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マスクと暑さと熱中症リスク

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
(写真:アフロ)

6月2日、体育大会中に熱中症で中高生30名が救急搬送されたというニュースがありました。この記事の中で

生徒には「マスクは外していい」と伝えていたが、観覧中でも多いときで4割程度の生徒らが着用していた

との記載があります。マスクを外さないから熱中症になるのだなどという批判も学校に集まったようです。多くの人が、マスクと熱中症の関係について興味があるのだと思います。今回は、マスクと熱中症のリスクについて、熱中症予防をどのようにしていくかという点について述べます。

まずはポイントから書いておきます。

・マスクはそこまで熱中症リスクを高めないのではないか

・感染リスクを考えて、マスクが必要なら着用し、不要なら外したら良い

・感染リスクが低そうな環境で、暑くて不快ならマスクを外したら良いのでは

・暑熱環境は熱中症リスクを高める(というか原因そのもの)

・暑さ指数を有効活用し、積極的かつ有効な熱中症対策をしてください

マスクと熱中症のリスク

昨年、厚生労働省が感染予防と熱中症予防を両立させましょうというリーフレットを作成しています。ここにはこうした記載があります。

マスクを着けると皮膚からの熱が逃げにくくなったり、気づかないうちに脱水になるなど、体温調節がしづらくなってしまいます。

実はこの点に関して、正直どの程度マスクが熱中症のリスクになるかは分かっていません。マスクで覆う部分は体表面積の僅かな部分ですから、普通に考えると皮膚からそんなに熱が逃げにくくはならないでしょうし、犬みたいに口呼吸だけで体温調節しているわけではないので、そんなに体温調節に影響があるかなという疑問はあります。2年前に、私はマスクと熱中症の記事を書きました。そこでも同様の疑問を呈しつつ、以下のように記載しています。

以下引用

今年、日本救急医学会、日本臨床救急医学会、日本感染症学会、日本呼吸器学会のワーキンググループが熱中症予防に関するコンセンサス・ステートメントを作成しました。ここで5つの提言がなされており、そのうちの1つがマスクに関するものです。この様に述べられております。

マスク着用により、身体に負担がかかりますので、適宜マスクをはずして休憩することも大切です。ただし感染対策上重要ですので、マスクを外す際はフィジカルディスタンシングに配慮し、周囲環境などに十分に注意を払ってください。また口渇感によらず頻回に水分も摂取しましょう。

「身体に負担」という記載になっており、熱中症のリスクになるというところまでは踏みこまれていません。正直なところ、マスクと熱中症に関してはエビデンスが乏しい状況なのです。今のところわかっているのは、マスクをつけてジョギングをしたら、心拍数、呼吸数、血中二酸化炭素濃度が上昇し、身体負担がかかるかもしれないという点です。人間は犬の様に呼吸で体温調節しているわけではないので、身体の一部分をマスクで覆っただけで体温調節できなくなるとは考えにくいです。ただ、マスクを着用することで、水分摂取の機会が妨げられたり、水分摂取よりもマスク着用を優先したりすると、熱中症リスクが高まると思います。無理せず、頻回に水分や塩分を補給し、都度適切なマスク着用を心掛けてほしいです。

引用終わり

これ以降、マスクが熱中症リスクを高めさせるような確かな根拠が出てきたわけではありませんし、マスク着用の有無だけで深部体温にそこまで影響をしないというのが救急医としての理解です。それよりも、暑熱環境を避けて、水分や塩分をこまめに摂取していただく方が重要です。

国としては、屋外でのマスク着用を積極的には促していません。着用したい人とそうでない人がいると思いますが、暑い中マスクを着用するのはしんどいでしょうから、着けたくない人は着けなければ良いし、着けたい人は着けたら良いのではと思います。どちらにせよ、熱中症対策はして欲しいということです。「マスクを着けさせていたから熱中症患者が多数発生した」というような批判は、ただの誹謗中傷かと思います。

暑さと熱中症

環境による体温変化は、生体に深刻な影響を及ぼします。これが熱中症の原因そのものです。冒頭で紹介したニュースにはこのようにも記載されています。

熱中症のなりやすさを示す「暑さ指数」の確認はしていなかった。

マスクしていたかどうかよりも、この点の方に着目したいです。

暑さ指数は1954年に米国で提案された指標で、「湿球黒球温度(WBGT:Wet Bulb Globe Temperature)」のことで、湿度、日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境、気温を加味した数値です。環境省の熱中症予防サイトで詳しく説明されています。同じ気温でも、湿度によって快適さに違いがあるでしょうし、熱中症リスクは変わりますから、対策のためには有効な指標となります。

暑さ指数は屋外と屋内で計算方法が違います。

屋外:WBGT=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度

屋内:WBGT=0.7×湿球温度+0.3×黒球温度

黒球温度は黒色に塗装された薄い銅板の球の中心に温度計を入れて観測するものです。測定するのは直射日光にさらされた状態における球の中の平衡温度で、これは弱風時の日なたにおける体感温度と相関します。

湿球温度は水で湿らせたガーゼを温度計の球部に巻いて観測します。乾球温度は通常の温度計を用いて、そのまま気温を観測するものです。この湿球温度と乾球温度の差を測定することで、皮膚の汗が蒸発する時に感じる涼しさ度合いを推定することができます。

暑さ指数と、日本の気象条件をもとにした参考気温、そしてそれぞれの数値に基づいた運動に関する指針の表が環境省のHPにあげられていますので、共有します。

環境省:熱中症予防情報サイトより
環境省:熱中症予防情報サイトより

冒頭のニュースの日は気温29度で、積極的な休憩をしましょうと言われている環境です。暑熱環境で過ごす時間が長くなれば、それだけ熱中症リスクが高まります。コロナ禍で明らかに体力は低下していると思いますし、久々の体育大会となる学校も多いと思います。暑熱環境で自分の体の限界に気づきにくくなっているかもしれません。根性では乗り切れませんから、水分摂取を積極的に促したり、休憩時間を多めに設けたり、めんどくさいでしょうけど、必要なら教室に帰って休む時間を設けるなど考えても良いでしょう。

まとめ

・現時点ではマスクはそこまで熱中症リスクを高めないのではないかと考えられる

・感染リスクを考えて、マスクが必要なら着用し、不要なら外したら良い

・感染リスクが低そうな環境で、暑くて不快なら外したら良いのでは

・暑熱環境は熱中症リスクを高める(というか原因そのもの)

・暑さ指数を有効活用し、積極的かつ有効な熱中症対策をしてください

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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