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[西日本豪雨]広島・岡山5000件超の弁護士無料法律相談分析結果を公表

岡本正銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)
平成30年7月豪雨無料法律相談 相談データ集計及び分析結果(2020年10月)

西日本豪雨5000件超の法律相談を分析

 西日本豪雨において弁護士が実施した被災者無料法律相談のうち、2018年7月の発災から2019年9月30日までの約1年2か月間で、広島弁護士会と岡山弁護士会が実施してきた5014件の相談事例について、中国地方弁護士会連合会(中弁連)が詳細な分析結果を公表しました。

 弁護士たちは、過去の大災害時の教訓やノウハウを活かし、発災当初より弁護士会や日本弁護士連合会(日弁連)を通じて、被災者個人や事業者への無料法律相談活動を、面談、避難所訪問、電話相談などで展開しました。これまで、広島県、岡山県、愛媛県の3県の被災者相談について、日本弁護士連合会が無料法律相談分析結果を公表してきましたが、中弁連がこれを引き継ぎ、広島県と岡山県の2019年9月までの事例を追加発表した形になります。

 特徴は、分析担当の弁護士が事例ひとつひとつを精査して20ほどの類型へ分類することで、被災地のリーガル・ニーズを視覚化する点にあります。複数の論点を含む相談は最大3つの相談類型へ振り分けます。たとえば、図表の「相談件数ベース」の棒グラフをみると、実際の相談件数を分母とし、抽出された類型に該当する件数を分子としているので、当該地域でどの論点の相談が最も多かったのか、その傾向比較ができます。生々しい声とリアルなリーガル・ニーズが伝わってくるようです。

[西日本豪雨]

 2018年(平成30年)6月28日から7月8日にかけての梅雨前線と台風第7号の影響で発生した集中豪雨は、西日本の広範囲にわたって洪水や土砂災害などの甚大な被害をもたらしました。死者・行方不明者245人、全壊家屋6767棟、半壊家屋1万1243棟、床上浸水7173棟(内閣府2019年1月9日発表による)という平成最悪の大水害は「平成30年7月豪雨」と命名され、「西日本豪雨」とも呼称されています。東日本大震災や熊本地震に引き続き史上5例目の特定非常災害にも指定されています。

広島県の相談傾向:土砂撤去に関するニーズと問われる公的支援

住所や所有地等が広島県の被災者の相談傾向(相談件数n=1,054 類型数n = 1,226)中弁連報告書より抜粋
住所や所有地等が広島県の被災者の相談傾向(相談件数n=1,054 類型数n = 1,226)中弁連報告書より抜粋

 

 広島県の相談傾向を見ると、「工作物責任・相隣関係」(47.6%)に分類された相談が突出して多いことがわかります。全相談の実に半数がこの論点を含んでいることになります。隣地から土砂が流れ込むなどした際の土砂撤去や崩落被害拡大の予防を請求するものや、逆の立場から、土砂撤去義務や崩落予防措置義務などについて問い合わせるなどの相談内容が主なものです。特に被害が甚大であった広島県坂町では、住民人口に比して突出して相談数が多くなりました。

 次に「公的支援制度」(17.3%)の相談割合も相当高くなっています。内容は多岐にわたりますが、「罹災証明書」「住宅被害認定」「被災者生活再建支援金」「建物修繕・解体の公費支援」「土砂等の撤去の公的支援」「仮設住宅」「災害弔慰金」「災害障害見舞金」といった、災害時特有の支援に関するものが特に多くなっています。これらの知識は、筆者自身も「知識の備え」とするよう防災教育に取り組んできていますが、まだ一般的な知識として行き渡っていない制度が多いのではないでしょうか。また、これらの法的制度や予算について、被災者や被災自治体の担当者らが自ら情報を検索収集したり、取捨選択したりすることは容易ではありません。弁護士は、これらの情報を整理しわかりやすく提供することが主なミッションとなります。無料法律相談活動を行う最大の意義はここにあるといえます。支援情報をわかりやすく伝える工夫をした「弁護士会ニュース」の配布も有効な活動であり、数多くの災害で実績があります。

 広島弁護士会災害対策委員会委員長の砂本啓介弁護士からは、土砂の撤去等をめぐる相談が多くを占めたことについて、以下のコメントをいただきました。

「実感として感じていたとおり、住宅地に大量の土砂が流入したほか、農地などへの土砂の流入・流出という被害も多く発生しており、被災者の多くが土砂の撤去等に関連する問題を抱えていたことが明確になったと言えます。今後、土砂崩れが生じないような予防策が必要であるとともに、発生してしまった場合に被災者が分かりやすく利用しやすい支援策の充実が必要だと考えます。」

■岡山県の相談傾向:住宅ローンの支払問題が圧倒的

住所や所有地等が岡山県の被災者の相談傾向(相談件数n=1,571 類型数n = 1,850)中弁連報告書より抜粋
住所や所有地等が岡山県の被災者の相談傾向(相談件数n=1,571 類型数n = 1,850)中弁連報告書より抜粋

 

 岡山県の相談傾向を見ると、「既往の借入金」(36.6%)に分類された相談が最も多いことが分かります。住宅ローンをはじめとする災害前からの借入金の支払に関連する各種相談を内容とするものです。「家を新築して数か月で被害に遭った。住宅ローンは数回しか支払っていない。家は今後使用不可能である。住宅ローンはどうなるか。」など悲痛な叫びが報告されています。また、この類型に含まれる相談のうち2割弱は「自然災害債務整理ガイドライン」(被災ローン減免制度)の手続に関する相談であり、救済制度の必要性が高かったこともうかがえます。なお「自然災害債務整理ガイドライン」は、既存のローン(被災ローン)が支払えなくなったような場合に、破産などの法的手続によることなく、一定の財産を手元に残しつつ、金融機関と新たな支払い方法を合意するための指針で、結果的にローンの減免が可能になる制度です。信用情報(ブラックリスト)へ登録されず、連帯保証人への請求も原則行われないなどのメリットがあります。

 次に「工作物責任・相隣関係」(15.3%)「公的支援制度」(13.6%)の類型が相当多い割合になっています。「工作物責任・相隣関係」に関する相談内容は、前に述べた広島県と同様であり、近隣居住者や土地所有者どうしの紛争問題に発展するものが少なくありません。また、「公的支援制度」の内容には、「罹災証明書」「住宅被害認定」「被災者生活再建支援金」「建物修繕・解体の公的支援」「土砂等の撤去の公的支援」「仮設住宅」「災害弔慰金」「災害障害見舞金」など、広島県同様にあらゆる相談類型が含まれています。なかでも岡山県では「被災者生活再建支援金」「建物修繕・解体の公的支援」に関する相談割合が多くなっています。これは、倉敷市真備町において広範囲の深刻な浸水被害がおき、同地域だけで51人が亡くなり、約4600棟の浸水被害を受けていることなどが影響しているものと考えられます。

 岡山県における西日本豪雨復興支援で中心的役割を担っている岡山弁護士会所属の大山知康弁護士からは次のコメントをいただきました。

「岡山県でローン(既往の借入金)に関する相談が一番多く、相談者の年齢層では20代から40代が多くみられました。これは、被害の大きかった倉敷市真備町が新興住宅地で住宅ローンを返済中の世代が多かったことが影響していると思われます。また、熊本地震で二重ローンの相談が多かったことを熊本県弁護士会から聞いていましたので、岡山弁護士会だけでなく地元金融機関とも連携して制度の周知に努めたことも影響していると思われます。また、支援者が集まる情報共有会議で、二重ローンに困られる方が大勢おり、解決策として災害前のローンを減免する「自然災害債務整理ガイドライン」があるので、被災者の方に伝えて欲しいと支援者にも協力してもらったこともローンの相談が増えた要因と考えます。

通常の弁護士の専門分野だけでなく建築問題や税務問題など幅広い分野の相談が寄せられているので、広島のように士業間の連携を事前準備する必要があると考え、現在岡山でも士業連携を進めています。

法人からの相談でも、ローンの相談や公的支援制度の相談も多かったので、法人についても自然災害債務整理ガイドラインを適用したり、法人に対しても被災者生活再建支援金のような被災したことに対しての支援金制度を設けたりする必要があることが分かります。

分析結果には、水害発災からの時間の経過でどのように被災者が抱える問題が変化しているかなどについても記述していますので、今後の被災者支援の参考にしていただければ幸いです。」

公的支援の情報整理提供と寄り添い機能

 これまでの豪雨や土砂災害被害においても、土砂撤去等に係る相談である「工作物責任・相隣関係」に関する類型と、被災後の生活再建に利用できる公的支援に関する情報が相談内容になる「公的支援制度」に関する相談類型が多くなる傾向にありました(2014年広島市土砂災害を参照)。西日本豪雨の広島県と岡山県でも同様の傾向がみられたことになります。

 一方、住宅被害数の割合が高い倉敷市や総社市などがある岡山県では、住宅ローンなどの既存のローンの支払いに関する悩み事が多くなる傾向が確認できました。この傾向は、東日本大震災や熊本地震の住宅全壊率の高い地域でも同様でした(岡本正『災害復興法学』及び『災害復興法学2』参照)。

 大規模災害時においては、直後から、生活再建や公的支援にかかわる情報を整理して必要な被災者や被災自治体へアウトリーチすることが必要です。そのうえで、生活再建の進捗に応じた情報を適時に伝える寄り添い型の支援が重要になることが、相談実績の分析結果からみて取れます。

声は届く、共に歩んでいく

 中弁連の分析結果の公表を踏まえ、「被災ローン減免制度の立法措置」を講じていく必要性が、より一層強調されたように思います。住宅被害が多い地域では、住宅ローンやその他の支払いに関する相談が多くなり、そのうちの一定割合の世帯では、必ず「自然災害債務整理ガイドライン」(被災ローン減免制度)の利用が不可欠になっています。しかし、現在のガイドラインでは利用開始にあたって金融機関との交渉のハードルが高かったり、そもそも金融機関や行政機関側から制度利用の要件にあてはまるかどうかの周知や啓発などを積極的に行う義務などがなかったりと、制度を利用できるはずの被災者が利用しないままになっているケースが多くあります。

 首都直下地震や南海トラフ地震で想定されている数十万以上にもなる全壊家屋数を考えれば、現在のしくみを法的な制度に格上げし、国や自治体による積極的な周知活動や、金融機関側の説明義務、不当な利用開始拒否事例の防止などを盛り込んでおくことが重要になるのではないかと考えます。

 東日本大震災以降も、義援金差押え禁止特別法、被災者生活再建支援金の要件拡大(見込み)、災害救助法の応急修理制度の拡大、公費による土砂撤去や解体スキーム整備、仮設入居要件の緩和方針、災害救助法の活用による避難所環境整備、など多くの施策が実践されてきました。いずれも災害の都度、課題を克服してきた歴史のひとつです。不十分なしくみは、被災者のリーガル・ニーズに応じて、より強靭性のある法制度にし(リーガル・レジリエンス)、将来へ残して行くことが重要です。今回の中弁連の分析結果は、そのための重要な立法事実になると期待できます。

[西日本豪雨関連記事]

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Yahoo!ニュース:7月豪雨と大阪府北部地震で義援金の差押禁止~被災ローン減免にも効果・恒久化をめざせ(岡本正)

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[参考記事]

Yahoo!ニュース:広島土砂災害から1年 弁護士会が250件の災害無料法律相談の分析結果を発表(岡本正)

[参考文献]

中国地方弁護士会連合会ほか「平成30年7月豪雨無料法律相談 相談データ集計及び分析結果(2020年10月)」

日本弁護士連合会「平成30年7月豪雨無料法律相談データ分析結果(第2次分析)」(2019年3月)

岡本正「災害復興法学」(慶應義塾大学出版会2014年)

岡本正「災害復興法学2」(慶應義塾大学出版会2018年)

岡本正「被災したあなたを助けるお金とくらしの話」(弘文堂2020年)

銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)

「災害復興法学」創設者。鎌倉市出身。慶應義塾大学卒業。銀座パートナーズ法律事務所。弁護士。博士(法学)。気象予報士。岩手大学地域防災研究センター客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。医療経営士・マンション管理士・ファイナンシャルプランナー(AFP)・防災士。内閣府上席政策調査員等の国家公務員出向経験。東日本大震災後に国や日弁連で復興政策に関与。中央大学大学院客員教授(2013-2017)、慶應義塾大学、青山学院大学、長岡技術科学大学、日本福祉大学講師。企業防災研修や教育活動に注力。主著『災害復興法学』『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』『図書館のための災害復興法学入門』。

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