MLB開幕は暗礁に? 問題はコロナから労使対立へ
MLBの開幕に向けてのハードルは、新型コロナウィルス以上に暗礁に乗り上げた労使交渉だ。
問題はコロナから労使対立へ
新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けたNPBも、6月19日に開幕する。海外に目を向ければ、台湾や韓国のプロ野球リーグはすでに開幕している。
しかし、いわば本家のMLBは、開幕ターゲットこそナショナルパスタイムに相応しい独立記念日の7月4日にセットしたが、そこに至る行程は全く楽観できない状況にある。いや、目標通りの日程で開幕するにはもはやデッドラインがすぐそこに来ている。
そう、肝心の労使合意が得られていないのだ。
機構は一旦合意を反故に
5月11日、MLB機構は選手会に提示する運営案を採択した。各球団とも本来の162試合の半分にあたる82試合を戦い、全試合でDH制を採用、プレーオフ進出は10球団から14球団に拡大する、というものだった。これ自体は何の問題もない。しかし、この案に盛り込まれていた労使間での総収入の折半が物議を醸した。言うまでもない。開幕後しばらくは無観客での開催が続くことは確実なので、82試合であれば、オーナー達の取り分は本来の半分未満になることは確実だからだ。
本来、労使協定には、戦争や天災などの国家的非常事態で全試合の開催が不可能な際は、選手達へは開催された試合数の全試合に対する比率に準じた年俸が支払われる、と規定されている。今回の新型コロナウィルス感染拡大に対しても、ドナルド・トランプ大統領が国家非常事態宣言を発出したので、この原則が適用されることを3月段階で労使は確認している。
この合意を機構側は反故にしようとしているのである。さらに言えば、この折半提案はいわば「サラリーキャップ」であり、26年前にこの導入をきっかけに労使の交渉は泥沼に陥り、約8ケ月におよぶ史上最悪のストライキに至ったのだ。選手会側としては、「またサラリーキャップを持ち出された」と極めて鋭敏に反応したのはある意味当然だった。
すると、今度はオーナー側は選手の年俸を多寡に応じて削減率をスライドさせる案を持ちだした(「折半案」は報道されただけで、正式に提示されたのはこちらだ)。これだと、最低年俸(約56万ドル)クラスの選手の削減率はミニマムの27.5%だが、球界最高額の約3800万ドル(約40億円)のマイク・トラウト(エンゼルス)の場合、およそ85%減の約577万ドル(約6億2000万円)にまで下がってしまう。
相手が呑めない条件を提示する虚しさ
この提案にも選手達は激しい抵抗感を露わにした。加重平均した上での選手全体への総合的な損得以前に、選手間で利害が相反するこの案は団結を重視する選手会に受け入れられるはずがなかったと言えよう。
しかし、ここで素朴な疑問が湧く。なぜオーナー側は合意を取り付けることが到底不可能な提案をしたのか?交渉は両者の合意があって初めて完結する。と言うことは、相手が妥協可能な案でない限り受け入れられるはずはない。それでも強硬な姿勢に出たことにはそれなりの理由があるはずだ。
もともと落としどころとしての第二(第三か?)の提案があるのだろうか。それとも、ロブ・マンフレッド・コミッショナーにとって、海千山千のオーナー達の自身への支持を取り付けるには、強硬姿勢を取り続けるしかなかったのだろうか。「弱腰だ」というレッテルをオーナー達から貼られることを何よりも懸念したのかもしれない。
そう思っていたら、ここに来て新説が出てきた。ESPN契約ライターのジェフ・パッサンが、「一部のオーナーは、実はシーズン中止を狙っているようだ」と報じたのだ。それが、経営側にとってもっともダメージが少ないシナリオだとすると、良し悪しは別にして妙に腑に落ちる。
しょせん仮面夫婦
しかし、この戦略はビジネスモラルとしてどうだろうか。現地の多くのメディアが問いかける「ベースボールへの愛」や「ナショナルパスタイムを背負う責任感」というような情緒的な論理ではなく、純粋にビジネスマンとしての経営倫理としていただけない。
オーナー達は、今季の損失を受け入れるべきである。疫病も自然災害などと同様に避けることができない経営上のリスクだからだ。そもそも、MLBは昨季は全体で日本円換算1兆円!(107億ドル)もの巨額の収入を挙げている。その内部留保は何のためか?
あるべき姿としては、今季はオーナー達は当初の合意の通り開催試合数に応じた年俸を選手に支払う。その結果、少なからず損失を蒙る。そのため、今年のオフのFA市場は冷え込むだろう。場合によっては翌年以降も市場の不景気は続くかもしれない。しかし、それが一番自然でお互い恨みっこなしの関係だと思う。
いずれにせよ、四半世紀にも及ぶ労使協調はしょせん「仮面夫婦」の関係でしかなかった、という至極当然のことをわれわれは学んだわけだ。