監督が私物を提供。『ペイン・アンド・グローリー』にはお洒落な家具やアートがいっぱい
ペドロ・アルモドバルはスペインのみならずヨーロッパを代表する映画監督だ。ハリウッドの資本力には決して屈しない映画作家としての凛とした姿勢が、いかに映画界から崇拝されているかは、彼が『トーク・トゥ・ハー』(02)でアカデミー脚本賞を受賞した際、当夜プレゼンターを務めたサー・ショーン・コネリーが、舞台裏で寛ぐアルモドバルを訪ねて丁重な挨拶を交わしたことでも明らかだ。
監督自身の人生が物語に強く反映された最新作の中身は
そんなアルモドバルの21本目の監督作『ペイン・アンド・グローリー』(19)は、彼自身が物語に反映されているという意味で、本人は3部作の第3章と位置付けている。第1章は、映画監督が同性の恋人との関係に苦しむ『欲望の法則』(87)であり、第2章は、若き映画監督がかつて神学校で過ごした日々の記憶(アルモドバル自身も神学校出身)に分け入っていく『バッド・エデュケーション』(04)。そして、第3章の『ペイン~』は、引退同然の生活を送る映画監督が、かつて体験した2つの恋愛と向き合うことで再起していく物語だ。3作に共通するのは主人公が映画監督だという点。中でも、最新作は過去のどの作品よりもアルモドバルの心情が物語に投影されていることから、”初の自伝”と銘打たれている。
スペインの国民的映画監督、サルバドール(アルモドバルの盟友で、今回は監督の分身を演じるアントニオ・バンデラス)は長年に渡って体調不良と薬物依存に苦しんでいる。さらに、4年前に最愛の母親を亡くして以来(アルモドバルの実母、フランシスカ・カバレッロは1999年に82歳で他界)、引退同然の生活を送っていたサルバドールだが、数年前に大喧嘩の末に絶交した俳優のアルベルトから懇願されて、自伝的な脚本をアルベルト主演で上演することを許可する。そこに予期せぬ再会が待っていた。舞台にも登場するサルバドールの別れた恋人、フェデリコが偶然観劇に訪れたのだ。しばし再会を喜び合うサルバドールとフェデリコは、愛し合いながらも別れた2人の苦い思い出を回顧しつつ、今でも双方がかけがえのない存在であることを確認する。同時に、サルバドールは少年時代に体験した気絶するように耽美な初恋を回想することで、自分が歩んできた人生と向き合い、苦しみを乗り越えて再び映画作家としての創作意欲を取り戻していくのだった。
アルモドバルは私物の家具やアートを作品に提供した
映画で注目すべきは、アルモドバルのミラノにある自宅がマドリッドのスタジオ内に克明に移設されている点だ。プロダクション・デザインを担当したアンチョン・ゴメスはこれまでも『オール・アバウト・マイ・マザー』(98)、『トーク・トゥ・ハー』(02)、『私が、生きる肌』(11)、『ジュリエッタ』(16)等でアルモドバルとコラボして来たスペイン映画界を代表するデザイナーだ。ゴメスは、「ペドロにとってインテリアは映画の登場人物なのです」とコメント。アルモドバル自身がコレクションし、自室に飾ってある20世紀を代表するデザインや、アートやオブジェを、重要な場面でさりげない背景として使っている。それらは、アートコレクターとしても知られるアルモドバルの研ぎ澄まされたセンスの証であり、自分自身を描く上でインテリアこそが重要と考える彼の美意識に裏打ちされた品々だ。そこで、アルモドバル自身が「家具の50%は私の所有物です」と説明する、映画に登場するインテリア及び絵画のリストを以下に紹介しよう。
運命的に再会を果たしたフェデリコとサルバドールがサルバドールの自宅で向き合って寛ぐのは、20世紀オランダを代表するモダニズム建築の達人、ヘリット・リートフェルトがデザインしたシリーズ”637ユトレヒト”の赤いアームチェア。いつも赤はアルモドバルのテーマカラーだ。テーブルの上に置かれているのは、同じく20世紀を代表するイタリア人照明デザイナー、ガエ・アウレンティの代表作であるピピストレッロ・ランプ。また、サルバドールはカッシーナ社の家具デザインで知られるイタリア人デザイナー、マリオ・ベリーニのダイニングテーブルの上にPCを置いて仕事机として使っている。
部屋の反対側の壁に飾られているのは、1970~80年代にスペインで巻き起こったアートのムーブメント、マドリード・ニューフィギュラティブを代表する前衛画家、ギジェルモ・ペレス・ビジャルタの抽象画。目や鼻がない人物の顔が印象的だ。他にもスペインのシュールリアリスト画家、マルハ・マッロが描いた仮面の絵、”Mascaras Diagonal”や、アメリカのダダイスト、シュールレアリストとして知られる写真家、マン・レイのモノクロ写真が壁を埋め尽くしている。
サルバトールがベッドに横たわる年老いた母、ハシンタと語らうベッドサイドには、イタリアの建築家兼デザイナー、ヴィコ・マジストレッティの代表作、エクリッセ・ランプが置かれている。レバーを回転させて内側のシェードの開閉を調整すると、月の満ち欠けが味わえる仕組みだ。
白眉は、サルバドール家のキッチンだろう。真っ赤なシステムキッチンにペパーミントグリーンのタイルが目にも鮮やかな空間には、黄色いコーヒーカップと、スペインの建築家でインスタレーション等でも活躍するパトリシア・ウルキオラの代表作で、フィヨルドの白が印象的な”Fjord H Chair”が配置されている。赤、ペパーミント、黄色、白と来て、テーブルの上で一際存在感を発揮しているのは、フランスの老舗ブランド、エルメスの陶磁器シリーズ、ブルーダイユールのブルーのソーサーとティーカップだ。
すべては、ペドロ・アルモドバルが強く影響され、同じ時代を共に歩んできた逸品ばかり。自伝とも称される作品には、それら私物インテリアの提供は不可欠だと、本人は考えたに違いない。背景と対等に渡り合うカラフルなファッションも含めて、画面の中に監督の美意識と価値観がひしめき合う『ペイン・アンド・グローリー』は、コアなアルモドバル・ファンは勿論、20世紀のヨーロッパのアートや家具に関心のある方に是非お勧めしたい。劇中に登場するインテリアの一部は実際に購入もできる。
『ペイン・アンド・グローリー』
6月19日(金) TOHOシネマズシャンテ、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー
配給: キノフィルムズ
(C) El Deseo.