大阪公立大学・秋入学構想は五度目の「正直」か「挫折」か
◆吉村知事、秋入学移行を表明
2024年2月9日、大阪府と市による副首都推進本部会議は、大阪公立大学で将来的に全学での秋入学導入の方針を示しました。
大阪公立大学で2027年度から段階的に秋入学を実施する計画が明らかになりました。大阪府の吉村洋文知事は、大阪公立大学の公用語を将来的に英語にする方針を示しています。
9日に行われた大阪府と市による「副首都推進本部会議」では、大阪公立大学において、国際化を進め、国内外で活躍できるグローバルな人材を育成することを目標に掲げ、「秋入学」を導入する方針が示されました。
秋入学の対象者は、留学生だけではなく、すべての入学者です。2027年度から大学院と工学部など一部の学部で導入し、将来的に春入学を廃止し、すべての学部の入学者を秋入学にするということです。
※2024年2月9日・カンテレ配信記事「【春入学を廃止 全学生が秋入学へ】「大阪公立大の公用語を英語に」と吉村知事 公立大の国際競争力強化」より
同記事によりますと、吉村知事は将来的に大学の公用語を英語にする方針も示しています。
◆日本の大学、明治時代は秋入学
秋入学の論点を整理する前に、歴史を振り返ります。
意外かもしれませんが、明治初期、大学を含む日本の学校は9月入学でした。
欧米の教育制度をモデルにして、外国人教師を雇い入れやすいようにしたからです。
そのため、夏目漱石の『三四郎』(1908年)で主人公(熊本の五高卒業後に東大に入学)の大学入学時期は9月となっています。
ところが、『三四郎』が世に出た後の大正期に、大学は春入学に統一されていきました。東大は1921年に春入学(4月入学)に転換しています。
秋入学から現在の春入学に転換していったのは、『三四郎』の少し前、1886年の徴兵適齢期の届け出時期が影響しています。当初は9月だったものが4月に変更となりました。
これに慌てたのが教員養成の高等師範学校でした。9月入学のままだと新入生の徴兵猶予が受けられません。
そこで、学生を奪われてたくない、との思惑から1887年に春入学(4月入学)に転換します。
その後、入学時期がバラバラだった小中学校も春入学に転換。役所の会計年度が春だったこと、高校卒業後の空き時間が大学として解消したかったことなどから、大正期には大学も春入学へ転換し、統一されました。
◆戦後から秋入学は四戦「全敗」
戦後も新制大学となり、春入学が引き継がれ、現在に至っています。
これまでに、秋入学論争は大きなものだと4度起きています。
1987年:中曾根康弘内閣の臨時教育審議会(臨教審)が秋入学移行を答申
2007年:安倍晋三内閣の教育再生会議が第2次報告で大学秋入学の大幅促進を提言
2011年~2013年:東大が秋入学移行を検討
2020年:コロナ禍に伴う休校措置から9月入学を求める署名活動が起きる/安倍晋三首相も検討を表明
1987年・2020年は大学だけでなく小中高も含む教育機関、2007年・2011年~2013年は大学のみ、となります。
この4回はいずれも反対論・慎重論が相次ぎ、秋入学導入とはなりませんでした。
他に1998年(大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」)、2000年(教育改革国民会議報告)でも、それぞれ秋入学推進の記載があるほか、2013年「学事暦の多様化とギャップタームに関する検討会議」でも秋入学の試み・課題についての記載があります。
大阪公立大学の秋入学構想は、戦後の秋入学論争としては五回目に当たります。
記事タイトルでも出したように、五度目の「正直」となるのか、それともまたも挫折となるのでしょうか。
◆秋入学のメリットは国際化
過去4回の秋入学論争で、実はメリット・デメリットや課題はほぼ出尽くしています。
まずは、メリットから。
欧米の大学は秋入学がほとんどです。留学生や研究者の受け入れとなると、どうしてもこのギャップが阻害要因となってしまいます。
9月入学に移行すると、阻害要因が取り除かれるわけで、その分だけ留学生の増加や研究者の招へいも進むでしょう。
その分だけ、教育・研究の質の向上や国際競争力の強化などは期待できます。
実際、過去4回の秋入学論争でも、経済界は前向きな姿勢を示しています。
◆デメリット・課題1~高校卒業後の空白期間
では、デメリット・課題はどのようなものでしょうか。
こちらも、過去4回の秋入学論争でほぼ出尽くしています。まず、大学のみが秋入学に移行した場合のデメリット・課題は4点、「高校卒業後の空白期間」「就職・国家試験の空白期間」「教育費の負担・格差の増大」「国際競争力増加への疑問」です。
まず1点目から。
大学のみが9月入学に移行した場合、高校卒業は従来通り3月です。入試も従来通りに1月~2月(後期入試は3月)とした場合、5か月間の空白期間が生じます。
2011年~2013年の東大の場合、学内から出た意見387件は批判的な意見が多く、高校卒業後の空白期間については学生の学習権の侵害、との意見もありました。
◆デメリット・課題2~就職・国家試験の空白期間
2点目は就職や国家試験との整合性についてです。
就職は現在、春入社が基本です。
それから、医師・看護師など国家試験もほとんどが春入学を前提としています。
就職・国家試験とも現状維持、かつ、7月~8月に卒業する場合、こちらも半年程度の空白期間が発生することになります。
就職については、この空白期間で内定辞退が起こり得ます。企業からすれば、ただでさえ採用難のところ、もっと悪化することになります。
一応と言いますか、4月入社で社員にしたうえで卒業までは大学に通う、という手もあります。
ただし、この場合、企業は新入社員研修などもできずに、給料・社会保険料を払うことになるわけで、企業側の負担は大きなものがあります。
◆デメリット・課題3~教育費の負担・格差の増大
3点目は教育費の負担・格差の増大です。
高校卒業後と大学卒業後、それぞれ半年程度、合計1年もの空白期間が生まれるとどうなるでしょうか。
その分だけ、無為に過ごす若者が増える懸念があります。
そうならないために、ギャップイヤー制度(大学では得られない体験・旅行など)、ボランティア義務化などが考えられます。
前者は欧米では盛んな制度です。ただし、長期旅行や語学研修など、その費用を出せる家庭とそうでない家庭、格差が生じます。その分の教育費の負担も増加する懸念があります。
ボランティア活動の義務化も、アイデアとしてはともかく、実現するとなるとハードルが高そうです。
◆デメリット・課題4~国際競争力増加への疑問
4点目は「国際競争力増加への疑問」です。
経済界や政府、あるいは、今回の大阪府・吉村知事などは秋入学移行のメリットとして国際競争力の増加を挙げています。
一方、入学時期は無関係とする意見もあります。
2011年~2013年の東大の場合、学内からは「外国人留学生にとって、春の入学まで待つ時間は、日本の言葉や生活に慣れる移行期間として必要」との意見も出ていました。
「QS世界大学ランキング2024」では、東大が28位、京都大46位、大阪大80位、東京工業大91位となっています。
これだけ見ると「だから秋入学が必要」とも言えますが、このランキングをよく見ていくとどうでしょうか。
シンガポールからはシンガポール国立大学が8位、南洋理工大学26位となっています。同国は1月入学となっています。ん?そうなると、秋入学が国際競争力の阻害要因という話は、との疑問が出てしまいます。
さらに、現在、日本の大学はアジア圏からの留学生や研究者を多く受け入れています。
中国・台湾は9月入学ですが、韓国は3月入学、インドは4月入学、タイは5月入学など多様です。日本の春入学を無理に変えると、アジア圏からの留学生・研究者の流入が鈍化する可能性もあるのです。
◆秋入学の完全移行は高いハードル
では、秋入学を大学だけでなく、幼稚園や小中高、全ての教育機関でも移行する場合はどうでしょうか。
完全移行であれば、高校卒業後から大学入学までの空白期間は生じません。
ただし、その代償として、大学単独以上のハードルを超える必要があります。
2020年の秋入学論争が一段落した7月30日、文部科学省は「『9月入学』に移行する際の主な課題と対応」を公表しました。
この資料では、「4月に入学する予定だった児童(約100万人)の就学が遅れ、就学前の期間が長くなる」「9月入学移行のために、学校教育法や労働基準法など最低でも33本の法改正が必要」などを指摘しています。
移行期の教員・保育士などの人材確保は相当、困難なものになりますし、法改正だってそう簡単ではありません。それが1本だけならまだしも、最低でも33本、あるいはそれ以上の法改正が必要となります。
5年、10年という単位で議論したうえで合意形成が取れたのであれば(かつ、人員確保ができれば)まだしも、です。
数か月ですぐ結論を出すことなど不可能であり、2020年の場合、コロナ禍という非常事態に伴うものでした。反対論が続出して立ち消えとなったのも無理はありません。
◆大阪公立大学の構想はどうなる?
大学単独、それも大阪公立大学の秋入学構想に話を戻しましょう。
上記のようなデメリット・課題は大阪公立大学も同様です。
だからこそ、大阪府・市は、
「秋入学に合わせて独自の入試制度を構築するのか、現状の春入学に合わせた共通テスト等を活用した入試制度を設計するのかなどについて、大阪府市は、今後検討チームを設置し、議論する方針です」(前記・カンテレ配信記事より)
とのこと。
これまで4回の秋入学論争では、いずれも推進派が敗北しています。吉村知事・大阪公立大が五度目の正直となるか、それもまた敗北となるのか、今後に注目です。