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ryuchellさんと、ネットにおける誹謗中傷の取り締まり

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:Motoo Naka/アフロ)

みんなに愛されていたタレントのryuchellさんが、亡くなった。非常にショックを受けた。「まさか」という思いと、自死に追い込まれることも何となく「あり得たかも」といったような複雑な思いが、交錯する。

無念な思いは、みんなにもあると思う。そうした思いからか、自民党の牧原秀樹議員は、ryuchellさんの死を受けて「侮辱罪等の刑法犯に該当する者は、『すべて』逮捕すべき」とツイートした。東国原英夫さんは、LGBTQ理解増進法の精査と罵詈雑言や誹謗中傷等の徹底的取り締まりを訴えている。実際に、維新の吉村洋文大阪府知事は、ネット上の差別や誹謗中傷への対策強化の条例案を出すとツイートしている。

新しい生きかたと戸惑い

ryuchellさんとは、何度かお仕事でご一緒させていただいた。頭の回転が速く、時代の空気の先端を行き、それでいて他者の気持ちに敏感で、その場の誰も傷つけない、四方八方に配慮したコメントを即座に出せる。なるほど、ryuchellさんが重宝されるのもわかる気がした。プロデューサーだったら、キャラ立ちしているのに、安定感があって場を盛り上げてくれる、こんな素敵なタレントさんをぜひ起用したいと思うだろうな、と納得した。

結婚してからは、絵に描いたような「イクメン」ぶりを発揮していただけに、離婚というニュースが飛び込んできて、驚いた。正直にいえば、家族のことは、その家族にしかわからない。だからといってryuchellを応援すると、全面的に新しい生き方の星のようにもちあげるひとにも、違和感があった。「いままで女性で好きになったのは、pecoだけ」とryuchellはいい、「正直、墓場まで持っていってほしかったと一瞬たりとも思ったことはないと言えば嘘になります」とpecoがいうのを見れば、やっぱりいきなりシングルマザーになったpecoは大変なんじゃないかなとは思った。あまりのイクメンぶりとの落差に、戸惑った人も多かったのではないかと思う。

そのいっぽうで、人生には、「やってみたけれどもやっぱり違う」ということだってたくさんある。結婚して、子どもも生まれたけれども、やっぱり自分は違う生き方をしたいと思うことは、誰にも止められない。自分の気持ちを偽って生きることはできないのだから、ryuchellにだって自分らしく生きる権利があるだろう、とも思った。こうしたryuchellさんたちの離婚という選択は、家族のありかた、個人の生きかたをめぐる現代的な課題とも重なり合い、多くのひとが論評したくなるようなものである。そういう意味ではこうした注目は、離婚しても子どもにとっては家族でいるというryuchellさんたちの家族のありかたの「新しさ」ゆえでもあった。

憶測は憶測でしかない

離婚したあとのryuchellさんの仕事は、大変そうにみえた。あきらかに発言していないときに、その「美しさ」を際立たせるようなカメラワークが増え、ネットのニュースもますます美しくなるryuchellさんの美貌についてのことが多くなった。ryuchellさん自身も、以前のように自分の言葉で当意即妙なコメントをするというよりはむしろ、特定の発言や役割を求められているような雰囲気もあった。こういったことは、いままで多くの女性タレントにも求められてきたものである。居心地はあまりよさそうではなく、戸惑いは察してあまりあった。

報道では、「ホルモンバランスが悪い」とこぼしていたともいわれている。女性ホルモンを摂取していたのなら、よくいわれることである。離婚した自分の生きかたを批判されるのも、やはりきつかっただろうな、とは思う。というように、こう並べていっても、ryuchellさん自身が遺書も何も残していないし、なぜ亡くなられたのかは憶測でしかない。憶測すること自体が、申し訳ない気持ちになる。

ただSNS上で飛び交っていたとされる「死ね」というようなきついコメントは、ほとんどが2015年前後のものであり、過去のツイートをめぐってのもののようである。いまさらそれらが、原因だという風に考えるには、多少無理があると思われる。

ryuchellさんの死の利用?

ここまで書いたところで、バービーさんが「ryuchellの死が誹謗中傷のせいにされてるっていうのが、私が悔しい」と発言されていることを知った。「新しい家族の形を発信したりした後とかだったら、酷い言葉を送ってくる人に対して、“かわいそうな人たちだから私でよければ受け止めたい”って言っていたり、そういう趣旨の発信をしていた」と、ryuchellさんの死を、「消費」したり「利用」したりすることの嫌悪感を、表明されている(バービー、ryuchellさん出演予定していた番組で追悼「誰かに消費されたくない」思いも語る)。

「誰かに消費されたくないし、利用してくんなって思っています」。いろいろと考えたが、ryuchellさんと親しかったバービーさんのこの言葉が、すべてのように思う。私たちが無念であるのは、もちろんである。しかしだからといってryuchellさんの死を取り締まりの強化の根拠にするのは違うし、実に危ういように思う。取り締まりではなく、もっと違ったかたちで、私たちは表現の自由を守りつつ、誰も傷つけない成熟した社会に向かうことができるのではないか。すくなくともryuchellさんは、そのようなことを望んでいないと思う。

ryuchellさんのご冥福を祈りたい。

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武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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