Yahoo!ニュース

ノルウェーの森に泡の魔法がかかり、破壊の部屋で若者は怒りを爆発させた

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
Stephanie Luningによる泡のパフォーマンス 筆者撮影

「わざわざここまで見に来た価値があった」

芸術祭の帰り道に私はそんなことを思っていた。

ノルウェーの首都オスロから電車で約30分ほど離れたモス自治体にあるイェロヤ島で、「MOMENTUM 12: Together as to gather」(ノルディック・ビエンナーレ・オブ・コンテンポラリーアート)という12回目の北欧芸術祭が開催されていた。

Momentumビエンナーレは1998年に初めて開催され、北欧の現代アートシーンにおいて長い歴史を持つ芸術祭のひとつだ。

首都オスロから簡単にここまでアクセスできるというわけではないが、旅のつもりで来るのもよい 筆者撮影
首都オスロから簡単にここまでアクセスできるというわけではないが、旅のつもりで来るのもよい 筆者撮影

アート集団(コレクティブ)であるTenthausがキュレーターとなり、「Galleri F 15」というギャラリー館内と、周辺の美しい自然の中にアートが溶け込んだ舞台が創造されていた。

パイプに耳を当てると、近くにある浜辺の水の音が聞こえてくる。Margrethe PettersenとLine S Dolmenの作品 筆者撮影
パイプに耳を当てると、近くにある浜辺の水の音が聞こえてくる。Margrethe PettersenとLine S Dolmenの作品 筆者撮影

90人以上のアーティストによる作品やプロジェクトが展示されている。大きな注目を集めたのはドイツのアーティストStephanie Luningによる泡の展示だ。

 Foam action by Stephanie Luning 筆者撮影
Foam action by Stephanie Luning 筆者撮影

泡マシンによって形成された虹色の泡で公共の場を占領する。Stephanie Luningはこれまでも様々な国の空間の場で泡の魔法をかけてきた。Momentum 12では大きな木造建築のドアから泡がモクモクと発生。泡はどんどんと大きくなる。およそ1時間、観客を魅了した。

筆者撮影
筆者撮影

風が吹くと泡は飛んでいくし、泡に夢中になった子どもたちは近づいて触りたい衝動を抑えきれずにいる。黄色の泡に青色やピンク色の泡も加わり、泡のオブジェクトは常に形を変えていく。

食用色素、生分解性洗浄液、水からなる泡は、風に乗って飛び回り、鑑賞していた市民の服や肌にも色を残した。最後には子どもたちが泡に突入していき、市民も泡のアートの一部となっていた。気が付くと、私の足も赤く染まっていた。

Stephanie Luningはもうひとつの作品「collectivity paintings 」という集団アートも展開していた。市民は、様々な色の小さなアイスキューブペインティングを白い布の上に置いたり投げたりすることができる。氷のキューブは溶け始め、まるで花が咲いているかのような絵柄が誕生する。

自然の色で集団アート体験

Stephanie Luning本人とアイスキューブで作るコレクティブアート 筆者撮影
Stephanie Luning本人とアイスキューブで作るコレクティブアート 筆者撮影

アイスキューブの色は店頭で売られている絵の具などではない。Galleri 15の館内にあるカフェから提供してもらったビーツ、玉ねぎ、クルミなどの植物性廃棄物と、地元農家から調達したシラカバやリンゴの樹皮から抽出したものだ。虹色の泡も地元の雨水と排水物で作られていた。

サステナビリティや自然との調和はこの芸術祭が大切にしている価値観でもある。

どちらの作品も市民を巻き込む形態で、子どもが楽しんで笑顔でアートに関わっている光景が印象的だった。

子どもたちはお絵かきするようにアイスキューブを置いたり投げたりして楽しんでいた 筆者撮影
子どもたちはお絵かきするようにアイスキューブを置いたり投げたりして楽しんでいた 筆者撮影

怒りと破壊の部屋

「Rage Room」の前に立つリンネアさん(17・左)とヴィクトリアさん(18) 筆者撮影
「Rage Room」の前に立つリンネアさん(17・左)とヴィクトリアさん(18) 筆者撮影

さて、もうひとつ私が魅了されたのは『怒りの部屋』だ。

16~19歳の若者のアート集団「BLIKKAPNER」(英語でeye-opener)による作品は、感情表現を表すことが苦手とする若者のメンタルヘルスと感情の発散をテーマにした空間だ。

木造のボックスの中に入ると、CDや皿など、大量の日常生活用品が細々と「破壊」されていた。

筆者撮影
筆者撮影

ヴィンテージショップから無償提供してもらった不必要なものを、若者たちは破壊した。ボックスの外側には自分の中に閉じ込めていた感情を思うがままに書き、まるでトイレの中の壁にある落書きのようだ。ボックスの中にひとりだけ入り、好きなだけ叫ぶという行為もした。

筆者撮影
筆者撮影

アーティストのひとりであるリンネアさん(17)は高校2年生。ボックスの中にあるものを参加者で破壊するのには6時間、作品作りには4か月を要したと語る。

「私たちには怒りを開放する場所がない」

痩せたり筋肉のある「理想の体型」は若者のストレスになっている。「サマーボディなんて、もううんざり」という罵声が書かれていた 筆者撮影
痩せたり筋肉のある「理想の体型」は若者のストレスになっている。「サマーボディなんて、もううんざり」という罵声が書かれていた 筆者撮影

リンネアさんは取材でこう答えた。

「私たちには怒りを開放する場所がないから、自分も壊す作業をすることでリラックスできました」

「壁に囲まれての破壊行為だったので、『誰も私の行動を見ていない』という状況も感情の解放をしやすくしました。今のノルウェーの若者、特に男子は、強くあろうと振る舞おうとします。この怒りの部屋は今回の展示のみですが、若い人はいつだってこのような場所にアクセスできたほうがいいと思います」

筆者撮影
筆者撮影

Momentum 12はギャラリー周辺の浜辺が見渡せる森や脇道にもアートが溶け込んでいた。

「北欧ビエンナーレ(美術展覧会)」とも言われるMomentum 12だが、アート集団は国籍豊かな人々で形成され、インクルーシブなコミュニティとなっていた 筆者撮影
「北欧ビエンナーレ(美術展覧会)」とも言われるMomentum 12だが、アート集団は国籍豊かな人々で形成され、インクルーシブなコミュニティとなっていた 筆者撮影

オスロ在住のGermain Ngomaの作品『Forest』 筆者撮影
オスロ在住のGermain Ngomaの作品『Forest』 筆者撮影

Germain Ngomaの作品『Forest』は文字が刻まれた石がギャラリー周辺の歩道の岩に刻まれている。どこにアートが隠れているのか楽しむ人もいた 筆者撮影
Germain Ngomaの作品『Forest』は文字が刻まれた石がギャラリー周辺の歩道の岩に刻まれている。どこにアートが隠れているのか楽しむ人もいた 筆者撮影

自然と融合した芸術祭。20度前後の心地よい北欧の夏らしい環境で、森の中でみる現代アートはまるで魔法のようだった。

個性が異なるアートに次々と触れることで、私の頭もだいぶ刺激されたようだ。建物のドアからモクモクと巨大化するカワフルな泡のモンスターや、破壊行為がされたボックス空間は、今でも記憶から離れずにいる。

Momentum 12

住所:Galleri F15 Albyalleeen 60, 1519 Moss, Norway

6月10日~10月8日

Stephanie Luning (Momentum 12 公式HP)

BLIKKAPNER公式HP

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

鐙麻樹の最近の記事