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「光ファイバー網より速い」スターリンク衛星網の実力を英専門家が分析

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
出典:SpaceX Starlink Mission webcastより

スペースXがいよいよ高速インターネット衛星網Starlink(スターリンク)の構築を開始、5月24日に最初の60機の衛星打ち上げに成功した。この衛星網が前半の4000機を達成した時点で「光ファイバー網よりも低遅延で通信が可能」だという専門家の分析がある。

スターリンク衛星網は、当初は1年に1000~2000機のペースで打ち上げを目指し、1440機の衛星を打ち上げた段階で世界規模で通信可能な「フルカバレッジ」を達成する。高度550キロメートルに4409機(LEO衛星と呼ぶ)が揃うと、Ku帯、Ka帯という高周波数帯で地上と通信する衛星網が完成する。さらに、より高周波数帯の衛星を高度340キロメートルの軌道に7518機(VLEO衛星と呼ぶ)を打ち上げるという構想だ。

衛星間では光通信(レーザー通信)を行うことが予定されており、これが実現すれば、電波よりも高速に通信できるようになる。打ち上げ前のイーロン・マスクCEOのコメントでは、初期型衛星では衛星間レーザー通信は行わないとのことだが、LEO衛星網構築の中盤あたりで実現するとみられる。

衛星によるレーザー通信は、電波よりも高速、大容量通信が可能だ。現在アメリカ、欧州、日本などが協調して宇宙レーザー通信の研究開発を進めている。宇宙と地上で光通信を行うと大気での減衰の影響を考慮する必要があるが、宇宙ではレーザー通信はそうした問題がないためさらに安定して通信が可能だ。欧州の衛星間光通信実証では、1.8ギガビット/秒を実現した例があり、地球観測衛星の大容量データを伝送するなど、すでに実用段階に入っている。

衛星間レーザー通信が可能になると、スターリンク衛星はどれほどの性能を発揮することが可能なのか。2012年にIEEEインターネット賞を受賞した通信の専門家、英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのマーク・ハンドリー教授は、スターリンク初期のLEO衛星網の性能を解析した。2018年末に公開された解析結果『Delay is Not an Option: Low Latency Routing in Space』によると、「地上の2地点間が3000キロメートル以上離れていれば、地上の光ファイバー網よりもスターリンク衛星網のほうが低遅延で通信が可能」だという。

北半球の高緯度帯で力を発揮

真空中では光は文字通り光速で伝わるが、光ファイバーを通る場合はそれよりも遅くなる。そのため原理的に宇宙のほうが高速のレーザー通信が可能だ。衛星と地上との通信に電波を利用するため、この部分がボトルネックとなるものの、2地点の距離が十分に長ければ宇宙を経由する光通信のほうが地上の光通信より速くなる可能性がある。

ハンドリー教授は、米連邦通信委員会(FCC)にスペースXが提出したスターリンク衛星の技術的詳細を元に、LEO衛星約4000機を高度と軌道傾斜角(赤道からの傾き)が異なる83の軌道に振り分けた。衛星の材料に関する情報から、各衛星にはレーザー通信用の反射鏡が5つ搭載されていると推測され、最大で5つのレーザーリンクを持つことができると考えられた。

LEO衛星を1600機ずつ、フェーズ1、2、3の3段階に分けて検討。フェーズ1では衛星の数が増えるにつれ、高緯度帯の東西方向で高速通信が可能になっていく。南半球の高緯度帯には人口密集地域がほとんどないが、北半球では北緯51.5度にロンドンがあり、他にも通信需要の高い大都市が複数ある。こうした大都市から接続しやすくなっていくとみられる。

各衛星は自分と同じ軌道の前後の衛星とレーザーでリンクし、同時にすぐ隣の軌道の2機の衛星が交差していくタイミングでレーザーリンクを結んで情報を受け渡す。こうした条件のもとで地上→衛星→衛星→地上という通信をシミュレートしてみると、ロンドンとニューヨーク、サンフランシスコなどいくつかの都市間では地上の光ファイバー網よりもスターリンク衛星網のほうが低遅延で通信できることがわかった。衛星数が中盤に入って3000機を超えると、南北方向の通信の接続性がよくなり、ロンドンとヨハネスブルグの場合は光ファイバー網よりも大幅に低遅延になる。衛星網が終盤に入ると、アラスカなど極域の上空を通る衛星が追加され、南北方向の通信はさらに条件が良くなる。

シミュレーションが行われた2018年後半の時点から、衛星数や高度、材料などの条件がいくつか変更された。LEO衛星の高度は1150キロメートルから550キロメートルになり、レーザー通信の反射鏡で使用される予定だったシリコンカーバイド材は使われないことになった。こうした変更点を加味して再シミュレーションを行っても、スターリンク衛星がレーザー通信を行うことで地上の光ファイバー網よりも低遅延であるという優位性は変わらないという。

これまでのどんな衛星網よりも大量の人工衛星を投入するスターリンク衛星網は、高い実力を発揮すると思われるが、衛星の製造や打ち上げ、地上局の維持に多大なコストがかかる。ハンドリー教授はこのシミュレーション結果から、スターリンク衛星網は、低遅延だが高コストの「プレミアムサービス」になるのではないかと推測する。ユーザー例として、1秒以下の時間で高速かつ高頻度に金融商品を取り引きする金融業者が挙げられる。

スペースXと同様の大規模インターネット衛星網を計画しているOneWebは、以前から

「接続手段を持たない世界の30億人に通信を提供する」ということを表明している。2019年4月に3000機超の衛星網計画「プロジェクト・カイパー」を表明したAmazon.comも同様だ。一方でスペースXも、ローコストで利用可能な接続網を展開すると述べているものの、スターリンク衛星網構築には100億ドル(約1兆1000億円)以上の費用がかかる(※)としている。4000機以上の衛星を維持するには、5年間にその2倍の数の衛星を打ち上げる必要があるとの指摘もあり、コスト面の負担は大きい。当初は金融業者など高コストでも高速通信を必要とするユーザー層取り込みがビジネスの主眼になる可能性は十分に考えられる。

※2018年、グウェン・ショットウェル社長の発言により。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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