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【障害者施設襲撃事件】19個の殺人と20数個の殺人未遂は〈1個の犯罪〉として処断される

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
相模原障害者施設で殺傷 19人死亡(写真:REX FEATURES/アフロ)

■はじめに

相模原障害者施設襲撃事件では、現在までに19名の死亡が確認され、20名を超える重軽傷者が病院に搬送されました。形式的には、19個の殺人罪と、20個以上の殺人未遂罪、そして、建造物侵入罪や器物損壊罪などが認められます。容疑者については責任能力が問題となっていて、起訴されない可能性もあるわけですが、起訴された場合には、実は、これらの犯罪は全体として〈1個の犯罪〉として処理されることになります。

一般に、複数の犯罪が実行された場合は〈併合罪〉(へいごうざい)と呼ばれ、刑が加重されるのですが、本件の場合は、ちょっと特殊な問題が生じ、普通の併合罪よりも軽い処分になります。ただし、容疑者に完全な責任能力があると認められた場合には、死刑も選択肢の一つとして考慮されますので、刑罰を軽くしなければならないというわけではありません。あくまでも、彼の犯した犯罪は〈1個〉であると評価される可能性があるということなのです。

■刑法54条1項の規定

刑法54条1項に次のような規定があります。

第54条  1個の行為が2個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。

この条文は2つのケースについて規定しています。まず、「1個の行為が2個以上の罪名に触れる」場合ですが、これは、たとえば勤務中の警察官を殺害したような場合です。つまり、この場合は、殺害行為という1個の行為が、殺人罪(刑法199条)と公務執行妨害罪(刑法95条)という2つの評価を受けます。このような事例は〈観念的競合〉(かんねんてききょうごう)と呼ばれています。

もう1つの「犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れる」場合ですが、これは、たとえば留守宅に侵入して、窃盗を行うような場合です。手段である住居侵入が刑法130条に該当し、結果(目的)である窃盗が刑法235条に該当しています。このような事例は〈牽連犯〉(けんれんぱん)と呼ばれています。

〈a図〉刑法54条における科刑の仕組み
〈a図〉刑法54条における科刑の仕組み

そして、これらの場合、刑法は全体を統一的に評価して〈1個の犯罪〉として取り扱うとしているのです。観念的競合の場合は行為は1個ですし、牽連犯の場合には、手段としての犯罪と結果としての犯罪という強い関連性から全体に一体性を認めるという趣旨です。つまり、刑法54条は、犯罪行為の一体性から併合罪よりも軽く扱い、刑を加重するのではなく、〈それぞれを比較して最も重い法定刑によって処断する〉としているのです(a図)。

■〈かすがい現象〉

手段となる犯罪と目的(結果)となる犯罪とを一体として処理するというのは、世界でも珍しい立法例だと言われています。刑法がなぜこのようなルールを設けたのかはよく分かっていませんが、現在の刑法が制定されるとき(明治40年)、それまであった住居侵入窃盗罪という規定を廃止し、住居侵入罪と窃盗罪に分離したために重く処罰される可能性が生じ、従来の処理と均衡させるために、手段・結果という行為の一体性に着目してそれまでの実務との継続性をもたせようとしたためだと言われています。

そして、住居(建造物)侵入というのは、多くの犯罪において手段としての意味をもっていますので、現在では、住居侵入と放火、住居侵入と強姦、住居侵入と窃盗・強盗、住居侵入と傷害・殺人などにおいて手段・結果の関係が認められるようになっています。

〈b図〉家のなかでの殺人
〈b図〉家のなかでの殺人

しかし、牽連犯という類型を認めると別の問題もでてきます。〈b図〉を見てください。犯人がAとBの2人をそれぞれ殺害したとします。公園や道路上などの戸外で殺害した場合は、2個の殺人罪は併合罪として重く処罰されます。ところが、住居の中で2人を殺害した場合には、全体が〈1個〉の犯罪となって、戸外で殺害した場合に比べて軽い扱いになるのです(ただし、死刑が選択された場合は結果的に同じです)。

どうしてこのようなことになるのか。

まず、住居侵入とA殺害は、上で説明した牽連犯として〈1個の犯罪〉として処理されます。次に、B殺害も同じように最初の住居侵入とは牽連関係に立ち、〈1個の犯罪〉として処理されます。そして、住居侵入は1個しかありませんから、結局、全体が〈1個〉の犯罪として評価されることになります。なぜなら、もしも家の中で行われたA殺害とB殺害を戸外での犯罪と同じように併合罪として処理するならば、それぞれと一体性が認められる(1個の!)住居侵入を2回処罰することになりますので、牽連犯という形態を認める以上、このように解するほかないのです(牽連犯を廃止すべきであるという意見は強いです)。

画像

〈かすがい〉という、2本の材木を強くつなぎ合わせる両端が曲がった釘があります。ここから、上のような現象は法律家の間で〈かすがい現象〉と呼ばれています。

以前、秋葉原で多数の通行人を殺傷するという事件がありましたが、今回の障害者施設襲撃事件は、建造物に侵入した殺傷事件という意味で、刑法的評価としてはまったく別のケースだということになります。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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