新たな展開を迎えた日大アメフト部のタックル事件 今後の捜査や刑事処分の見込み
日大アメフト部のタックル事件は、被害者が警察に被害届を提出する一方、実行犯の部員や前監督、コーチらが相次いで記者会見を行うなど、新たな展開を迎えている。今後の捜査や刑事処分の見込みを示したい。
【傷害罪の成否】
ボクシングのリング上で選手が殴り合いをし、相手を負傷させても、いちいち暴行罪や傷害罪には問われない。
刑法に次のような規定があるからだ。
「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」(35条)
「正当行為」と呼ばれているもので、「業務」といっても対価を得ているか否かではなく、反復・後続しているか否かがポイントとなるから、プロの選手だけでなく、アマチュアにも適用される。
要するに、ボクシングの試合の中で、かつ、ルールの範囲内で相手を殴る限りは、社会的に見て正当な行為であり、処罰に値するほどの違法性がない、と判断されるわけだ。
それに加え、ボクシングという競技の性質上、お互いに殴り、殴られることをあらかじめ承諾しているともいえ、その意味でも違法性はないと評価できる。
逆に、わざと肘打ちで相手を殴って負傷させるとか、耳に噛みつくなど、ルールに反する攻撃に及べば、違法性があると見られる。
アメフトの場合も全く同様であり、試合中にルールの範囲内でタックルに及び、相手選手を負傷させたとしても、違法性がなく、処罰されることなどない。
しかし、今回のディフェンスライン(DL)の選手のように、パスを投げ終えて無防備な状態となっている相手チームのクォーターバック(QB)の選手に対し、その負傷欠場を狙い、故意に背後から激しくタックルをすれば、明らかに違法だ。
ルールに反するし、相手選手も競技中に起こりうる事態として承諾していたとは到底いえず、社会的に見て処罰に値する行為と評価されるからだ。
関西学院大学の選手は、フィールドに叩きつけられ、右膝軟骨損傷など全治3週間のケガを負った。
日大アメフト部員には、傷害罪(15年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が成立する。
【実行犯に対する捜査と刑事処分】
ところで、警察が被疑者を逮捕し、身柄拘束をしたまま検察に送致する事件は、傷害罪全体の約52%に上る。
統計からすると、逮捕されるか否かの確率は半々だ。
ただ、次のような理由から、警察がこの部員を逮捕するとは考えにくい。
(1) 警察は全治1か月以上を重傷と評価しており、全治3週間だと軽傷の事件に分類される。
(2) 凶器を使っているわけではなく、犯行状況そのものも試合のビデオ録画により明々白々である。
(3) 記者会見という公の場で全国にその氏名と素顔をさらし、故意や動機、計画性、事件に至る心情、事件後の状況はおろか、前監督、コーチらの指示までをも赤裸々かつ全面的に自白し、深い反省の情を示している。
(4) 既に弁護士がついており、もし日大関係者らから水面下で口封じや口裏合わせの圧力を受けたとしても、これに屈しないばかりか、そうした圧力の存在すらも直ちに警察に通報すると期待される。
(5) これまでこの種の事件を起こしたことがない20歳の大学生である。
(6) 記者会見後、被害者側の関係者のみならず、社会もこの部員に強い同情を示しており、もし部員の逮捕という強権的な対応に出ると、今度は警察が批判にさらされる。
そこで、この部員については、在宅のまま取調べが行われ、時期を見て検察に送致されるのではないか(いわゆる「書類送検」)。
では、検察における刑事処分はどうなるか。
成人による傷害事件の起訴率は約4割であり、起訴全体のうち略式起訴による罰金が約6割、正式起訴が約4割となっている。
その際、過去の同種事件に対する処理例との均衡を図りつつ、事案の内容ごとに具体的な処分が決められている。
今回のケースの場合、何ら落ち度がない被害者に全治3週間のケガを負わせていることや、計画性が高いこと、犯行態様が危険極まりないこと、社会的影響が大きいことなどを考慮すると、通常であれば30~50万円程度の罰金刑を求める略式起訴は免れないだろう。
ただ、真摯に反省している上、既に相当の社会的制裁を受けたとも評価でき、次の2点次第では、起訴猶予による不起訴の目も残されている。
(a) 前監督・コーチによる具体的な指示の内容、それに従わざるを得なかった背景やプレッシャーの強烈さ
(b) 被害者側の処罰感情の緩和と示談の成否
【前監督・コーチの弁解と部員の供述】
とりわけ(a)の点は、今後の捜査における最大のポイントとなる。
事件が部員の単独犯か否か、すなわち前監督・コーチの刑事責任の有無ともリンクする話だからだ。
この点、遅きに失したとはいえ、部員の会見翌日に至り、ようやく前監督らも記者会見を行った。
しかし、ノラリクラリとした弁解を繰り返した上、その指示、特に相手選手にケガを負わせるような反則行為の指示を全面的に否認した。
むしろ、日大ブランドの凋落ぶりや危機管理能力の欠如を如実に示す司会進行役の不遜(ふそん)な態度が目を引く会見となった。
現に日大側も、部員とのコミュニケーション不足や言葉の受け止め方に対する意思疎通の乖離(かいり)などを挙げ、今回の危機を乗り切ろうとしている。
要するに、部員にそんな指示をしたつもりなどなく、部員が「潰せ」という比喩(ひゆ)の真意を誤解し、暴走した、という論理だ。
これに対し、部員は次のように述べている。
(コーチの発言)
「監督に、お前をどうしたら試合に出せるか聞いたら、相手のQBを1プレー目で潰せば出してやると言われた。『QBを潰しに行くんで僕を使ってください』と監督に言いに行け」
「相手のQBと知り合いなのか」「関学との定期戦が無くなってもいいだろう」「これは本当にやらなくてはいけないぞ」
(先輩を通じ)「アライン(選手の配置のこと)はどこでもいいから、1プレー目からQBを潰せ」「相手の選手をどこでもいいから潰してこい」「秋の関西学院との試合の時に備えて、QBがケガをしていたらこっちも得だろう」
(「リード(DLの本来のプレーのこと)をしないでQBに突っ込みますよ」と確認したところ)「思い切りいってこい」
「できませんでしたじゃ、すまされないぞ。わかってるな」
「キャリア(ボールを持っている選手)に行け」
(退場後)「■■は自分にもやらせてくれと言ったぞ。お前にそれが言えるのか」「お前のそういうところが足りないと言ってるんだ」「優しすぎるところがダメなんだ。相手に悪いと思ったんやろ」
(前監督の発言)
(「相手のQBを潰しに行くんで使ってください」と伝えたところ)「やらなきゃ意味ないよ」
(試合後)「こいつのは自分がやらせた。こいつが成長してくれるんならそれでいい。相手のことを考える必要はない」「周りに聞かれたら、俺がやらせたんだと言え」
【前監督・コーチの刑事責任と捜査】
もちろん、一般論として、共犯事件の場合、責任逃れや責任転嫁のために他の共犯者の関与状況などについて架空ないし過剰な供述をすることもあり得る。
「引っ張り込みの危険」と呼ばれるもので、6月から始まる日本版司法取引制度でも問題とされているほどだ。
ただ、前監督・コーチは、部員による犯行後、直ちに注意したり引き下げたりしなかったばかりか、その後に繰り返された危険タックルをも放置し、退場後や試合後に至っても全く叱責しておらず、むしろそうした反則行為を当初から容認していたと見られる。
また、部員の証言は、客観的な事実の流れにも合致している。
こうした前監督・コーチの発言内容が事実であれば、実行犯をそそのかした教唆犯となるか、共謀が認められて実行犯と同じ刑事責任を負うことになるかは別にしても、少なくとも傷害罪の共犯となることは明らかだ。
その場合、もし実行犯を罰金刑に処するのであれば、前監督・コーチにも同様の処罰が必要だし、前者を起訴猶予にしたとしても、なお後者については起訴するに値する。
組織的な犯罪の場合、トカゲの尻尾切りに終わらせず、背後の黒幕まで処罰しなければ意味がないからだ。
もっとも、発言内容が濃密なコーチと異なり、部員とのやり取りが少ない前監督に関しては、部員の供述だけでは証拠が弱いと言わざるを得ない。
そこで、前監督と部員をつなぐコーチの証言が極めて重要となるが、記者会見での供述態度を見る限り、真実をありのままに語っているにしては支離滅裂で明らかに動揺を示していた。
情理を尽くし、正義感に訴えかけるような取調べを行えば、案外“落ちる”かもしれない。
また、他の部員らを軒並み取り調べ、事件の前後や事件当時における前監督・コーチらの発言内容などを一つ一つ拾い上げるといった地道な捜査が必要であり、実際に警察によって行われることになるだろう。
例えば、実行犯の部員が供述しているような前監督・コーチの発言を聞いた者はいないか、同様の指示を下された者はいないか、「潰す」という発言をどのような趣旨のものととらえるか、といった点だ。
事件後、関係者がメールなどで口裏合わせに及んでいる可能性も高く、少なくとも日大やアメフト部、前監督・コーチ方などに対する捜索も必要ではないか。
被害者側が前監督・コーチをも「被疑者」として刑事告訴するか、市民による刑事告発があった方が、警察としても何かと動きやすいだろう。
検察が前監督・コーチを不起訴にした場合、検察審査会に対する審査の申立てが可能となるし、そこでは市民感覚に基づいた判断が下されるので、警察・検察としても本腰を入れた捜査を行わざるを得なくなるからだ。
いずれにせよ、事件後の一連の対応ぶりからして、日大はいざとなると自己保身に走り、学生を守らず、簡単に切り捨てる組織だということがよく分かった。
今回の部員に対しても、大学の秩序を乱したということで、いずれ退学や停学の処分を下すのではないかと懸念される。(了)