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中国で6000万再生の恋愛アニメの吹き替え版。思わせぶりな先輩役の大久保瑠美が小悪魔ぶりに秘めたもの

斉藤貴志芸能ライター/編集者
『下の階には澪がいる』で大久保瑠美が演じる真珠(C)bilibili

韓国のWebコミックが原作で、中国でアニメ化されて6000万回の再生を記録した『下の階には澪がいる』。日本語吹き替え版の放送がスタートした。謎の多い元アイドルの澪と大学生の陽を巡る青春ラブストーリーの中で、陽がずっと片思いをしている先輩の真珠(まこと)の声優を大久保瑠美が担当している。明るく人当たりがいいが、思わせぶりな態度を取る役にどう挑んだのか。これまでのキャリアも踏まえながら語ってもらった。

とにかく先が気になって仕方なくて

――恋愛系の学生ものは久しぶりでしたっけ?

大久保 まったくなかったわけではないですけど、ここまで純粋な恋愛青春ものとなると、久しぶりな感じがします。

――オタクを自称されている大久保さんが、観る側としては好きなジャンルですか?

大久保 私はどちらかというと、ガッツリ人間ドラマな作品より、ギャグがメインだったり、ドタバタ劇の中に恋愛があるものを観ることが多いです。純愛青春ものも好きですけど、自ら前のめりになるジャンルではないので、今回は新鮮でした。

――真珠役はオーディションで決まったんですか?

大久保 ご指名をいただきました。原作はLINEマンガで読めるんですね。恋愛ものを前のめりに読むタイプではないと言いましたけど、『下の階には澪がいる』はすごく面白くて。最初は無料公開のところだけ軽く読んで、雰囲気を掴んでおくくらいの気持ちだったんです。それが夜に読み始めて、気づいたら課金をすごくしていて、最終話まで読み終わったら朝になっていました(笑)。

――この作品のどういうところに、そこまで惹かれたのでしょう?

大久保 一番は澪の不思議さ。魅力的で脆いけど、どこか強くて、放っておきたいのに放っておけない。元アイドルで電撃引退したという設定からも、何かを抱えているはずで、陽を本当はどう思っているのかも気になって仕方ない。とにかく先を読みたい気持ちにさせてくれました。

大久保瑠美(81プロデュース提供)
大久保瑠美(81プロデュース提供)

かわいくて純粋な役が来て驚きました

――その中で、陽がずっと片思いをしている先輩の真珠役が自分に来たのは、腑に落ちましたか?

大久保 ちょっとビックリしました。私は秘密を抱えていたり、裏があったりする役が多いんですけど、真珠はかわいくて純粋な先輩なんです。陽の気持ちは知っていて、自分も陽に対して思うところがある。けど、なぜかはぐらかしている。そこは真珠にも事情があって。演じるうえでは、真珠が何に悩んでいて、どうして陽と距離を保とうとしているのかわかってないと、お芝居として成立しないところがあるかなと。

――そうなんでしょうね。

大久保 それもあって、原作を読ませていただいたんです。そしたら、真珠の事情も澪が芸能界を引退した理由も、結構リアルでした。私も芸能のお仕事に携わらせていただいて、こういう瞬間は確かにあるかもと思いました。澪にとっては、それが引退に繋がるほど辛かった。私たちはそこまで行かないから続けられていて、その境は難しいと感じました。

自分の学生時代の恋愛のようなリアリティ

――真珠についても、共感するところはあったと?

大久保 まったく理解できないことはなかったです。ネタバレになるから詳しくは言えませんけど、真珠は家庭でいろいろあって。もし自分もそうだったら、確かに好きな男の子とつき合うのは難しいだろうなと。そういう意味で、私も学生時代にこんな恋愛をしていた気になるような、リアリティがありました。自分が登場人物の中に入り込んでしまうというか。

――大久保さんは家庭に問題があったわけではないでしょけど。

大久保 でも、高校生の頃、父親と大ゲンカしたことはありました。親子とはいえ考えがぶつかることはあるので、自分の父親がイヤな感じに思われないようにしたいんですけど、たとえば習いごとをやめるように言われたら、やめる気はまったくなくても、お金を払っているのは親なので「やめてやるよ!」みたいな反抗をしてしまったり。

――売り言葉に買い言葉的な。

大久保 次の日に「ごめんね」と謝って、母や姉のフォローもあって仲直りするんですけど。親子ゲンカでも、母と父とでは全然違います。母とは友だち感覚があって、父親は「娘とどう話したらいいかわからない」とよく聞きますよね。真珠については、あの家庭でよくこんな純粋に育ったなと、本当に思います。

好きでいてくれるはずとズルい一面が出て

――真珠は「気持ちを抑えつけていて、限界が来ると突然爆発」という一面もあるようです。

大久保 それは私もわかるかもしれません。ずっと頑張れていたものが、ひとつプツッと切れてしまったとき、不満がブワーッと漏れ出す。大人になってもあることで、まだ大学生の真珠たちは、一番そういう波が激しい時期なんだと思います。

――陽に対しては、同級生に「仲のいい後輩」と紹介したり、何気に傷つけていますね。

大久保 私の中での真珠は、陽が自分を好きなことをわかっているのはもちろん、序盤はその気持ちが変わらないと思っているんですよね。だから、つき合っているのか聞かれて否定しても、陽は自分を好きなままでいてくれると、ズルい一面が出ていて。そこに澪が現れて陽が惹かれていくのを、たぶん間近で見ることになったら、真珠はどうするのか。最初は余裕があるから、陽を避けることもできる。自分でない人を好きになりかけていると気づいたときに、どう変わっていくかが、真珠には一番大きいように思います。

――最初は確かに、思わせぶりな振る舞いをしていて。

大久保 毎日会っていると、自分も気があることがバレてしまうので、借りたマフラーを返さなかったりしますけど、好きな人のものを長く持っていたい気持ちもあるかもしれない。ズルさと乙女心が両方ある感じがします。

男の子がつい好きになる女の子を追求しました

――真珠の演じ方としては、ファンタジー作品やキャラクター的な役より、ナチュラルな感じですか?

大久保 逆に、すごくかわいくしようと演じています。もちろん自然さは失わないようにしつつ、1話の時点で陽がとにかく真珠を好きなので。ここまで好きになるということは、相当かわいいんだろうなと。私の中にある「男の子がつい好きになっちゃうよね」という女の子を追求した結果が、あのお芝居になりました。かわいいんだけど小悪魔っぽいところを重視しています。

――試行錯誤はありましたか?

大久保 原作を読んで、真珠のキャラクターをある程度理解したうえだったので、苦労したというより、やりすぎてないか不安がありました。でも、1話の収録が終わったあと、スタッフの皆さんに「すごくかわいかったです」と言ってもらえて。間違えてはいなかったと、自信に繋がりました。

――狙い通りになったわけですね。

大久保 吹き替えなので(中国版の)原音もありますし、きれいに出来上がった画に当てるので、キャラクターを作っていくことはそんなに難しくはなくて。自然に導いてもらっている感覚でした。

バイバイしたら振り向かない雰囲気で

――小悪魔なお芝居は、大久保さんの引き出しにあったものですか?

大久保 難しいところですね。ないとは言いませんけど、自分にないものを出すのも役者の仕事なので。でないと、自分と同じ役しか演じられませんから。なくても出す、ということはやったと思います。

――具体的には、どういう形で小悪魔的な表現をされたんですか?

大久保 「じゃあね」という言葉がパキッとしていたり。好きな人とさよならするときって、ちょっと名残り惜しそうになると思いますけど、真珠は軽くバイバイという感じにしました。たとえば「このあと2次会に行きます?」みたいなことを言わせない空気というか。それまで陽としゃべっているときは、アハハハと笑うかわいい真珠先輩。でも、マフラーを借りて「ありがとう。じゃあね」となったら、もう振り向きもしない。

――なるほど。それは小悪魔っぽいですね。

大久保 私自身のお芝居もありますけど、そこも画がはっきりそうなっているので、相乗効果で表現しました。陽の気持ちがわかっていて、一線を引いているんですよね。

ファミレスで朝まで話したことはあります

――大学生の話とあって、コンパや学祭のエピソードも出てきます。大久保さんは専門学校でしたが、そういうことはやっていました?

大久保 ありました。私は声優科でしたけど、舞台のお芝居にも興味があったので、部活では演劇部に入っていて。演劇祭というのがあって、それに向けて、しっかり練習していました。

――では、演じていて懐かしい感じも?

大久保 あそこまで大きな学祭はなかったんですけど、友だち3人でグループを組んで、ステージで歌って踊りました。当時流行っていた『涼宮ハルヒ(の憂鬱)』の主題歌とハロプロさんの曲と。私は高校生のときにチアリーダー部に所属していたので、ダンスは苦手ではなくて。収録していて「こういうことがあったな」と思いました。

――飲んでいたりして終電を逃したことも?

大久保 部活の練習時間が長かったので。1年生で未成年のときは、実家が埼玉で遠かったこともあって、そんなになかったんです。でも、2年生になって20歳を超えたら、「そろそろ卒業だね」と寂しくなって。つい飲みに行ったり、24時間やっているファミレスでしゃべっていたら朝に……ということはありました。

声優として大きい壁に2回ぶつかりました

――今年でデビュー15周年なんですよね。

大久保 そうらしいですね。本当にありがたいことです。

――ほぼ毎クール、何かしら出演されている印象があります。新人時代の下積みを別にしたら、『スイートプリキュア♪』や『ゆるゆり』以降は、声優人生で行き詰まったことはないですか?

大久保 いえ、全然ありました。毎年行き詰まっていて、大きい壁には2回ぶつかっています。1回目は声優業界でのランクというものが付いて、ギャランティが上がったとき。すごく不安でした。

――ギャラが高くなっても使ってもらえるか。

大久保 そうです。今は制度が変わってますけど、当時は上がらないといけなくて、生々しい話をすると金額が倍くらいになって。それでも大久保瑠美を必要としてもらえるのか。だから、ランクが上がってから初めて受かったオーディションは、すごく嬉しかったです。

――倍以上の価値を認められたわけですよね。

大久保 それだけの金額をいただく分の責任も感じました。もちろん、ジュニアなら責任を感じなくていいわけではないですけど、たとえ台詞がひと言でも、常にその額に値するお芝居をしなければいけない。そんな真面目すぎるところがあって、積もりに積もって、2回目の壁にぶつかりました。

自分にしかできないお芝居を目指して

――2回目はどんな壁だったんですか?

大久保 とあるオーディションを受けたとき、「私は何てつまらないお芝居をするんだ」と思ったんです。かわいくてキャピキャピしたキャラクターで、自分がやったのが、100人いたら100人がこうするよね、というお芝居だったんです。だったら、私がやる必要性はないよなと。でも、そのオーディションは結局受かったんです。

――つまらないお芝居ではなかったんですね。

大久保 問題はそこではなかったのかなとわかりました。自分のお芝居は類型的で誰でもやれると思っていたのは、違っていたのかもしれない。もしかしたら私にしかできないお芝居になっていて、私の声が一番良かったのかも。そう考えたとき、目指すものが見えました。私がやる意味のある役を演じられるようになりたい。他の誰かでなく大久保瑠美にお願いしたい、と思ってもらえるお芝居ができるようになろう。それが2回目の大きい壁になりました。

――そう思ったのは、いつ頃の話ですか?

大久保 30歳になる頃だから、4年くらい前ですかね。

持ってないものを出すのも仕事なので

――演じるのが難しかったキャラクターもありますか?

大久保 クールでボーイッシュみたいなキャラクターは、オーディションには受かったものの、私の中に似ているところはまったくなくて。でも、さっきもお話したように、ないものを出すのも仕事。オリジナルストーリーなら、先にシナリオをもらって読み込んで、順序立てて役を作ることをしています。

――壁はあったにせよ、高いレベルでの葛藤だったんでしょうね。

大久保 高いレベルかわかりませんけど、任せていただいた役は自信を持ってやるようにしています。今回の真珠役でご指名いただいたのは、本当に嬉しくて。素晴らしい声優さんが何百人といる中で、たった1人しか演じられない真珠の役を「大久保さんで」と言ってもらえたわけですから。オーディションで声を聞いてもらって、合ってるかどうかで決まるのも嬉しいですけど、オーディションをせずとも合ってると思っていただけたのか、スケジュールとか他にも理由があったのか。そうだとしても自分にお願いされたから、すごく張り切って、すぐLINEマンガを読み始めたところもあります。

――大久保さんの出演作の中で、個人的には5分アニメの『浦和の調ちゃん』と『むさしの!』もすごく印象に残っています。自分も高校は浦和で、今も大宮住みなので。

大久保 あれも懐かしいですね。私も浦和の人と大宮の人が話すときにバチバチしているのを見て、面白いなと思っていました(笑)。ああいうご当地アニメで、大久保瑠美が埼玉出身の声優の中にちゃんと入っていて、出演できたのも嬉しかったです。自分の存在が誰かの頭の片隅にでもあるのは、幸せなことです。

過程で一生ものの友だちが得られました

――『下の階には澪がいる』が7月からスタートしましたが、個人的な夏のお楽しみはありますか?

大久保 役者には関係ないですけど、会社員さんは長期休みがありますよね。私は養成所時代に仲良くしていた子が10人いて、10年以上経った今でも、すごく仲が良いんです。私以外は全員もう声優をやってなくて、毎年夏と冬の長期休みに集まって、温泉に行ったりバーベキューをしたりして遊ぶんです。一緒にお芝居を学んで、ひとつのものも作ったみんなと再会して、お泊りをして夜通し語り合う。今年の夏もきっとできそうで、すごく楽しみです。

――大久保さんが声優として活躍を続けているのは、きっと皆さんも誇らしいでしょうし、夢を託されているところもあるかもしれませんね。

大久保 みんなはいろいろな職業に就きながら、私の出ている作品をチェックしてくれたり、ゲームをやってくれたりもします。連絡も取り合っていますし、声優を目指す過程で一生ものの友だちを得られたのは、本当に良かったです。

Profile

大久保瑠美(おおくぼ・るみ)

9月27日生まれ、埼玉県出身。主な出演作は『ゆるゆり』(吉川ちなつ役)、『ゆゆ式』(野々原ゆず子役)、『ハンドレッド』(エミール・クロスフォード役)、『魔術士オーフェンはぐれ旅』(クリーオウ・エバーラスティン役)、『【推しの子】』(MEMちょ役)など。放送中の『下の階には澪がいる』(フジテレビ)で桃井真珠役。

『下の階には澪がいる』

フジテレビ「B8station」水曜25:25~

原作/ミンソンア『下の階には澪がいる』(「LINEマンガ」連載)(C)bilibili

出演/坂本真綾、河本啓佑、大久保瑠美、沼倉愛美ほか

公式HP

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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