【遠賀郡芦屋町】鋳物師/樋口陽介「人が豊かになれる時間や空間に寄りそえるものを」
室町時代に名品として人気を呼びながらも時代と共に生産が途絶え、「幻の茶釜」となっていた「芦屋釜」。
現在国内で2人しかいないという芦屋鋳物師(いもじ)の1人である樋口陽介さんは、そんな芦屋釜の復興を目指し、日々様々な活動に取り組んでいます。
「芦屋釜を現代に蘇らせたい」
平成元年、芦屋町は町おこしの一環として、芦屋釜の復活に取り組むことを決め、平成7年には、拠点となる「芦屋釜の里」が開館。芦屋釜に関する調査・研究を行うと同時に、鋳物師を養成して芦屋釜の復元を目指すことになりました。
その養成員として芦屋釜の里にやってきたのが樋口さんです。
それまでは福岡教育大大学院で美術教育を専攻し、美術教師になるのが夢だったと言います。
大学在籍中に、講師として来ていた芦屋釜の里指導員と出会ったことをきっかけに、すぐにその魅力に心を奪われ、「製作そのものが難しく、製作方法についての詳しい文献もない芦屋釜を、自分の手で蘇らせてみたい!」と決意。
平成17年には芦屋釜の里の鋳物師養成員となり、そこから16年もの月日をかけた修行に挑みました。
重要指定文化財でもある芦屋釜とは
江戸時代初期には、生産が途絶えてしまったと言われている「芦屋釜」。
お恥ずかしながら筆者もつい最近学んだばかりなのですが、まだまだ知らない人も多いんじゃないかと。
「芦屋釜」とは茶を飲むためのお湯を沸かす釜で、「真形(しんなり)」と呼ばれるふっくらとした形と、側面にほどこされた風景、動植物、幾何学文などの様々な模様が特徴です。茶道がまだ「茶の湯」と呼ばれていた時代に、茶の湯釜の最上級品として、当時の都(京都)を中心に愛されていました。
外型と中子(なかご)と呼ばれる中型の鋳型の間に溶かした鉄を流し込む作業なので、製作中には作品の姿が見えません。スケッチした絵の図案化から鋳型製作など、その手順は80にもおよぶといいますが、それでも成功率はわずか30%程度。
だけど「完成するまでは形が見えないというのもまた魅力」と樋口さんは語ります。
国の重要文化財に指定されている茶釜9点のうち8点が芦屋釜というのも、650年の時を越えても人々に愛される理由を物語っているのではないでしょうか。その技術水準と芸術性は今もなお高い評価を得ています。
芦屋の景色に想いを馳せて
そんな樋口さんが芦屋鋳物をもっと身近な存在に感じてもらおうと、新たな作品を発表しました。
古来より水を浄化すると言われ、酒器としての素材に用いられてきた純錫で作った盃です。
今までになかったものを生み出そうと考えたときに、これまでペアを意識したものがなかったことから製作に踏み切ったと言います。
「ペアはかさばるよね」という知人の一言にもヒントをもらい、入れ子にすることで一つのスペースに収まるようにしました。
そして芦屋の風景も表しているというこの作品。
「なみかけ大橋」から眺める夕日を思い描いたデザインは、段々にすることで芦屋が持つ「芦屋層群」や「千畳敷」の特徴も掛け合わせたといいます。
「段々になっているデザインゆえ、ギリギリまで薄くしようとすると上手く金属が流れずに穴が開いてしまったり、ヒビ割れたりするんです。かと言って厚みをもたせようとすると、今度は重みが出てしまう。その微調整が難しくて、とにかく回数を重ねました」という製作には、実に1ヶ月を費やしたんだとか。
「いきなり芦屋釜という物を受け入れてもらうのは、少し難しく感じると思うんです。調べればすぐにわかることもあるけど、それでも最初からそこまでの熱意がある人は中々いないんじゃないかと」。
そんな人たちにこそ、この作品を手に取ってほしいという樋口さん。
「過去の作品は自分にとって時代を越えるタイムマシンなんです。紐解いていくと、そこには確かな息吹があり、その時代に生きた人たちと繋がれるんです。自分の作品はその始まりであってほしい。芦屋鋳物というものを知るきっかけになって、さらにそこから歴史を辿りたくなるくらいの魅力を感じてもらえたら本望ですね」。
今回取材するにあたって、筆者も「天地の詞」を実際に手に取らせてもらったのですが、この段々になっているデザインと錫の質感は肌触りも良く、すっかりと魅了されてしまいました。
ヒンヤリとするのにどこか温かみも感じる不思議な感覚。
スッと手に馴染むこの心地良さも、きっと多くの人の心を掴むのではないかと思います。
樋口さんの作品やそこに込めた想いが、芦屋釜へと続く「誰かのきっかけ」になるといいですね。
「錫製酒器 銘『天地の詞(あめつちのことば)』」
1セット 27,500円(税込)
※木箱は先着50セットのみの限定デザイン
発売日:2023年11月22日
予約開始日2023年11月11日
※予約は電話受付のみ
電話番号:093-223-5881
※芦屋釜の里営業時間のみ受付
「芦屋釜の里」
住所:福岡県遠賀郡芦屋町山鹿1558−3
営業時間:9時~17時(入館・呈茶は16時40分まで)
休館日:毎週月曜日(祝日にあたる場合はその翌平日)・年末年始
入場料:中学生以上200円/小学生100円/6歳未満無料
※令和5年度は福岡県の事業により小中学生は無料
駐車場:無料
「芦屋鋳物師 樋口陽介」
1980年福岡市生まれ。2005年芦屋釜の里鋳物師養成員に採用。2011年第6回佐野ルネッサンス鋳金展で大賞、2015年第8回同展で佐野市長賞を受賞するなど、美術性の高い作品作りにも精力的に取り組んでいる。また、中国青銅器の研究に取り組み、青銅器に鋳込まれた古代文字「金文」の製作技法を解明する研究に参加。芦屋釜の里を「東アジアの鋳物研究・生産センターにしたい」という夢をもつ。2021年4月より独立。芦屋釜の里内の芦屋釜復興工房において芦屋釜の製作を行っている。