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TSMCの米国工場進出の裏側

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

 アジアの国防に深く関係するニュースが飛び込んできた。世界第1位の台湾シリコンファウンドリであるTSMCが米国のアリゾナに5nmプロセスの半導体工場を建てる、とTSMCが発表した。米国のトランプ大統領の要請が強く、TSMC側でも台湾、シンガポール、中国の他にも危険分散の意味で工場を各地に散らばらせることは考えにあった。

図1 TSMCは台湾内でも新竹だけではなく、台南、台中にも巨大な半導体工場を持つ 写真は台南にあるTSMCの工場 筆者撮影
図1 TSMCは台湾内でも新竹だけではなく、台南、台中にも巨大な半導体工場を持つ 写真は台南にあるTSMCの工場 筆者撮影

 このニュースがなぜ国防に関係するのか。ロケットやミサイル、宇宙開発などを進める上で半導体は欠かせないからだ。ロケットの自動操縦には自律性、制御性、さらには即座に回復できる力を示すリジリエンシー(resiliency)、そしてセキュリティなど半導体チップなしでは実現不可能な機能が満載だからだ。これらを実現するのに高速のコンピューティング能力がいる。例えば、迎撃ミサイルのように、ミサイルが飛んで来たことを発見したら、高校の物理の教科書にある通り、ミサイルの速度と方向(3次元)、そしてT1秒後の到達空間位置を瞬時に計算し、その位置からさらに修正をかけながらT2後の到達空間を割り出す。ミサイルを打ち落とす側のロケットにも、T1後の到達空間を割り出し、敵のミサイルとの距離を少しずつ詰めながら、補正し精度を上げていく。このためには高速コンピュータが欠かせない。その心臓はマイクロプロセッサやGPUアクセラレータだ。

 計算の得意なコンピュータ=半導体と言っても差し支えない。半導体は国防の基礎でもある。実際、トランジスタをベル研究所が発明した要求は海軍から来た。すぐタマが切れてしまう真空管に代わる固体の増幅器を作ってくれという要求を実現したデバイスがトランジスタであった。もちろん、海軍だけではなく、計算機やコンピュータに半導体が大量に使われ、早い時期にソニーがラジオにトランジスタを使って世界を驚かせたことは有名な話だ。今や軍事技術も民生技術もない。太陽電池の小型軽量なフレキシブルパネルは超高効率のため、米陸軍のキャンプに使われている。

 現在最先端の7nmプロセスは、アップルのiPhoneをはじめとするスマートフォンのAPU(アプリケーションプロセッサ)に使われているが、同時に国防用迎撃ミサイルの高速コンピュータのプロセッサにも使える技術である。だからこそ、米国政府は、インテルやクアルコムのチップが中国の軍事に転用される危険性を心配する。

 このところトランプ政権は中国に対して、いら立ちを見せているが、それはココムに代わるワッセナール協定が意味をなさなくなってきたからだ。同協定は、先端技術を中国に出すことを禁じており、先端の1世代前の技術なら出してもよい、ということだった。しかし、現在の半導体技術はあまりにも複雑で集積度が上がっているために、ファブレス(設計だけを考え出す半導体メーカー)とファウンドリ(設計請負専門メーカー)に分かれている(注)。このため、最先端の製造技術は中国にはないが、中国のファブレスメーカーは最先端プロセスで作ることを前提としたチップを設計できる。中国で最先端チップを設計し、台湾で製造してもらえばよいのだ。

 このためトランプ政権は、TSMCの最先端工場を米国にぜひ来てもらいたいと強く熱望していた。少しでも中国トップのファブレス半導体メーカーのハイシリコンにTSMCを使われることを避けるためだ。ハイシリコンは直近(2020年第1四半期)の世界の半導体トップ10社の仲間入りを果たすほど大きく成長した。また、ハイシリコンは通信機器大手の華為科技の子会社でもある。今はスマホのAPUの設計や5G通信のモデムを設計しているが、これらの技術はいつでも軍用コンピュータにも転用できる技術である。だからトランプはイラついているのだ。

 加えて、米国で唯一のファウンドリメーカーであった、グローバルファウンドリ(GF)社はニューヨーク州立大学のあるアルバニーに拠点を構え最先端のプロセス技術を開発していた。しかし、同社CTOだったゲイリー・パットン氏によると2019年になるまで黒字化しなかったという。さっさとドイツのドレスデンに引き上げ、もはや米国にはGFの拠点がなくなった。IBMマイクロエレクトロニクスから入手したイーストフィッシュキルの工場は、オン・セミコンダクタに売却し、シンガポールのチャータードセミコンダクタから買った工場は台湾のバンガード社に売却した。もともとGF社はAMDの製造部門から独立してファウンドリとなったものの、当初からうまくいかず、アブダビの資金を投入しながらもビジネスとしては成功しなかった。

 トランプ大統領がイラつくのは、米国にファウンドリがもはやなくなったことだった。半導体をいくら設計しても、それに合った製造プロセスを開発しなければチップはできない。かつてインテルもファウンドリビジネスも行うと言っており、FPGAのアルテラ社のために製造していたが、そのアルテラ社をインテルが買収してしまったために、インテルは、もはやファウンドリビジネスに興味を失った。台湾にいるTSMCは米国から見れば中国に近く、いつ何時、中国が香港のように飲み込んでしまうかもわからない、という懸念がある。香港は1997年の中国返還時に50年間の自由と民主主義を保障する、と約束したのにもかかわらず、2014年から4年間も続く「雨傘運動」で見られるように、自由と民主主義が踏みにじられていた。

 米国にとって、TSMCが来てくれることは極めて心強い。世界一のファウンドリメーカーが米国にもやってきたからだ。設計だけではやはり心細い。米国政府は半導体産業の構造をよく知っており、ファウンドリだけではチップを使うことができない。つまり後工程専業の請負メーカーのOSAT(Out-sourcing assembly and test)も中国から米国に戻してもらいたいのだ。半導体の微細化が行き詰っている現状では低コストで高集積を実現するチップレット手法に注目が集まっている。この技術は、無理に1シリコンに集積せず、IPや作りにくい回路の一部を切り出し、配線回路基板(インターポーザという)上に集積するというもの。この技術はファウンドリのTSMCも力を入れているが、元々OSATのトップメーカー台湾のASEにも来てもらいたいと思っている。米国は次は、ASEにアプローチする可能性が高い。

(注)日本はこのファブレスとファウンドリの分業を無視し、設計+製造の垂直統合にこだわりすぎて、設計技術も製造技術も遅れてしまった。

追加注)記事を書き終えてから、米国商務省の工業安全保障局(BIS: Bureau of Industry and Security)は、華為科技の半導体を設計および製造するための技術とソフトウエアを制限することを発表した。米国の輸出管理を弱体化しようとする華為の取り組みを切り捨てようとするものだとしている。要は、米国製の技術とソフトウエアを使って作られた半導体製品を華為およびハイシリコンが使わないように制限するというのだ。つまり米国のファブレス企業がTSMCに製造してもらっても華為に販売できないように制限したものだ。加えて、華為傘下のハイシリコンがTSMCに依頼してもTSMCが米国製半導体製造装置(アプライドマテリアルズやラム・リサーチなどの製品)を使っていれば、ハイシリコンには出荷できなくなる。現在、TSMCの最先端プロセスである7nmを使った製品を依頼しているのはアップルとハイシリコンだ。TSMCは、この2大顧客の一つを失うことになる。TSMCにとっては苦渋の選択であり、TSMCはこの声明を知ったために、米国での工場建設を決意したのに違いない。今回のBISの発表は、ワッセナール協定に代わる新しい制限がこの声明だと理解してよいだろう。

 今後、ハイシリコンは、韓国のサムスンに依頼をするだろうが、サムスンも米国製半導体製造装置を使っていることは間違いないだろうから、BISは今後サムスンに対してもこの輸出制限を与えることになりかねない。サムスンに常に密着している文政権が米国と対峙するのか、対応を迫られることになる。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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