏の利下げを予測するのは不合理ではない」と述べている。

■英国のリセッション懸念

 早期利下げの背景にあるのは英国経済のリセッション懸念だ。テレグラフ紙の経済部デスク、ティム・ウォレス氏は11月8日付コラムで、「エコノミスト、特に、マネーサプライ(通貨供給量)を重視するマネタリストは、(最近の)マネーサプライの低迷は経済が深刻な不況に直面していることの明白な兆候だと感じている。これはインフレが完全に押しつぶされ、英国がデフレ(物価下落)に陥る危険性があることを示している」と、デフレ不況のリスクを警告している。

 最近のマネーサプライについて、同氏はBOEのデータを引用し、「過去12カ月で、広義のマネーサプライは4・2%減少した。これは世界的な金融危機のときよりもはるかに大きい。コロナ禍前、広義のマネーサプライの伸びは年平均 3・8%だった」と指摘する。

 BOEも11月2日の金融政策決定会合後に発表した声明文で、金利据え置きを決めた理由について、英国経済の景気後退懸念が高まってることを指摘している。声明文で、「英国の7-9月期GDPは前期比横ばい(0・1%増)と予想され、前回8月経済予測よりも弱い」とし、景気の先行きに懸念を示した。

 また、BOEは雇用市場の見通しの不確実性が増したことも金利据え置きの重要な要因とした。声明文では、「経済活動の低迷により、雇用の伸びは2023年下期にかけて鈍化する可能性が高く、8月予測よりも大幅に鈍化する」と指摘している。

 さらに、BOEは、「金融引き締め政策が雇用市場や実体経済の勢いに何らかの影響を与える兆候が増えている」とし、その上で、「この引き締め(利上げ)サイクルの開始以降、銀行の貸出金利が大幅に上昇していることを考慮すると、現在の金融政策スタンスは制限的だ」と指摘している。制限的とは、政策金利を中立金利以上に引き上げた場合、経済成長を抑える「制限的な領域」に入ることを意味する。

 ただ、ベイリー総裁は金融政策決定の会合後の会見で、英経済のスタグネーション(景気停滞)が1-1年半続く場合、その間、金利が現在水準で据え置かれるかどうかについて、「(9月のインフレ率は6・7%だったため)まだまだ道のりは遠い」とした上で、「(引き締めの)やりすぎのリスクと少なすぎるリスクのバランスが取れるように留意する必要がある」、また、「最新予測は、金利水準はまだしばらくの間、制限的である必要があることを示唆している」とし、早期利下げよりも長期にわたり現在の高水準の政策金利を据え置く可能性を示唆した。

 しかし、市場ではBOEは金融引き締めが行き過ぎていると感じており、BOEとのミゾは深い。市場は今後、数年以内に物価下落(デフレの進行)と潜在的な景気後退につながると予想しており、すぐに金利を引き下げるべきと主張している。現在の英国経済は住宅ローン融資が減少、企業の債務が増え、倒産するケースが増えているのが実情だ。(『中』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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