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大相撲、増えるケガによる休場 その理由は? 力士たちを守るためにできることを考える

飯塚さきスポーツライター
(写真:イメージマート)

霧馬山の初優勝に沸いた大相撲春場所。一方で、綱取りに挑んだ貴景勝が7日目から休場。さらに関脇・若隆景も右膝の大ケガを負って休場と、力士たちのケガによる離脱に心痛める側面もあった。力士たちの大型化がケガの増加につながっているといわれているが、どうしたらケガを減らせるのだろうか。角界の内外から聞いた話をもとに考察してみたい。

前大山親方は「転がる稽古が大切」と説く

かつて、横綱以外の力士のケガには「公傷制度」が存在した(1972年1月場所~2003年11月場所)。本場所の土俵でのケガによる休場は、翌場所以降休場しても番付が下がらないという制度だ。廃止の背景には、明らかな仮病やずる休みが相次ぐといった制度の悪用があった。公傷制度の復活は、ケガをした力士への救済措置になろうが、そういった悪しき歴史がまた繰り返されることが懸念されるため、安易に復活を要求できないと筆者は考える。

ではどうすればいいのか。してしまったケガへの対処をする制度の検討に加え、さらに重要度が高いのは、そもそもケガをしないための予防と対策なのではないか。この投げかけに対しては、賛同の声を多くいただいた。

相撲の歴史に造詣が深く、昨年日本相撲協会を退職した前大山親方(元幕内・大飛)は、自身が現役だった1960年代後半~80年代前半を振り返って、次のように語った。

「力士のケガが増えた理由のひとつとして、番付が上がると転がる稽古をしなくなるということが挙げられると思います。たとえ横綱・大関でも、転がる稽古、つまり受け身を取る練習をしないと、大ケガにつながると思うんです。昔はぶつかり稽古を3分くらいやっていましたが、いまはそこまでやらない。転がり方は、頭ではわかっているつもりでも、やらなくなると体が忘れてしまうんです」

「基礎力をつけてケガしない体づくりが重要」と秀ノ山親方

一方で、スポーツ科学的な知見を取り入れようとしているいまの若い親方衆はどう感じているのだろうか。前大山親方の話を受けて、「それはそうだと思います」と同意するのは、元大関・琴奨菊の秀ノ山親方だ。

「特に『あんこは転がせ』とよく言われていました。要するに、体の大きい力士のほうが、転がって立ち上がる負荷が大きいからいい稽古になると。僕の感覚でも、昔よりそういった稽古が減ってしまっているなと感じます」

現役時代は度重なる肉離れに悩まされた秀ノ山親方。現在、親方として力士のケガ予防のためにどういった指導をしているのか。親方は「とにかく基礎力が大切」であると力説する。

「15~18歳で入門してくる子は、まだまだ子どもの体です。いきなり申し合いをすると体が壊れてしまいます。だからこそ、まずは四股、すり足、鉄砲の基礎基本が大事。申し合いに耐え得る筋力、柔軟性といった基礎力をつけてからでないと、ケガにつながってしまいます。単に体を大きくするだけでなく、柔軟性とうまい体の使い方が身につくように、稽古場ではもちろん、睡眠や栄養についても教えているつもりです」

自身は現役時代、専門家であるトレーナーや治療家の方々と連携していた。今後は部屋や角界全体でもそういった基盤ができるといいだろうと考えている。

「各力士の既往歴を知った上で、トレーニングや休養についてトータルで考えてくれる、体のマネジメントをしてくれるような存在がいてくれるのが一番いいと思うんです。最近は、部屋によってトレーナーさんが見てくれているところもあるようですので、徐々に浸透はしてきていると思います。自分も、ほかの若い親方衆と情報交換をしていますよ」

若い親方衆が、積極的に専門家の力を取り入れようとしていること、またそれが徐々に浸透しつつあることに、筆者は光を見出している。

専門家の知見がケガ予防につながる

こういった話を受け、実際に力士への指導経験があるストレングスコーチにも話を伺った。プロ格闘家を始めさまざまな競技アスリートへの指導経験が豊富で、かつて力士のトレーニング指導もしていたSchool of Movement所属の大宮司岳彦さん。彼によると、体重の増加は間違いなく関節に負担をかけるため、大型化がケガの要因のひとつと考えられるが、昔よりも選手生命が延びて30歳を超えても第一線で活躍する力士が増えていることも原因ではないかと分析する。

「ケガは基本的にオーバーユースによって起こるものです。特に、このコロナ禍ではどうしても稽古不足が生まれていたでしょう。私が見ているサッカー選手やプロ格闘家たちも、かなり段階的に練習を戻していきましたが、それでもダメでケガが増えました。力士たちもきっと同じだったと思います。また、体の大きな力士にとって、長距離移動はかなりの負担になります。地方場所や巡業の再開による疲労も、ひとつの原因かもしれません」

制度の見直しについては、公傷制度の復活ではなく、例えばBMIによる基準を設けることを大宮司さんは提案する。

「力士の場合、BMIは40~43くらいがいいのではないかなと思うので、例えば45を超えてはいけないといった基準があってもいいかもしれません。それ以上になると、体重過多でケガのリスクが高くなってしまいます」

力士のトレーニング指導をしていたときは、動画を撮って動作分析をしていたという大宮司さん。専門家の目を介した動作分析は、ケガ予防にもつながるという。なぜか。

「皆さん自分の取組動画を見て研究することはあると思いますが、我々専門家の目で見ると、この足の運び方は危ないとか、この角度で当たると関節を痛めてしまうといったアドバイスができます。同時に、ムーブメントトレーニングといって、正しく効果的な体の使い方を教えたり、ロードマネジメントといって、年齢や相撲経験年数を考慮して稽古・トレーニングの負荷をコントロールしたりすることも可能です。ケガについては、これまで通り専門医や治療家さんと連携してもらいながら、我々ストレングスコーチともタッグを組んでケガをしにくい体の使い方を並行して学ぶことで、より効果があると思います」

制度の見直しや治療家との連携によって、ケガの対処と原因を取り除く努力をしつつ、さらに大切なのはケガをしないための体づくりをすること。そのために、最新のスポーツ科学の知見を取り入れることは有効なのではないだろうか。大切な伝統を受け継ぎながらでもできることは多くある。

相撲という過酷な競技にケガはつきものであるからこそ、最大限に力士たちの体を守り、ファンも安心して相撲観戦を楽しむことができるように、工夫と改革を重ねていってほしい。力士を守ること。すなわちそれは、国の宝を守ることである。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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