受動喫煙対策は働き方改革の一環でもある
厚生労働省が進めようとする受動喫煙対策が自民党のネガティブな対応によってなかなか進まない。飲食店については原則禁煙という形で受動喫煙対策を前進させたい厚労省と、飲食店の保護を主張する自民党の攻防となっているが、「厚労省側が折れそう」という一部報道もある中で、改めてこの問題の論点を働く人に焦点を置いて考えてみたいと思う。
この問題の核心は、「誰(何)を優先的に守るべきか」なのだと思う。「たばこ対策後進国」とWHOから指摘されてもなお挽回しようとしない姿勢は、正直理解できるものではない。受動喫煙にさらされる人の命や健康を優先にするのか、それとも、飲食店やたばこ農家を優先するのか。
なんだかんだ進んではきた受動喫煙対策
とは言え、ここ15年ほどで受動喫煙対策が一歩一歩前進してきたことは間違いない。ただ、これが早いのか遅いのかと言えば、決して早いと言えるものではない。ただ、少なくとも前進させたのは2003年に施行された健康増進法であろう。同法第25条では、
学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。
と定めている。この努力義務規定を設けたことが、施設管理者に法的な根拠を与え、これまで受動喫煙で苦しんできた人たちを救い出す原動力となった。また、この動向に合わせるようにして、労働者が対象となるされる労働安全衛生分野においても、「職場における喫煙対策のためのガイドライン」が改定され、非喫煙場所にたばこの煙が漏れない喫煙室の設置を推奨し、空気清浄機による受動喫煙対策を否定するなど、職場における受動喫煙対策も進められることとなった。
いまでは一部新幹線でしか残っていない喫煙車両。2003年当時はJR各社や私鉄も後ろ向きな対応のところもあったが、受動喫煙対策の社会的な認知とともに、徐々に対策を進めざるを得なかった。時系列に過去の記事を見てみたい。
2009年の記事
2010年の記事
2016年の記事
健康増進法の施行に伴い、社会的にも受動喫煙の重要性が理解されたと言える。今年に入ってから調べられた朝日新聞、毎日新聞、FNN・産経新聞合同、Yahoo!JAPANなどの調査によると、6~7割が厚労省案の「原則禁煙に賛成」という結果が出ている。
また、今年1月の安倍内閣総理大臣の施政方針演説においても「受動喫煙対策の徹底」が盛り込まれており、「飲食店は表示義務だけでいい」という現状維持の自民党案のままとなれば、政府の発言と矛盾していると言わざるを得ない。
誰の立場を一番重視すべきか
受動喫煙対策では、誰に最も力点を置くべきであろうか。
自分のような子育て中の親であれば、煙がモクモクとしているようなお店に子どもを連れて行かないという選択ができる。仮に自民党のままで法案が通ったとしても、こちら側がその店に行かない選択すればいいだけのこと。喫煙できないことによる売り上げの減少を危惧する飲食店があるが、喫煙率が2割を切る中で、一体どっちを向いて経営しているのか不思議で仕方がない。実際に全面禁煙にして売り上げが上がったケースもあるのに、自民党はなぜその声には耳を傾けないのか。受動喫煙を被りたくない人は行かない選択をし続けるだけだ。その傾向は今後、より一層強まるに違いない。
また、外国人旅行客を増やそうとする中で、喫煙できる飲食店を存続させれば敬遠する外国人を増やすだけだ。外国人旅行客を増やして経済成長につなげるという意味でも喫煙できる飲食店を残すことは政府の向かう方向と合致しているとは思えない。
さらに子どもにとって最悪なのは、親が喫煙してしまえば逃れることができないということだ。親に受動喫煙を防ごうという意識が低ければ子どもを守ることは難しい。嗜好品として売られているかぎり、仮に飲食店がすべて禁煙になったとしても、家や車内などの私的な空間については、親側の意識を高めるしかどうにも方策が見当たらない。
一方で働いている人についてはどうだろうか。働く人も職業選択の自由があるわけだから、受動喫煙がひどい職場には就職しなければいいだけ。と思うかもしれないが、果たして本当にそうだろうか。
労働者が過酷な労働環境を受け入れて忍耐すれば、受動喫煙対策を講じなくてもいいのだろうか。
労働安全衛生法第3条第1項では、
事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。
と定められている。つまり、事業者・経営者は、労働者がいる限り、快適な職場環境を実現することは義務であり、健康確保措置を講じなければならないということになる。たとえ、労働者側が受忍したとしても、労働環境が悪ければ改善しなければならない、という観点を持つ必要がある。
現在、働き方改革によって改善が進もうとしている長時間労働。事業者・経営者は、長時間労働によって心身ともに体調が悪くならないように安全配慮義務を果たさなければならない。つまり、労働者が長時間労働を受け入れると言ったとしても、それは許されるものではない。
例えば、まったく墜落防止対策が講じられていない建設現場で、労働者が自分は大丈夫だからと、その現場に入っていき、もし労働災害が起こったら、それは誰の責任か。当然、墜落防止措置を講じなかった会社側の責任ということになる。
職場における受動喫煙対策も同じ考え方を持つべきだろう。飲食店であっても当然そこは「職場」ということになる。受動喫煙が続けば短期的には頭痛などの症状が出る人もいるかもしれないし、中長期にわたり働き続ければ受動喫煙による肺がんなどのリスクを高めることにもなりかねない。労働者を守ることは「選択」の域を超えた問題ではないか。
この考え方でいけば、喫煙を許される飲食店は、経営者だけで切り盛りをしているところに限られる。労働者を雇うことは安全配慮義務を考える上でも許されるものではない。ただ、労働者を雇わないところと雇うところで線引きをするべきだろうか。その区分けも結局難しいだろう。そうであれば、やはり労働者を守るためには飲食店は原則禁煙にするしかない。ただ、厚労省案も自民党に妥協を引き出そうとにバーやスナックなどについては、一定規模以下については喫煙可能としている。これだとやはり労働者が受動喫煙から逃れられないが、自民党案に比べれば大幅な前進と言える。
この受動喫煙対策は、働き方改革の一環として捉えられるべきだ。長時間労働から労働者を守り、受動喫煙から労働者を守る。この間に違いがあるとは思えない。
5月31日は「世界禁煙デー」だ。日本はどのような立場でこの日を迎えるのだろうか。先進国として筋の通った結論になるよう切に望みたい。