【女性バンド「三人楽器」】ひきこもり男性ひとりのためにホールで演奏会
「ソーダー水みたいに、キラキラ消えてしまいそうな僕ら~」
ガランとした都内の大きなホールに、美しくもどこか物悲しい旋律にのって詩が流れる。
演奏しているのは、フルートとピアノの女性3人が19年に結成した音楽集団「三人楽器」。観客席の中央には、30代の男性が、たったひとり招待されて座っていた。
「三人楽器が好きです。10年間引きこもっているけれど、音楽を楽しめるなら、外出できるかもしれないです」
男性は以前、ひきこもり支援を通じて知り合ったメンバーの1人に、そんな手紙を送った。
「三人楽器」のメンバーは、RADWIMPS「前前前世」のフルートカバーがYouTubeで45万回再生を誇り、コンクール優勝経験もあるフルーティストの深澤美香さん、山形の無形文化財「上山藩鼓笛樂隊」出身で狛江エフエムパーソナリティであり、ひきこもり支援活動もしている藤原雪さん、ヨーロッパ、アジアなど国内外で多数公演をしながら、 小学校を中心に音楽を通して「いじめ・自殺防止」の道徳授業を展開しているシンガーソングライターの小川紗綾佳さん。3人は、ライヴを中心に活動していて、19年10月に中目黒TRYで行われたワンマンライヴでは、チケットを完売させたという。
元々、このホールでも、コンサートを行う予定でチケットが販売されていた。しかし、新型コロナの自粛ムードが続く中でキャンセルになったため、藤原さんが男性からの手紙を思い出し、「ひきこもりさん1人だけのためのライヴならば、クラスタにならない」からと、急きょ、男性を招待する応援ライヴが実現することになる。
この日、男性のために用意された公演名は、三人楽器プレゼンツ「Only For You ~ここだけの話~」。ホールの使用料など経費の数万円はすべて、複数のファンが負担してくれたという。
“選ばれし”男性は、ひとり招待されたことに、「どうして、ここにいるんだろう」と恐縮した様子。それでも自宅から1時間半かけて駆け付けた。
メンバーが男性のために選んだのは、オリジナル楽曲「Midnight Blues」など3曲。合間のMCでは、ひきこもり当事者たちのために冒頭の「sparkling」(3曲目に演奏)などを作詞・作曲した小川さんが、こう明かした。
「私も、ファミリーレストランやコンビニに行って“これ、ください”って言えない人だったんですよ。でもしゃべれない時期があったから、音楽もいっぱいできたし、ムダじゃなかったと思うんです」
演奏会は15分ほどで終了し、時々小さくうなずきながら聴き入っていた男性は、「sparklingが、いちばん好き」と話した。
小川さんは、この曲に「自分の子供が死にたいと思っていることを親たちは知らない。子がそこにいることは希望でしかないから、ただ咲いていてほしい」というメッセージを込めたと話す。
初めての生ライヴだという男性にとって、とても贅沢な時間だったに違いない。
イベントや居場所などの開催中止が続いている状況に、ひきこもり状態にある本人や家族の間では、分断させられている状況が続き、出会う機会やタイミングを逸して、死活問題になっている人もいる。人は誰もが、誰かに支えられて生きている。
でも、音楽には、こういう力があって、いろんな工夫次第でつながることもできるんだなと感じさせる、そんな心温まるひとときだった。
コロナの時代だからこそ、「三人楽器」では今後も、ひきこもり状態にある本人を対象に、「ひとりのための演奏会」の要望があれば、広い空間やネット中継などの工夫により、安全に配慮して開いていきたいという。
お問い合わせは、藤原雪さんまで。