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中国は天安門事件を消せるのか?〜国にとどまった元学生リーダー

宮崎紀秀ジャーナリスト
「中国は後退した」。国内に残った元学生リーダー、馬少方さん(去年8月深セン)

指名手配された元学生リーダー

 30年前に民主化への期待に胸を膨らませた若者は、今の中国に何を思うのだろうか。

 1989年6月3日から4日にかけ、人民解放軍は武力鎮圧に乗り出す。学生たちの情熱と民主化への期待は、銃弾の前に打ち砕かれた。

 武力鎮圧の9日後、中国当局は、王丹やウアルカイシなど学生リーダーら21名を指名手配した。その多くは、亡命するなど今は海外に暮らすが、馬少方さんは、中国での生活を選んだ。

指名手配された21名の学生リーダー。中心が馬少方さん(1989年6月14日の中国紙縮尺版より)
指名手配された21名の学生リーダー。中心が馬少方さん(1989年6月14日の中国紙縮尺版より)

 馬少方さん(54歳)に接触できたのは、去年8月。深センにある古い集合住宅で、一棟だけ人の出入りをとらえられるように監視カメラが設置されていた。おそらく治安当局がつけたものだろう。馬さんの自宅が、その棟の1階にある。

 馬さんは、私を招き入れると、まず窓とカーテンを閉めた。外から様子を窺われないためだ。

元学生リーダーはまずカーテンと窓を閉めた(去年8月深セン)
元学生リーダーはまずカーテンと窓を閉めた(去年8月深セン)

 灯を点けた部屋で、まず目に入ったのは大量の本である。

「元々、読書はあまり好きじゃないのだけど、読書しかできないから仕方ない」

 馬さんは、苦笑いする。

生きているが、消えた人

 指名手配を受けた後、馬さんは出頭した。反革命宣伝扇動罪で3年間服役。その後は、北京に住むことは許されず、この深センにやって来た。それでも入った会社や自分が立ち上げた会社もことごとく閉鎖に追い込まれた、という。さらに、外国の要人が訪中する際や、6月4日が近づくと、理由なく身柄拘束をされてきた。

本に囲まれる部屋で取材に応じる馬少方さん(去年8月深セン)
本に囲まれる部屋で取材に応じる馬少方さん(去年8月深セン)

「彼らが見張っているのは、私がメディアで声を出すのを止めるためです。私は生きていますが、(中国政府にとって)消えた人になるべきなのです」

 取材中、馬さんはふと、テーブルの上にある灰皿のような置物を指さした。細長い溝を4匹の豚が覗き込んでいる。馬さんはこう続けた。

「今、中国人は豚のような生き方をしている。目の前に食べ物があれば、それを食べ、腹一杯にさえなれば、あとは何も考えない。1989年以前は、思想を持ち考えるべきだと、みんな思っていたのに・・・」

今の中国人は腹一杯になれば、あとは何も考えない」豚の置物を指して馬さんは話した(去年8月深セン)
今の中国人は腹一杯になれば、あとは何も考えない」豚の置物を指して馬さんは話した(去年8月深セン)

自宅には劉暁波氏の写真が

 本棚に占拠されず僅かに残った部屋の壁には劉暁波氏の写真が飾られている。劉氏は天安門事件で、学生らとともに行動し、その後も民主化を求めてきた知識人。当時から交流があった「劉先生」は「直接教えを受け、影響を大きく受けた」人物という。劉氏は2010年にノーベル平和賞を受賞するが、本人は獄中にあった。

「劉暁波先生から大きな影響を受けた」(去年8月深セン)
「劉暁波先生から大きな影響を受けた」(去年8月深セン)

中国の鉄道も新幹線と同じくらい速くなったが・・・

「中国の高速鉄道も新幹線と同じくらい速いし、建物の東京と同じくらい立派になったでしょう。でもどうして我々は、窮屈に感じているのか。それは我々の政治体制が、基本的人権を保障していないからです」

 政治体制の変化の可能性を、武力鎮圧という手段で潰した中国共産党は、一党支配を守り抜いた。そして国内の統制を強め続けながら、経済規模では世界第二の大国に押し上げた。

 今、習近平国家主席は、「中国の青年は、党の話を聞き、党について行き…(中略)…愛国主義の偉大なる旗を始終心の中で高く掲げるべきだ」と鼓舞する。

元リーダーが国内にとどまるワケは?

 国内で成長と変化を見てきた天安門事件当時の学生リーダー馬少方さんは、中国は30年前よりも「確実に後退した」と断言する。

「嘘と恐怖が、統治を維持する道具になっています。嘘は自由な考えを侵し、恐怖が自由な行動を押しつぶす。正常な社会には、誰でも語る権利はあるが、今の中国には1人(習近平)の声しかない。確実に悪くなっています

人間らしく生きようと求めることに価値がある」馬さんは話す(去年8月深セン)
人間らしく生きようと求めることに価値がある」馬さんは話す(去年8月深セン)

 それでも馬さんは中国での生活を続ける。なぜなのか。

「この社会で人間らしく生きていないとしても、ここで人間らしく生きようと努力すること自体に、価値があるのです」

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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