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藤井聡太八冠、プレイバック八冠ロード ~羽生善治九段との激闘~

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 2023年、藤井聡太八冠(21)が歴史的な偉業、全タイトル制覇を達成しました。年明け時点では五冠を保持しており、2023年の幕開けは羽生善治九段(53)と渡辺明九段(39)とのダブルタイトル戦でした。

 この記事では、羽生九段がタイトル獲得通算100期を目指して挑んだ第72期ALSOK杯王将戦七番勝負と、その後の王座戦での再戦に焦点を当てます。

藤井王将の攻め、羽生九段のしのぎ

七番勝負は2023年1~3月にかけて行われた
七番勝負は2023年1~3月にかけて行われた

 第72期ALSOK杯王将戦七番勝負は、藤井王将が4勝2敗で制しました。第4局終了時点では2勝2敗と互角で、振り返ってみると藤井王将が全冠制覇の中でも特に苦しんだシリーズでした。

「第72期ALSOK杯王将戦七番勝負第2局 主催:毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟」 ▲羽生善治九段―△藤井聡太王将 100手目△6八飛成まで
「第72期ALSOK杯王将戦七番勝負第2局 主催:毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟」 ▲羽生善治九段―△藤井聡太王将 100手目△6八飛成まで

 藤井王将が第1局を制して迎えた第2局。終盤、藤井王将が猛攻を仕掛けて羽生九段の玉に迫ります。詰将棋の名手である藤井王将が王手を続けて追い込みましたが、羽生九段の応手は正確でした。

 図で▲4八香が詰みを逃れる唯一の対応です。

 3八や5八に合駒すると、△2七銀打▲3九玉△4九香成と王手で金を取られて詰んでしまいます。

 また、4八に打つ駒が香以外だと、△2七銀打▲3九玉△4八香成▲同金と進んだ後に取った駒を生かして詰まされてしまいます。

 ▲4八香であれば、△2七銀打▲3九玉△4八香成と香を取られても▲同金の時に後手に有効な手段がなく、先手玉が詰みません。

 紙一重のところで藤井王将の猛追を振り切った羽生九段が1勝1敗のタイに持ち込みました。

「第72期ALSOK杯王将戦七番勝負第5局 主催:毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太王将―△羽生善治九段 87手目▲5四桂まで
「第72期ALSOK杯王将戦七番勝負第5局 主催:毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太王将―△羽生善治九段 87手目▲5四桂まで

 互いに1勝ずつを加えて迎えた第5局。横歩取りから藤井王将が有利に進めていましたが、終盤に入ってリードを広げられず、羽生九段にチャンスが巡ってきました。

 図で△5七銀▲同銀△同桂成▲同玉に△8四角と王手竜取りをかければ羽生九段に分のある形勢で、この将棋の勝敗、そしてシリーズ全体の行方も違っていたかもしれません。

 竜を奪えば自玉が安全になるため自然な順ですが、この手順だと相手の玉も安全になるのが難点です。それを嫌った羽生九段は△5一銀打と受けにまわりましたが、藤井王将が息を吹き返しました。

 △5一銀打に対して▲4二角成△同銀▲5三銀と一気に攻め込み、羽生九段はその猛攻を受けきれず藤井王将が押し切りました。

鋭い攻めで防衛を決める

多岐にわたる戦型が指された七番勝負だった
多岐にわたる戦型が指された七番勝負だった

 表をみると、七番勝負では様々な戦型が指されたことが分かります。

 このシリーズで、羽生九段は様々な戦術を試していきました。

 そして第6局、羽生九段は角換わり早繰り銀を採用しました。

 角換わりは藤井王将の得意戦法ですが、それをあえてぶつけたのです。

 しかも、羽生九段が角換わりで早繰り銀を採用するのは珍しいことで、この大一番にとっておきの作戦をもってきたのでしょう。

 しかし、藤井王将は正面から対抗して羽生九段の戦略を跳ね返しました。互いの研究から外れてからすぐにリードを奪うと、鋭い攻めで勝負を決めます。

「第72期ALSOK杯王将戦七番勝負第6局 主催:毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟」 ▲羽生善治九段―△藤井聡太王将 71手目▲6四歩まで
「第72期ALSOK杯王将戦七番勝負第6局 主催:毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟」 ▲羽生善治九段―△藤井聡太王将 71手目▲6四歩まで

 図では自玉の近くで歩がぶつかっているため、自然な手は△6四同歩と歩を取る手ですが、藤井王将は△5七銀と攻勢に転じました。

 これは驚きの手で、▲同銀△同桂成と進むと飛車取りではなくなるため、先手に攻めるターンがまわってしまいます。

 しかし、▲6三歩成に△同角と取ることで角を相手の玉近くにきかせるのが藤井王将の狙いでした。これは非常に気が付きにくい手順で、藤井王将の読みの深さと判断力の素晴らしさを示す構想です。

 誰もが受けを考える場面で見せた鋭い攻めが決め手となり、勝利した藤井王将はタイトル防衛に成功しました。

二人のタイトル戦に期待

 そして、七番勝負閉幕から3ヶ月後、王座のタイトルを狙う藤井七冠(当時)と羽生九段が第71期王座戦本戦準決勝で再び顔を合わせました。

 唯一のタイトル全冠制覇者である羽生九段が藤井七冠の前に立ちはだかる漫画のような展開です。

 羽生九段が採用した作戦は、第72期ALSOK杯王将戦七番勝負第6局と同様に角換わり早繰り銀でした。

 その時は相早繰り銀に進みましたが、今回は先手番の藤井七冠が腰掛け銀から受けにまわる指し方で対抗しました。

 本局は羽生九段が猛攻を仕掛ける展開でしたが、藤井七冠の受けが正確でした。

 結果的には一度もリードを許さず、藤井七冠が勝利しました。

「第71期王座戦本戦準決勝 主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王・名人―△羽生善治九段 100手目△7七銀不成まで
「第71期王座戦本戦準決勝 主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王・名人―△羽生善治九段 100手目△7七銀不成まで

 図では先手玉に詰めろがかかっていますが、▲6九玉△7八金▲5九玉△6八金▲4八玉と玉を逃がしたのが好手順で、持ち駒に桂と歩しかない羽生九段が藤井玉を捕まえることが難しくなりました。

 そして攻める手をほとんど指さないまま、藤井七冠が勝利を収めました。

 前述のタイトル戦では【攻め】で印象的な手が多かった藤井八冠ですが、この王座戦では【受け】に重きを置いている印象でした。

 羽生九段とのタイトル戦後に「羽生九段の将棋を今まで以上に感じることができ、自分にとって良い経験になった」と語った藤井八冠。羽生九段との激闘を経て、藤井八冠の将棋のスタイルが少し変化したのかもしれません。

 第72期ALSOK杯王将戦七番勝負では、羽生九段にもタイトル獲得のチャンスがあり、これまでの藤井八冠のタイトル戦の中でもかなり苦戦を強いられたものでした。

 羽生九段は2023年6月に日本将棋連盟会長に就任し、多忙な日々を過ごしています。その中で再び挑戦権を獲得するのも大変なことではありますが、現在の成績ならば十分に可能性はあると筆者は思います。

 再びこの二人のタイトル戦を見たい、そう願うファンの方も多いことでしょう。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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