MLB収入折半案に反発し「プレーしない」サイ・ヤング賞投手は間違っているのか?
MLBが提案する今季実施プランに含まれている球団と選手の収入折半案に対し、2018年サイ・ヤング賞投手ブレイク・スネル(レイズ)が嫌悪感を露わにした。これに対してはファンやメディアから批判的なリアクションも少なくなかったが、ぼくはスネルの気持ちも分かるのである。
現地時間5月11日に採択され選手会に提案されるMLB機構案は、7月上旬に開幕し各球団とも本来の162試合の約半分の82試合を戦うというものだが、選手に支払われるサラリーは球団総収入を折半という点も盛り込まれている。これが火種になった。
労使協定の規定では、今回の新型コロナショックのような国家的危機の不可抗力によりゲーム開催が不可能な場合は、全試合に対する開催試合数の割合でサラリーが支払われることになっている。機構と選手会は3月の段階でこれを確認している。
ところが、その後に折半案が出てきた。背景には、少なくとも開幕の段階では無観客開催の可能性が濃厚であることが挙げられる。経営側にとって、開催が本来の試合数の半分の場合、収益は半分未満になる可能性が高いのだ。このことにスネルは噛み付いた。ソーシャルメディアのTwitchに投稿した動画で怒りをぶちまけ、「今季はプレーしない」とまで言い切った。
スネルのコメントは少なからず感情的なもので、きちんとロジックが整理されてはいない。しかし、それをぼくなりに解釈すると、当初不満を持ちながらもやむなしと捉えていた水準からの追加後退に対する怒りがあり、そこに新型コロナウィルス感染のリスクを冒してまで、ということが決定的な要因となったのだ。
スネルは昨年5年5000万ドルの契約延長を勝ち取っており、今季の年俸は本来760万ドルだ。これが半分未満に下がったとしても、庶民にとっては夢のまた夢の大金だ。それだけもらえるのに「カネ、カネって言うなよ」というのがスネルを攻撃する人たちのホンネだ。
そして、ファンなりメディアが抱くプロスポーツ選手に対する「かくあるべし」のイメージの問題もある。「つべこべ言わず、舞台が決まったらそこで任務を果たす」というものだ。この点でもスネルの言動は異なっていた。
しかし、人の考えはみな異なって当然だ。彼が自分の意見を述べること自体は、そのマナー(様式)が適切だったかどうかは別にして責められるべきものではないし、「野球選手はこうあって欲しい」というのはわれわれが勝手に作り上げたステレオタイプな価値観だ。
そして、今回のMLBオーナー達の案は重要なポイントを見落としている。それは選手が感染した場合の補償だ。運営側はあくまで万全を期すまでが役割で、まだ実態がはっきりとはわかっていない新型コロナウィルスの感染有無まで責任を負うものではないのだろう(それはそれで道理だ)。だとすれば、今季プレーするか否かの最終決定は選手個人に委ねられるべきではないか。
今季が無事開催されることになった暁には、多くの感染予防策が講じられるはずだ。それは間違いない。だからと言って、選手(や監督、コーチ)が絶対に安全だとは言い切れない。いったん感染すれば、単に2週間隔離生活を送れば良いというものではない。心肺機能に影響が及べば、選手生命にも大きく関わってくる。そのリスクを抱えてプレーしろ、というなら応分の上乗せがあるべきだという彼の主張にはそれなりの説得力がある。
この問題の本質は、卑近な例に置き換えて考えてみると理解が容易になる。
今回の新型コロナ問題で、日本でも国民へ外出自粛、事業者に対し営業自粛が要請された。ぼくは中小の小売企業の雇われ経営者だが、その業種は自粛要請の対象外だったので、営業時間は短縮したが店舗は閉めなかった。
これは、経営者であるぼくが決めて良いことだが、従業員の中には通勤や勤務中の感染を懸念する者、出勤せぬよう家族から強く懇願された者もいた。一方で営業スタッフの中には、閉店されると給与の出来高払い部分が得られなくなってしまうので通常営業、通常出勤を求める声もあった。
したがって、店舗はできる限りの感染予防策を実施する前提で営業するも、通常出勤するか、在宅勤務とするか、休業するかは1日単位で従業員に選択してもらった。その結果、店舗営業に影響を及ぼす人員不足にも見舞われたが、そこは外注スタッフの起用で何とか乗り切った(まだ、終わっていないが)。運営には少なからず苦労したが、出勤を回避した彼らを責めることはできない。現在われわれがどれだけ大きなリスクに晒されているのか、また必ずしもそうではないかは、だれにも分からないからだ。ということは、自身の健康と経済的見返りのバランスに関する考えは各個人ごとに異なって当然だし、それらは尊重されねばならない。
だから、スネルの考えを否定することはできないのである。より適した論調と媒体で訴えた方が効果的だったとは思うが。