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「優勝してパリへ!」高校生パティシエがしのぎを削るスイーツ甲子園とは

平岩理緒スイーツジャーナリスト
第12回を迎えた「貝印スイーツ甲子園」(画像提供・貝印株式会社)

日本全国の高校生達が目指す「貝印スイーツ甲子園」とは?

2019年夏、「第12回貝印スイーツ甲子園」の予選大会が開催された。この大会は、高校生が3人1組でオリジナルスイーツのアイデアと腕前を競う製菓のコンクールである。2008年に第1回大会が開催されて以来、毎年実施されており、書類応募からの参加人数はのべ2万人にも及ぶ。

今年は、全国から350チーム・125校の応募があり、書類選考で計24チームを選出。第一次の実技審査となる予選大会は、西日本が8月1日・2日、東日本が8月6日・7日の各2日間、計4日間にわたって実施された。

学校法人糸菊学園 名古屋調理師専門学校(愛知県)Amusant(アミュゾン)チーム(画像提供・貝印株式会社)
学校法人糸菊学園 名古屋調理師専門学校(愛知県)Amusant(アミュゾン)チーム(画像提供・貝印株式会社)

その結果、決勝に進出したのは、「嶋田学園 飯塚高等学校」(福岡県)の「muguet(ミュゲ)」チーム、「レコールバンタン高等部大阪校」(大阪府)の「etoile(エトワール)」チーム、「学校法人糸菊学園 名古屋調理師専門学校」(愛知県)の「Amusant(アミュゾン)」チーム、「レコールバンタン高等部」(東京都)の「Rig(リグ)」チーム。決勝大会は、9月15日(日)に東京都内で開催される。

レコールバンタン高等部(東京都)Rig(リグ)チーム(画像提供・貝印株式会社)
レコールバンタン高等部(東京都)Rig(リグ)チーム(画像提供・貝印株式会社)

優勝チームには、フランス・パリでの有名店の見学・研修旅行の副賞も授与されるとあり、各チームとも「優勝してパリに行くぞ!」と闘志を燃やしている。

2018年9月開催の「第11回貝印スイーツ甲子園」決勝戦での審査の様子(筆者撮影)
2018年9月開催の「第11回貝印スイーツ甲子園」決勝戦での審査の様子(筆者撮影)

日本を代表する一流パティシエが審査、指導を担当

「貝印スイーツ甲子園」の審査を担当するのは、スイーツ業界の第一線で活躍する一流のパティシエ達だ。決勝大会の審査員は、ヨーロッパ各国で腕を磨き、現在は都内の商業施設「京橋エドグラン」や「東京ミッドタウン」をはじめ複数の店舗を展開する「Toshi Yoroizuka(トシヨロイヅカ)」オーナーシェフの鎧塚俊彦氏と、フランスやスイス、ルクセンブルク等の名店で修業し1993年に開業した「パティスリー ノリエット」(東京都世田谷区)オーナーシェフの永井紀之氏が務める。

嶋田学園 飯塚高等学校(福岡県)muguet(ミュゲ)チーム(画像提供・貝印株式会社)
嶋田学園 飯塚高等学校(福岡県)muguet(ミュゲ)チーム(画像提供・貝印株式会社)

地方予選大会の審査員には、「パティシエ・シマ」(東京都千代田区)二代目の島田徹氏、「パティスリー ラトリエ・ドゥ・マッサ」(神戸市)オーナーシェフの上田真嗣氏、「フランス菓子 トワ・グリュ」(熊本市)二代目の三鶴康友氏、「菓子工房グリューネベルク」(横浜市)オーナーシェフの濱田舟志氏など、今後ますますの活躍が期待される、若手パティシエ達8人が名を連ねる。

レコールバンタン高等部大阪校(大阪府)etoile(エトワール)チーム(画像提供・貝印株式会社)
レコールバンタン高等部大阪校(大阪府)etoile(エトワール)チーム(画像提供・貝印株式会社)

スイーツを志す高校生達にとっては、「あの有名シェフに会って話せる」ということ自体も、胸の躍る機会だ。そして実際、この大会運営の随所を見ても、一流パティシエ達との交流を通じて、彼らがさらに成長していけるような配慮が感じられる。

創業の地ゆかりの刀匠の名に由来する「貝印」の包丁ブランド「関孫六」シリーズ(画像提供・貝印株式会社)
創業の地ゆかりの刀匠の名に由来する「貝印」の包丁ブランド「関孫六」シリーズ(画像提供・貝印株式会社)

「貝印」が「スイーツ甲子園」を続ける理由

そもそも、この大会を主催する「貝印」とはどのような会社か? 現在、東京都千代田区に本社のある「貝印株式会社」は、明治41年(1908年)、刃物の町として知られる岐阜県関市に創業。生活に密着した刃物として、カミソリやツメキリなどの身だしなみやビューティーケア、包丁をはじめとする調理・製菓、医療用など1万アイテムにもおよぶ商品を開発、生産、販売する総合刃物メーカーだ。

近年は、製菓道具の製造販売にも力を入れていて、製菓の世界の未来を担う若い世代を応援し育成したいという思いから、この「貝印スイーツ甲子園」をスタートしたという。

一般的に、プロのパティシエ達を対象とするコンクールは、製菓素材のメーカーが主催、もしくは協賛に入ることが多い。メーカーにとっては、大会出場者が自社の製品を使用することでPRの機会となり、コンクール入賞作品が商品化されれば、原材料として注文量が増え、売り上げ増も期待できる。

しかし、学生を対象とするコンクールの場合、彼らはすぐに商品を販売できる訳ではないため、企業側から見ると、「直接的な費用対効果」が少ないと判断されがちだ。現実に、世界的に見ても、「スポンサーが集まらない」という理由から、コンクールの開催頻度が減らされるケースは少なくない。その中で、高校生達の夢を応援し、彼らの人生経験をより豊かなものとするべく、毎年このコンクールを開催している同社への敬意も込め、私も、このコンクールは第1回から注目し、取材を続けてきた。

決勝進出チームと審査員パティシエ達による作戦会議(筆者撮影)
決勝進出チームと審査員パティシエ達による作戦会議(筆者撮影)

コンクールを通じて「食」に関わる姿勢を問う

「貝印スイーツ甲子園」の決勝戦は、予選から1カ月以上先の9月の開催となる。その理由は、予選での反省点を活かし、再び練習を重ね、さらにブラッシュアップする猶予が与えられているためだ。

プロ向けのコンクールでは、多くの場合、書類選考時に提出したレシピや作品外観は変更することができない。また、書類選考後など、途中で審査員の講評を聞く機会というのもほぼ無い。

これに対し「貝印スイーツ甲子園」では、予選審査員のパティシエと勝ち残ったチームメンバーとで、決勝戦に向けた「作戦会議」を行い、そこでのアドバイスを受けて、レシピの一部を変更することができる。このようなやり方には、本コンクールを通じて、高校生達に「問題を把握し、解決する力」を養ってほしいという思いが感じられる。

アドバイスをする若手パティシエ達も、「こうすればいいと自分達が言ってしまっては、彼らの作品ではなくなってしまうので、どこまで何を言えばいいかと、色々と考えながら話します」と語り、高校生達との交流を通じて、「人を育てる」ことの難しさと喜びとを体感していることがうかがわれる。

完成品だけでなく作業工程やチームワークも細かく審査される(筆者撮影)
完成品だけでなく作業工程やチームワークも細かく審査される(筆者撮影)

他にも、大会の様々なルールは、これまでの開催を通じて、高校生達の成長に繋がるようにと見直されてきた。現在、課題は、製菓に関する基礎的な知識を問う筆記試験 (50点満点・3人の平均点を加算)と、調理試験 (300点満点)の計350点満点で採点。調理試験は「テーマ作品(200点)」と「課題作品(100点)」に分かれる。

課題作品は「ジェノワーズ(スポンジ生地)にクリームをサンドしたデコレーションケーキ」。テーマ作品は、2019年は「カスタードを使ったケーキ」となった。より細かい評価ポイントとして、味や見た目、テーマに沿った作品であるかといったことはもちろん、作品全体や断面の美しさ、食材を無駄にせず丁寧に扱えているか、道具を丁寧に扱っているか、チームワークはどうか、衛生的に作業しているか、作品に独創性があるかといったことに対しても、それぞれしっかりと配点がある。

レコールバンタン高等部(東京都)Rig(リグ)チームの作品「SAU Ferme(サウ フェーム)」は、カスタードの材料となる牛乳や卵への感謝を表現(筆者撮影)
レコールバンタン高等部(東京都)Rig(リグ)チームの作品「SAU Ferme(サウ フェーム)」は、カスタードの材料となる牛乳や卵への感謝を表現(筆者撮影)

私は、東日本予選を取材したが、審査を担当したシェフからも、「優勝はしなかったが、あのチームは競技終了時点で洗い物などの片付けも全て終わっていて、作業の綺麗さも群を抜いていた。お菓子を作りながら片付けも同時に進めて、段取りよく仕事をすることを考えてほしい。」「残った材料を何の気なしにごみ箱に捨てたりするのは、即減点。食に関わる人間として、材料を大切にしてほしい。」といった、基本的な姿勢を問い正す講評が語られた。

表彰式での審査講評(筆者撮影)
表彰式での審査講評(筆者撮影)

表彰式後には交流・試食の時間も設けられていて、他チームの作品も試食することができ、審査員のシェフ達も各チームを回り、より細かい講評コメントをしたり質問に答えたりする。たとえば、「飾りの飴細工をケーキに刺しても、時間が経つと倒れてきてしまう。どうしたらいいのか?」という質問に対し、「ムースのようにやわらかな土台だと安定しないので、中にしっかり固定するような生地を入れて、そこまで突き刺すようにしては」といったアドバイスを受け、高校生達も真剣にメモを取っていた。

優勝は出来なかったけれど、「実は、練習の時には一度も時間内に完成しなかったけれど、今回は何とか間に合ったので、それは頑張れたと思う。」というチームもあった。プロのコンクールであれば、そもそも練習の時点で時間内に完成できていないというのはまだ準備不足、と評価される向きもあるだろう。しかし、「出来なかったこと」を反省することはもちろん必要だが、1つずつでも、以前には出来なかったことが、今回は出来るようになったと気づき、自らの成長に喜びを感じることもまた、10代の若者達にとって大切な過程である。

3人1チームとなってスイーツ作りを競う高校生達(筆者撮影)
3人1チームとなってスイーツ作りを競う高校生達(筆者撮影)

夢を叶えパティシエとして活躍する若者も

コンクールでは順位がつき、思うような結果が出せないことも、多々あるだろう。それは実際の人生においても同じだ。しかし、コンクールに参加することの意義は、優勝すること以上に、そこまでの過程で努力すること。そして、そこで学んだ成果を次の課題解決に繋げることにある。

優勝チームのメンバー達は、指導してくれた学校の先生や応援してくれた家族や同級生達への感謝の言葉、また、決勝に向けて、チームメイトと共に最後まで頑張りたいという信頼の言葉を口々に語った。

このような場に参加できる機会を与えてくれ、支えてくれた人々への感謝や、食材を提供してくれる生産者への感謝の思い。そんな謙虚な気持ちこそが、彼らを人間的に成長させ、未来への道を切り拓く力となる。

「貝印スイーツ甲子園」への出場をきっかけにパティシエの道へと進んだ若者もいる(筆者撮影)
「貝印スイーツ甲子園」への出場をきっかけにパティシエの道へと進んだ若者もいる(筆者撮影)

では、この「貝印スイーツ甲子園」に出場した高校生達は、その後の進路でパティシエの道を選ぶのだろうか? 今回の出場校の指導教員の方に彼らの卒業後の進路について伺ったところ、特に大手メーカーやホテルなどの場合、高校に対して新卒の正社員募集を出すケース自体が少なく、個人の菓子店ならば採用枠はあっても、そもそも人数が少ない。そのため、就職先の選択肢がより多くなる製菓専門学校に進学する学生もいて、高校卒業後すぐに菓子店でパティシエとして働くというケースは、決して多くないという。

もちろん、大学に進学し、スイーツとは直接関係のない分野に進んだ学生達にとっても、「貝印スイーツ甲子園」に挑んだことは、彼らの中で大きな財産となり、いつか別の形で役立つことがあるだろう。

一方で、パティシエの道へと進んだ出場者達もいる。2012年に開催された「第5回貝印スイーツ甲子園」で優勝した「熊本私立慶誠高等学校」のチームメンバーの1人だった女性は、在学時に指導を受け、このコンクールに関しても教えを受けた熊本県内のパティスリーのオーナーシェフのもとへ入社。3年近く販売の経験を積んでから製造スタッフとなり、その後も練習を重ねて活躍するようになった。2019年春より、次のステップとして東京都内のパティスリーに入社。新たな職場で刺激を受けながら、日々の修業を重ねている。

私は熊本のオーナーシェフと縁があり、彼女のことを見てきたが、このように、「貝印スイーツ甲子園」から製菓業界の未来を担う人材が生まれていることは、とても嬉しく意義深いと感じている。

彼らの闘いの様子は、8月下旬以降、「貝印スイーツ甲子園」の公式ホームページで、動画でも配信される。

来る9月15日の決勝戦は当日中の動画配信が行われる予定なので、ぜひその戦いを見守り、声援を送ってほしい。

これからも、「貝印スイーツ甲子園」のような場が続き、そこに挑戦する若者達が続いていってほしいと願っている。

スイーツジャーナリスト

マーケティング会社勤務を経て、製菓学校で菓子の基礎を学び、スイーツジャーナリストとして独立。月200種類以上の和洋菓子を食べ歩き、各種媒体で発信。商品開発コンサルティング、イベント企画や司会、製菓学校講師、コンテスト審査、スイーツによる地方活性化支援など幅広く活動。スイーツ情報サイト「幸せのケーキ共和国」主宰。「All About」スイーツガイド、「おとりよせネット」達人、日経新聞のランキング選者等も務める。著書『東京最高のパティスリー』(ぴあ)、『まんぷく東京レアもの絶品スイーツ』(KADOKAWA)、監修『厳選スイーツ手帖』『厳選ショコラ手帖』(共に世界文化社)等。

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