欧州の第4次金売却協定から消えた文言
欧州中央銀行(ECB)と欧州地区の中央銀行は5月19日、金売却協定(CBGA:Centarl Bank Gold Agreement、通称ワシントン協定)の更新を発表した。
今回の合意内容は、下記の四点である。
1)金は国際通貨準備において重要な要素であり続ける。
Gold remains an important element of global monetary reserves
2)協定締結国は、市場の混乱を回避するために金取引の調整を続ける。
The signatories will continue to coordinate their gold transactions so as to avoid market disturbances
3)協定締結国は現在、大量の金売却を行う計画はない。
The signatories note that, currently, they do not have any plans to sell significant amounts of gold
4)この協定は、現行の協定が期限切れを迎える2014年9月27日に発効し、5年後に見直される。
This agreement, which applies as of 27 September 2014, following the expiry of the current agreement, will be reviewed after five years
一見すると、この短い協定文は常識的なことを確認しただけで、何ら意味のない協定のようにも思われる。ただ、金市場関係者は、これまでの第1~3次協定にあった「ある文言」が削除されたことに注目した。それが年間の金売却上限枠に関する規定である。
■CBGAの歴史を振り返る
もともと、このCBGAは中央銀行の金売却量に制限を掛ける目的で締結されたものだった。1990年代は利息も金利も発生せず、値上がりもしない金(Gold)を中央銀行が準備資産として保有し続けることが疑問視され、特に伝統的に準備資産に占める金の比率が高い欧州地区の中央銀行は、競い合うように金準備資産の売却に踏み切った。その象徴がイングランド銀行(英中央銀行)であり、1999年5月に当時715トンあった金準備を300トンまで削減することを発表し、実際に2004年にかけて累計353トンを売却した。
その後の金価格急騰でイングランド銀行のこの決定はイギリス国内で強い批判を受けた訳だが、当時はイングランド銀行以外にも金準備を削減する動きが強く、一種の金準備売却ブームとも言える現象が見受けられた。
ただ、金の市場規模(当時は年間3,000~4,000トン)を考慮すれば数百トン単位の金売却は需給の歪みをもたらすのが必至であり、現に1990年代後半のドル建て金価格は1オンス=200ドル台と約20年ぶりの安値まで落ち込んだ。
こうした状況に危機感を強めたのは鉱山会社だったが、中央銀行間でも金売却量に一定の制限を設定する必要性が議論された結果、1999年に初めて締結されたのが、今回更新が決まったCBGAである。
上述のような目的から、この協定には金売却量について明確な規定があり、第1次協定(1999年~)では年間400トン、第2次協定(2004年~)では年間500トン、第3次協定(2009年~)では年間400トンと、協定締結国全体で売却できる金準備の上限を設定することで、金需給の混乱を回避することが目指された。
年間400トン(第2次協定では500トン)は決して小さい規模ではないが、「金準備が無制限に売却される」事態に歯止めを掛けた影響は大きく、同協定の締結と前後して金価格は下げ止まり、2000年代の急騰相場へと発展していった。
実は、2010年の第2次協定の終了時点で、このCBGAは役割を終えたといった議論もあった。2009年以降は売却上限枠の半分も満たさない状況になっていたため、協定更新の必要性が疑問視されたためである。結果的に売却上限枠を500トンから400トンまで引き下げて協定は更新されたが、今回はその売却上限枠そのものが撤廃されたのである。
■中央銀行は需要家としての地位を確立した
CBGA締結国は依然として1万1,945トンと、世界全体の公的機関の金準備資産(3万1,820トン)の三分の一以上を保有しており、金需給にとって潜在的なリスク要因であることには変わりがない。
ただ、第4次CBGAで売却上限枠の撤廃が行われたことからは、少なくとも今後5年というタイムスパンにおいては、欧州地区で金準備資産の大量売却が行われる可能性は極めて低いとみて良いだろう。
欧州地区の中央銀行は、依然として金の「買い手」ではなく「売り手」である。現行の第3次協定の下でも累計22.7トンの売却が行われている。特に、ドイツ連邦銀行(独中央銀行)は小規模ながらも第1次協定の2年目から毎年一定量を売却している。今後も資産バランス調整などの目的から、売却が行われることは避けられないだろう。
しかし、世界的なトレンドとしては新興国を中心に金準備資産を拡大する方向で展開が進んでおり、欧州地区からの大量売却が行われないのであれば、中央銀行は金の買い手になる。金需給にとって長らく供給項目だった公的部門は、2010年以降は需要項目に位置づけられており、昨年は年間409トンの需要を創出している。今年第1四半期も122トンの需要が確認されている。欧州地区からの金売却量がこのまま抑制された状況が続けば、世界全体としては公的部門が年間400トン、500トンという規模で金需給を引き締めるトレンドは維持されることになる。
今回の売却上限をなくしたCBGA更新からは、金準備資産の歴史は着実に変わっていることが強く印象付けられる。