広がる実習生支援と終わらない権利侵害(2)「途上国への国際貢献を“偽装”した労働者受け入れ制度」
「外国人技能実習生問題弁護士連絡会」(実習生弁連)は7月14日には都内で、設立10周年記念シンポジウムを開催した。シンポジウムでは、実習生弁連の共同代表、指宿昭一氏と共に、移住労働者と連携する全国ネットワーク(移住連)の代表理事を務める鳥井一平氏が「技能実習制度について」というテーマで基調講演を行った。この中で、鳥井氏は、制度そのものが持つ建て前と現実の乖離という「ゆがみ」が結果的に技能実習生への深刻な人権侵害を生み出していることを指摘している。
◆度重なる国際社会からの批判
鳥井氏は日本における外国人・移住者の権利保護運動の草分けだ。1992年に外国人労働者の権利保護に向けて「全統一労働組合外国人労働者分会」を結成し、翌93年3月には初めての「外国人春闘」を実施した。
当時から日本社会では、人手不足にあえぐ中小企業を中心に外国人労働者が欠かせない存在となっていた。一方、バブル経済の崩壊を受け、職を失う外国人労働者が出ていたほか、職場での労働災害や賃金未払いなどの問題に直面する外国人労働者もいた。
そうした現場の状況を受け、鳥井氏は外国人労働者の組織化を図りながら、外国人春闘のように、外国人労働者が自らの意見を発信し、社会にその存在感を示す場を作ったのだった。外国人というと、「ぜい弱性の高い存在」という側面にばかりに目がいく傾向があったほか、労働運動の中に外国人労働者が十分に入っていっているとは言えなかった。そうした中、鳥井氏は既存の価値観にとらわれず、外国人労働者の持つ主体性や行動力に注目し、「一緒に働く仲間」として外国人労働者をとらえ、外国人と日本人との連携を図ってきたと言える。
鳥井氏は、2013年には米国務省からそれまでの外国人支援の取り組みが評価され「人身売買と戦うヒーロー」として表彰されるなど、技能実習生をはじめ外国人への支援において国際的にも広く知られている。
そんな鳥井氏が7月14日の実習生弁連のシンポジウムで指摘したのは、技能実習制度に対する国際社会からの度重なる批判だ。同氏は、技能実習制度はこれまでに、米国務省の人身売買年次報告書で2007年以降、継続して批判されてきた上、国連自由権規約委員会勧告(2008年)、国連女性差別撤廃委員会総括所見(2009年)、国連女性と子どもの人身売買特別報告者勧告(2010年)、移住者の人権に関する国連の特別報告者勧告(2011年)、国連自由権規約委員会総括所見・勧告(2014年)などで批判されてきた、と説明する。
◆制度が「ふつうの人のいい社長を変えてしまう」
国際機関からの批判・勧告の背景にあるのは、技能実習生への権利侵害だ。実際に、鳥井氏は、時給300円という最低賃金割れの時給、賃金の未払い、解雇、強制帰国、セクハラ、暴力、労働災害、過労死、メンタルヘルス、病気といった技能実習生を取り巻く数々の問題に取り組んできた。中には、技能実習生が殺人事件の加害者や被害者になるケースもあった。
同氏は、これらの問題を引き起こしているのは、「技能実習制度そのもの」だとする。
技能実習制度は制度の「理念」がある一方、現実的には、国境を超える労働者の送り出し/受け入れのシステムとして機能してきた。
この制度において、日本では事業協同組合や商工会などの監理団体が技能実習生を受入れた後、傘下の企業などで技能実習を実施する「団体監理型」の技能実習生の受け入れ方式が主流だ。この中で、監理団体は受け入れ企業が技能実習を適正に実施しているかどうかを監理する責任がある。他方、受け入れ企業は「監理費」などを監理団体に支払うことが求められる。監理費は監理団体によって金額が異なる。つまり、技能実習生受け入れにおいて、企業は単純に技能実習生に給与を払うだけではなく、監理団体に監理費などを支払うことも必要になっている。
一方の送り出し国では、技能実習生は送り出し機関に手数料を支払った上で、送り出し機関が提携する日本側の監理団体を通じた受け入れ企業とのマッチングを経て来日することになる。この際、中国やベトナムなどでは、送り出し機関に高額の「手数料」を支払うケースが多いとされてきた。中には、「失踪」を防止するための「違約金」「保証金」を実習生が用意することを求められる事例もある。
このように技能実習制度においては、技能実習生と受け入れ企業とが直接つながるのではなく、送り出し国の送り出し機関と日本側の監理団体とが間に入る形で、技能実習生が受け入れ企業に配置されることになる。
この複雑な構造の下、送り出し機関、監理団体、受け入れ企業といった各利害関係者(ステークホルダー)が様々に関係していく。そして、送り出し国と日本とをまたぐ国境を超える複雑な移住労働システムの下で、技能実習生に対する搾取や権利侵害が生じる事例が出ているのだ。
鳥井氏は技能実習制度のこうした複雑な構造を踏まえた上で、「なぜこうしたこと(技能実習生への権利侵害)が起こるのか。(技能実習生の受け入れ企業の)社長さんたちは普通のいい人たち。しかし、技能実習制度は人を変えてしまう恐ろしい制度」だとする。
技能実習制度においては、日本と経済格差のあるアジア諸国の出身者が、前述したように送り出し機関に手数料を支払い来日する。この手数料を払うために技能実習生は借金をしていることが多く、借金漬けの状態で来日し、日本で就労しながらこの借金を返していく人も少なくない。その上、技能実習生は日本での滞在期間が制限され、転職の自由もない上、家族の帯同も許されない。そうした制度の構造が、技能実習生を交渉力がぜい弱な使い勝手のよい労働者としてしまい、結果的に、受け入れ企業の経営者を「変えてしまう」。つまり制度自体が受け入れ企業による技能実習生への搾取や権利侵害を生み出す構造を持つという。
◆「国際貢献」という建て前と現実の乖離
鳥井氏がさらに指摘するのは、制度の建て前と現実との大きな乖離だ。
そもそも技能実習制度の目的は、「労働力の確保」ではなく、「国際貢献」だったはずだ。
国の監督機関「外国人技能実習機構」はホームページに以下のように記している。
「技能実習制度は、我が国で培われた技能、技術又は知識の開発途上地域等への移転を図り、当該開発途上地域等の経済発展を担う『人づくり』に寄与することを目的として創設された制度です。
技能実習法には、技能実習制度が、このような国際協力という制度の趣旨・目的に反して、国内の人手不足を補う安価な労働力の確保等として使われることのないよう、基本理念として、技能実習は、(1)技能等の適正な修得、習熟又は熟達のために整備され、かつ、技能実習生が技能実習に専念できるようにその保護を図る体制が確立された環境で行わなければならないこと、(2)労働力の需給の調整の手段として行われてはならないことが定められています。」
他方、実際には、全国各地の様々な産業部門で人手不足が深刻化する中、企業側は人の確保に苦慮し、技能実習制度は実質的に人材確保の手段として使われてきたことが、かねてより指摘されてきた。
鳥井氏によれば、国際研修協力機構(JITCO)のまとめでは2016年時点で技能実習生(2号)を職種別にみると、農業が9979人(全体の12%)、建設が1万4211人(同17%)、食料品製造が1万4853人(同18%)、繊維・衣服が1万39人(同12%)、機械・金属が1万5256人(同18%)、その他が1万8134人(同22%)となっている。
鳥井氏は「こうした職種で技能実習生が働いているのをみると、これは(発展途上国のニーズではなく)日本側のニーズにより技能実習生が各産業部門に配置されていることが分かる」と指摘する。技能実習制度の建て前と現実とが乖離する中で、各産業部門のニーズに応じて技能実習生の受け入れが進展してきたのだという。
そして、鳥井氏は「技能実習制度は開発途上国への国際貢献を偽装した労働者受け入れ制度」だと批判する。
(「広がる実習生支援と終わらない権利侵害(3)」に続く。)