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「求人詐欺」時代に噛みしめたいリクルート創業者江副浩正の言葉「求人広告は産業構造を変える」

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
残念ながら(?)今年の流行語大賞には「求人詐欺」がノミネートされるだろう

私は「元リク」だ。元リクルート社員だ。1997年4月に入社し、2005年9月に退職した(なお、同社の関係者はやたらと”卒業”という言葉を使うが、別に卒検に合格したわけでもないし、気持ち悪いので私は使わないことにしている)。もっとも、元リクっぽくないと良く言われるし、その出自によってよくわからない攻撃を受けることには迷惑をしていたりもするし、大学のセンセイ業界、物書き業界ではそんな肩書きは全く通用しないのだけど。

いきなり愚痴っぽくなってしまった。それはいい。

現役社員、OB・OG、ファンや信者がやたらと引用する言葉がある。

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」

もともとは1968年5月に同社の社章、社是が制定された際に「スローガン」「座右の銘」として掲げられたものである。のちに社訓となった。もっとも、リクルート事件をきっかけに社是や社訓が見直された。この言葉も「そのことによって社会に何を為すのか」を表現していないなどの理由から、社訓として扱うことをやめたという経緯がある。

元リクはやたらとこの言葉を使うので、聞いたことがある人もいることだろう。この言葉が印字されたプレートが社員に配布されていた時期もあった。現役社員もOB・OGも今でもこのプレートを自分の机に置いている者がいたりする。中には自作した強者もいるが。この言葉については、今日は多くは語らない(『リクルートという幻想』という本で書きまくっているので、興味のある方はそちらを)。

江副浩正氏はこんな言葉も残している。それは「求人広告は産業構造を変える」である。この言葉ほど有名ではないし、関係者でも知っている人の方が少ないと思うが。

1972年、同社社内報の『かもめ』の第8号に、江副浩正氏は次のようなメッセージを掲載している。

“これからの社会で求人広告の果たす役割は何か”の問題について、10の項目に整理してみたい。

1. 求人広告は働く人の労働条件を向上させる

2.求人広告は産業構造を変える

3.求人広告は採用コストを低減する

4.求人広告は人と仕事とのよりよい結びつきを実現し、そのことによって人の生活を豊かにする

5.求人広告は産業教育を受け持つ

6.求人広告は働きたい者を増やす

7.求人広告は企業間競争の有力な武器となる

8.求人広告は社員のモラール(やる気)を上げる

9.求人広告は企業の経営理念・社風を創る

10.求人広告は働く人に自由と安心を保障する

※原文は数字が丸で囲まれているのだが、文字化けするので、半角数字に筆者が変換した。

「求人広告」に対する熱い想いが伝わってくる言葉である。一生のうちに何度かお世話になる(人により回数は異なる)求人広告の役割を再確認した。いや、再確認というよりは、「そんな役割もあったか」という発見の方が多い。そこには、単に求職者の就職・転職のための求人情報を提供するということ以上の、社会に貢献しようという気概が感じられる。求人広告がさも素晴らしいもののように思えてくる。いや、本来、素晴らしいものであるはずなのだ、求人広告は。

もっとも、うがった見方をするならば、伸びている業界からお金をもらっていただけではないかという見方もできるのだが。ただ、お金を払った企業のお手伝いをするというのが、求人広告のこれまた本来の役割でもあるのだけれども。

しかし、この「求人広告」というものは世の中を幸せにしているのかと思う瞬間がある。この言葉に、胸を打たれつつも、違和感を抱くのは、昨今の「求人広告」に対する疑問からではないだろうか。

江副浩正氏が生きていたとしたならば、昨今の「求人詐欺」問題についてどう思うだろうか。

「求人詐欺」が社会問題化している。求人票、求人広告などの求人情報において、詐称を行う行為である。給与、仕事内容、研修の充実度などなど、諸々の労働条件に関して嘘をつくというものだ。例えば、月給を残業代込みで表記するなどは常套手段である。

先日、発売された今野晴貴氏の『求人詐欺』(幻冬舎)はこの問題を、わかりやすく、深く捉えた良著である。求人詐欺の具体的な事例の紹介、危険な求人票の具体例、求人票の見抜き方やトラブルへの対処法、労働者を騙す業界の根本的な問題がわかりやすくまとまっている。日本の労働市場への提言も説得力がある。日々、労働相談に向き合いつつ、社会政策についても研究している著者ならではの、現場視点と俯瞰した視点がうまくミックスされており、奥の深い本になっている。本人から就活生に読まれることを意識して書いたという話を聞いた。たしかに就活生が読むノウハウ本としても便利ではあるが、社会人が労働問題に関する本として読んでも勉強になる本である。特に大学教職員と人事担当者は、学生の未来に関わっている立場としては読まざるを得ない本だと言える。

人材不足が深刻な時代である。各種データを見るかぎり、新卒、中途、アルバイト・パート、派遣など多くの領域で売り手市場化しているし、中長期でも労働力人口は減っていくことが予想されている。企業の採用難は深刻になっている。就職氷河期ではなく、採用氷河期なのだ。そんな中、「騙してでも採用する」というスタンスで望んでいるのが、この求人詐欺企業である。

もっとも、この件について、「とはいえ採れないからしょうがないのではないか」「そんなものは、いつの時代もある」という声もあることだろう。いや、このような中年のボヤキのようなツッコミはいったん置いておいても、日本の企業における給与の仕組みが誰にでもわかりやすく説明できないものになってきつつあること、そもそも日本における入社の仕組みにおいては、担当する仕事が明確に定義されているとは限らない。新卒の求人においては、求人票や求人広告を見てから入社するまで1年以上あることだってあり得るのだ。このような構造的問題もある。

とはいえ、求人票や求人広告における「求人詐欺」を放置しておいて良いのだろうか。これは明確に社会問題だ。求人詐欺が横行する中では、まともな仕事選びができない。そもそも日本の労働社会においては、まともなあり方が崩壊していたのだ。

今年も新卒の就活がスタートした。売り手市場ということもあるし、各社が営業活動を頑張ったこともあり、就職ナビの掲載件数は過去最高レベルである。しかし、各学生が選ぶ就職先は1社である。その1社と巡り会えない学生もいるのだが。もちろん、これだけ載っているということは選択肢が多いという意味では歓迎だ。ただ、それは就職情報会社がNO.1サイトを名乗るための努力にすぎないのではないかと思ってしまう。もちろん、ここに載っているものはよくも悪くも求人広告だし、企業が人を採るためにお金を払って参画しているものだ。ただ、媒体を運営する立場として、それは学生に伝えたい情報なのだろうか。

より空気を読まずに単刀直入に言うならば、就職情報会社各社は「ウチには求人詐欺案件はない」と断言できるのだろうか。ぜひ、断言して頂きたい。もちろん担当営業が把握しきれない部分もある。掲載後に企業が豹変することだってあるだろう。ただ、なくすためにどのような取り組みをしているのかを開示するべきである。そして、業界をあげて求人詐欺を撲滅するムーブメントを期待したい。極論、1件でも求人詐欺案件が掲載されていたら、就職ナビというシステムは機能不全を起こすのである。ただでさえ、ここ数年就職ナビの功罪が議論されてきており、存在意義は常に問われている。就職ナビを使うからこそ、求人詐欺の被害に合わない就活をできる、そう断言できる就職情報会社はいないのか。

今一度、江副浩正氏の言葉を噛みしめたい。青臭いことを言っているようだが、就職情報会社は存在意義を問われていると思う。過去最高の掲載件数に浮かれている場合ではない。求人詐欺を撲滅することこそが、期待されている役割ではないか。人材ビジネス関係者こそ求人詐欺問題について取り組むべきではないか。

求職者も、この問題についてはもっと怒っていいと思う。求人詐欺案件が発覚した就職ナビがもしあったとしたら、利用ボイコットの運動を求職者は起こし、徹底的に糾弾するべきだ。いや、他の参画企業も怒るべきである。他社により、そのサイトに掲載されている求人の信ぴょう性が侵害されるのだから。

この問題は、日本の労働市場において、いい加減にされていた部分を健全化していくものだと確信している。安心して働くことのできる社会を作るために、今こそ我々は求人詐欺問題に取り組まなくてはならないのだ。

意識高く言うならば、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」ということだ。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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