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女はつらいよ?いまこそ知っておきたい!男性上位の映画界で道を切り拓いた女性映画作家たち

水上賢治映画ライター
『恋文』撮影中の田中絹代監督

 日本で唯一の国立映画機関である「国立映画アーカイブ」が2017年より定期的に開催している講座型上映会『映画の教室』。毎回、1つテーマを掲げ、その内容に沿った所蔵フィルムを選び、5回にわたり研究員による解説つきで上映する同企画の新たな回がスタートする。

 今回、テーマに掲げるのは日本の女性監督。「映画の教室2019 日本の女性監督―道を拓いた女たち」と題し、日本映画界で女性監督の道を切り拓いた先駆者たちにスポットを当てる。

 ハリウッドから始まった#MeToo運動は、世界の映画界で今も続いている。この事例からわかるように、世界の映画界において女性の地位は男性と対等とは言い難い。女性監督はまたまだまだマイノリティといっていい。

 それは日本の映画界も変わらない。その男性上位の世界で、いかにして女性監督たちは道を切り拓いてきたのか?本企画では、その軌跡を振り返る。そういう意味で、タイムリーな企画と言っていいかもしれない。

男性上位の世界で、いかにして日本の女性監督たちは道を切り拓いてきたのか?

 まず、今回、本上映会を企画した主旨を、国立映画アーカイブの碓井千鶴特定研究員はこう語る。

「MeTooの運動や、ハイヒールの強制をやめようと今年起きた#KuToo運動など、ジェンダーをめぐる問題が頭の片隅にあったのは確か。

 あと、近年、女性監督の活躍が目覚ましいとされているし、確かに女性映画作家の名前をよく目にする。なので、そのことについて実際どうなのか少し調べたい思いもありました。

 ただ、本企画の基本は、テーマに沿った5回シリーズで、毎回、国立映画アーカイブの所蔵作品の中から選んでいること。これまでのテーマもさまざまです。その中で、色々な角度から熟考を重ねた結果、今回は日本の女性監督をクローズアップしてみよう思いました」

 企画の準備のために調べる中で、いろいろなことがわかったそうだ。

女性監督の活躍は近年目覚ましいとされていますが、実際にさまざまな調査結果を見てみると、日本において女性監督の占める割合は10%以下。それを超えることはない。先日まで、国立映画アーカイブで開催されていた<ぴあフィルムフェスティバル>の応募作品をみても、開始当初の1977年は女性の監督作品は1本もない。そこから大幅な躍進を遂げたものの、今回の応募作品でも女性の比率は4分の1にすぎません。

 歴史的に、当然、女性が進出することは難しいとは想像できていましたが、ここまで少ないとは思っていませんでした

 日本では女性監督の登場も、欧米に比べて遅かったという。

フランスではリュミエール兄弟が映画を発明して間もない、1900年を前にアリス・ギイという世界初といわれている女性監督が誕生しました。アメリカでも、サイレント時代にすでに、女性監督が作品を発表している。ドイツではレニ・リーフェンシュタールが1932年にデビュー作を手掛け、その前にレオンティーネ・ザガンもいました。日本で坂根田鶴子が初の女性監督となり『初姿』を発表するのは1936年のこと。映画が作れなかった国もたくさんあるので、必ずしも日本が遅かったとはいえません。ただ、映画がさかんに作られていた国の中においては、なかなか女性監督が現れなかった方だといっていいのではないかと思います」

第1回は劇映画の先駆者、坂根田鶴子と田中絹代

 本日9日の第1回『女性監督の登場』では、その日本で初めて女性映画監督となった坂根田鶴子と、大女優であるとともに監督デビューも果たした田中絹代という劇映画の先駆者に触れる。

(C)『恋文』
(C)『恋文』

「坂根監督は『初姿』を撮ったものの、その後は劇映画を撮るチャンスがなく、文化・記録映画を手がけ、そのあとは、満州で映画を撮りました。ただ、その作品は残念ながら現在、当館に所蔵はありません。

田中絹代はご存知のように大女優。今回上映する監督デビュー作の『恋文』は、脚色を木下恵介が手掛けたり、森雅之、久我美子、宇野重吉、香川京子という豪華俳優が顔を揃えるなど、誰も失敗を許さないくらいの意気込みで挑んでいる。

お二人とも劇映画の女性監督の道筋を作った方といえると思います

 第2回では『文化・記録映画』と題し、文化・記録映画の分野で活躍した女性映画作家を紹介。科学映画・教育映画を監督した中村麟子、岩波映画製作所の時枝俊江や羽田澄子、桜映画社などで作品を監督した藤原智子などの監督の功績を振り返る。

「劇映画ではなかなか出てこなかった女性監督ですが、文化・記録映画の分野では戦中には、女性が演出を手掛けるようになっています。戦後は各社で演出分野で女性が採用されるようになって、女性監督が活躍しました。そんな文化・記録映画の女性作家たちについて語りたいと思います」

第3回では女性アニメーターに注目!

 第3回の『アニメーション映画』は、朝ドラ『なつぞら』でも話題を呼んだ女性アニメーターについての回。女性アニメーターの先駆者で監督はもとよりプロデューサーとしても手腕を振るった神保まつえらを紹介する。

「たとえば、神保監督はほんとうに日本のアニメーションにおいて、多大な功績を残していると思う。でも、学研の社員だったこともあって、作家として語られることもなかったからか、彼女に関する本さえ出ていない。この回では、すごいアニメーションを手掛けた女性アニメーターを紹介したいと思っています」

『いねむりぶうちゃん』(C)Gakken
『いねむりぶうちゃん』(C)Gakken

 続く第4回は『子供たちに伝える生命と愛』と題し、1980年代、自身でプロダクションを立ち上げ、自主製作で監督を始めた槙坪夛鶴子を紹介。教育問題に関心を寄せ、全国の学校や公共施設での上映という形で作品を届けた彼女の足跡を振り返る。

「槙坪監督は、もともとは教育映画のスクリプターとして活躍。その中で、子どもたちの性の問題や性教育に興味をもって、自身でプロダクションを起こして、作品を作って主に子どもたちに届けていく。女性による自主製作・自主上映の先駆者といっていいと思います」

 そして最後の第5回は『女性たちの生/性』と題し、1970年代初頭にピンク映画の監督としてデビューをし、これまでに400本以上の作品の監督・プロデュースを務めている浜野佐知をピックアップ。女性の視点から女性の性愛を描き続ける彼女の軌跡をたどる。

それこそ男性目線が当たり前のピンク映画の世界に、女性の視点を持ち込み、斬り込んでいった浜野監督。ピンク映画界に革命を起こした存在といっていいと思います

『第七官界彷徨―尾崎翠を探して』 (C)旦々舎
『第七官界彷徨―尾崎翠を探して』 (C)旦々舎

 

 プログラムを組む中で、こんなことも考えたという。

これらの女性監督たちが残したコメントの多くに『周りに女性がいない』、あるいは『まったくいない』という言葉が出てくる。

 今は少なからず男女平等が定着している。でも、当時はそういう意識は今ほどなかったはず。

 そんな中で、現場に女性がひとりポツンとたって、現場の指揮を執るって、どういう感じだったのか…。

 想像の範囲ではあるけれど、その苦労はだいたいの察しはつくのではないでしょうか。闘わざる得ないことも多々あったと思います」

 また、こんな事実にも気づかされたと明かす。

「国立映画アーカイブで、女性の監督の名前を掲げた特集が組まれたのは、2016年の「ドキュメンタリー作家 羽田澄子」(2017年にPart 2)だけ。様々な企画の中に女性監督の作品が入ることはありましたが、名前を掲げたのは羽田監督の特集が初めてです。でも、これは女性映画監督を見過ごしてきたわけではないんです。

 アーカイブを基にした企画や特集は、やはりある程度、そのことに関する資料や作品が集まって、コレクションとしてまとまって、ようやくできることなんです。

 つまり、特集や企画が出来なかったということは、それだけ女性監督に関する所蔵作品が少なかったことも物語っているように思います。

 所蔵フィルムを調べてみると、女性監督に関するものは数えられてしまう。

 だから、企画を考える立場で言うと、良くも悪くも比較的すんなりとプログラムは出来てしまった。この人も触れなくてはいけない、この人も外せないでしょうといった産みの苦しみのようなものが少なかった。

 そこで改めて、これだけ長い日本の映画史の中で、女性監督の存在が少ないことを痛感しました。

 もちろん今回の5回の上映会でも、たとえば宮城まり子さんや左幸子さんといった、紹介できていない女性監督はいて、すべてを語りつくせているわけではありません。それでも、おおよその流れはみていただけるかなと思っています。

 置き換えて、これが男性監督の特集となったら、もうあれもこれもで収集がつかないと思うんです。それぐらい差がある。長いスパンでみたら、やっぱり女性監督の存在はほんとうに限られるんだなと思いました」

 最後にこうコメントを寄せる。

「さきほどもちょっと触れましたけど、当館では、2016年に『ドキュメンタリー作家 羽田澄子』(2017年にPart 2)が女性監督の初めての特集でした。今年は12月24日から、当館では劇映画の女性監督の特集としては初めてとなる『映画監督 河瀬直美(仮)』を開催します。

 現代の日本映画を代表し、世界でも大きな存在感を示す河瀬監督ですが、たどれば、先人たちの足跡にもつながる部分はあると思うんです。

 ですから、『映画の教室 2019 日本の女性監督―道を拓いた女たち』で、どのようにして、どのような女性監督が道を拓いたかを知っていただきたい。そして、併せて河瀬直美監督の特集も観てもらえたら嬉しいです。

 日本映画界における女性監督の歩みを実感できる時間になると思います」

 この機会に、日本映画界に確かな足跡を残した女性監督たちに思いを馳せていてはいかがだろう。その足跡は、もしかしたら日本における女性の社会進出などにもつながり、日本の女性史にも重なる機会になるかもしれない。

「映画の教室 2019 日本の女性監督―道を拓いた女たち」チラシ
「映画の教室 2019 日本の女性監督―道を拓いた女たち」チラシ

「映画の教室 2019

日本の女性監督―道を拓いた女たち」

開催日:2019年10月9日(水)23日(水)11月6日(水)20日(水)12月4日(水)

7:20pm開始[7:00pm発券・開場]全5回・隔週水曜・研究員による約15分の解説付き

会場:小ホール 定員:151名

★各回の開始後の入場はできません。

料金:一般520円/高校・大学生・シニア310円/小・中学生100円/障害者(付添者は原則1名まで)、国立映画アーカイブのキャンパスメンバーズは無料

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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