Yahoo!ニュース

#KuToo の社会学 靴、眼鏡とメイクと労働環境

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
写真はイメージです(写真:アフロ)

グラビア女優でライターの石川優実さんが、事業主がハイヒールやパンプスの着用を女性のみに命じることを禁止する法規制を求めて、署名を厚生労働省に提出したという(パンプス強制にNO「#KuToo」署名提出…女性のみ着用指示は「性差別、法規制を」)。

ヒールを履きながら歩き回るのは、大変である。なのでこの#KuTooムーブメントは、納得という気持ちで見守っていた。海外でも過去、同様の動きもあった。

ところが最近SNSで、ヒールの靴が履きにくい」といったことが、本当に切実なことなのだろうか。フェミニストが難癖をつけるために、怒っているだけではないのかというような発言があるのをみた。女性にとっては、靴問題の切実である。現に提案した石川さんは、ヒールでホテルの業務実習を経験した結果、専門学校をやめてすらいるのだ。職業選択や学業にまでかかわる問題なのだ

靴のサイズで苦労してきた私は、インターネットの普及には、心の底から感謝している。小学校6年生で、すでに足のサイズが24.5もあった私は、「普通の靴」を探すことができなかった。当時は百貨店に行けば、まれに見つかることもあったが、本当に靴がない。その頃の私の絶望は、「将来、葬式などのフォーマルな場所ができたときに、何を履いていけばいいのだろう。就職試験は? まさか自分の結婚式は? 『私の人生はどうなるのだろう』」といったものだった。大げさなと思われるかもしれないが、靴なしで過ごすことはできないからである。靴は社会生活そのものだ

この問題を愚痴ってみて驚いた。小柄な男性が、「男性の靴のサイズが、たいてい24.5からしかないから、とても苦労している」というのである。女性の靴は、24.5センチまで。男性の靴は、24.5センチから。確かに女性と男性では、女性の方が小柄であるが、男性よりも背の高い女性、女性よりも小柄な男性もいるのだ。それが24.5センチを境に、サイズが2分されているとはどういうことだろう

婦人向けの大きな靴のサイズが製造され、ネット通販で安価に買えるようになったのは、ここ数年のことである。インターネット万歳である。

大学生になれば、デート話はたいてい靴問題で盛り上がった。「ヒールの靴を履いているのに、男性がすたすた先に行ってしまう。配慮がない」「せっかくおしゃれしていったのに、待ってと言ったら、『なんでそんな靴を履いてきたんだ』と切れられた」。ヒールを履いたことにない男性には、女性の靴の苦労が分からないのだろう。靴を履いたことで、流血沙汰になることは、女性には「あるある」である

さて、デートで靴を選ぶのは自己責任かもしれないが、その靴を職場でも強制されるとなるとまた事情が異なってくる。機敏に動けない。疲労がたまる。スニーカーを履いていれば、無意識に歩ける100メートルが、夕方になると気の遠くなるような距離になってしまうことすらある。自分の存在が足しかないような拷問的な痛みに、特に夕方は耐えている。

若者ファッションとしてスニーカーが流行っているのは、快適だということも大きいだろう。そして災害でも起きれば、ヒールの高さは、本人の命や、災害救助にも差しさわりが出てくるものである。「見た目」以外に、女性がヒールを強制される理由は見つからない。すでに海外では、政府によって規制されている(パンプス強制やめて「#KuToo」署名1万8856筆提出 「性差別だ」)。

石川さんは「ストラップなしのパンプスを履くように」といわれたそうだが、ストラップも、ひとによっては切実なのだ。足の形によっては、ストラップなしには靴が脱げてしまい、普通に歩けないそうだ。そういう友人を、何人も知っている。

「たかが靴」と思うかもしれないが、履く方にとっては切実で、「たかが」ではないのだ。

眼鏡をかけた「女子アナウンサー」が話題だが、話題になるほど少ないということでもある。かつて、目のトラブルで眼鏡をかけようとした女性アナウンサーが、やめるように指示されたというインタビュー記事を読んだことがある。女性はできればコンタクト、メガネは避けるという規範も存在する。眼鏡をかける男性はたくさんいるのに。

実際に過去、女性の採用基準に「ブス、チビ、田舎出身(表現を改めました)、メガネ、バカ、弁が立つ…」等は絶対に避けるべしとした企業の内部資料が漏れ、国会で取りざたされたこともある。

また化粧。経験がないひとにとっては、「たかが」なのだが、化粧をしていると、口紅が落ちていないか、化粧がはげていないか、マスカラは流れていないか、自分の顔にずっと意識を向けなければならないものだ。それでいて化粧直しは、人前でやってはいけないことになっている。メイクグッズを持ち歩き、こまめに休憩時間を見つけて直すことは、とても骨が折れる。メイクの好き嫌いの問題ではない。

何よりも毎日の化粧やアレルギーなどで、肌のトラブルを起こしていて何も塗りたくないのに、化粧が職場で求められるために、皮膚科に通いながら、無理に無理を重ねている人もいる。仕事を辞めた友人の第一声は、「これで毎日化粧をしなくて済む。肌トラブルが、本当に辛かった」だった。

「たかが靴や化粧」といわれるが、そのたかが靴や化粧で、仕事をなくしたり、進路変更を余儀なくされる女性が、いなくなることを祈りたい。好きでハイヒールや化粧をするのはよい。しかし、強制となると話は別だ。仕事に集中したいという願いは、働くひとならば、みんなの願いなのではないか

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

千田有紀の最近の記事