行楽の秋、ガソリン価格が値下がりしている理由
資源エネルギー庁の「石油製品価格調査」によると、10月6日時点でのレギュラーガソリン全国平均価格は、1リットル当たりで前週比-0.3円の166.3円となった。7月14日時点の169.9円をピークに、これで12週連続の値下がりとなる。過去12週間の累計で3.9円の値下がりであり、依然として高値水準ながらもガソリン高が家計に与えるダメージは一服した状態にある。
だが、ちょっと待って欲しい。今年は3月上旬から7月中旬にかけて、ウクライナやイラクといった軍事紛争を背景に原油価格が急騰し、それが国内ガソリン価格を押し上げていたのではなかっただろうか。足元では、ウクライナの停戦合意から1ヶ月が経過しているが、イラクとシリアではイスラム国の勢力拡大で米軍がついに軍事介入に踏み切らざるを得ない状況に追い込まれるなど、原油供給環境は寧ろ悪化しているとの評価も可能なはずである。現に、株式市場では「地政学的リスク」の脅威が再評価を迫られて値動きが不安定化するなど、この問題は現在も進行中のはずだ。
その後の急激な円安を考慮すれば、ガソリン価格は更に上昇していても何ら不思議な状況ではないとも言える。現に、食品分野では円安による原料価格の上昇に耐えられず、即席麺やレギュラーコーヒー、チーズ・バター、ワインなどの幅広い分野で小売価格の値上げが始まっている。一部の飲食店も、価格改定に踏み切らざるを得ない程、円安の影響は大きくなっているはずだ。わが国では、ガソリンの原料となる原油をほぼ100%輸入に頼っている以上、円安はガソリン価格の値上げ圧力に直結しても不思議ではないはずだ。
しかし、現実にガソリン価格は160円台中盤という高値圏ながらも概ね3ヶ月連続で値下がりしており、家計へのダメージは秋の行楽シーズンに若干ながら緩和圧力を見せている。今、ガソリン価格に何が起きているのだろうか?
■円安よりも原油安
単純な回答としては、「円安による値上げプレッシャー」よりも、「ドル建て原油価格下落による値下げプレッシャー」の方が大きくなっていることに尽きる。
一般消費者が余り目にすることはないだろうが、実はドル建ての原油価格は過去4ヶ月近くにわたって値下がりしている。例えば、中東のドバイ産原油価格の場合だと、6月下旬には1バレル=111.65ドルを記録していたのが、直近の10月7日時点では91.45ドルまで値下がりしている。単純計算で累計18.1%の値下がりである。
一方、同じ期間にドル/円相場がどのような値動きを見せているかというと、1ドル=101.93円から108.41円まで6.4%のドル高・円安に留まっている。為替市場で6%超の円安というのは決して小さな動きではないが、原油相場の変動率はこの2倍以上であり、円安環境で原油調達コストが急落するという珍しい現象が正当化されている。
■海外で原油相場が急落している理由
では、なぜ毎日のようにイスラム国で激しい戦闘が報じられているにもかかわらず、ドル建て原油価格は急落しているのだろうか。特に、戦闘の中心地になっているイラクは石油輸出国機構(OPEC)内でもサウジアラビアに次ぐ重要産油国であり、「イラクにおける軍事紛争→原油価格急騰」というのが普通の相場反応ではないのだろうか。ウクライナ情勢も小康状態にあるとは言え、欧米とロシアとの対立は一向に解消されておらず、現在のような原油安は正しい相場反応と言えるのだろうか。
そこで現在の原油市場関係者が何を以って原油相場の値下がりを正当化しているのかを解説すると、筆頭にあげるべきは世界石油需要環境の弱さに尽きる。世界経済は着実な拡大傾向を示しているが、従来想定されていたよりも遥かに弱い成長に留まる可能性が高まっているのである。
例えば、国際通貨基金(IMF)の2014年世界成長見通しを時系列でみてみると、1月時点では+3.7%、4月時点でも3.7%とされていたのが、7月には+3.4%まで下方修正され、10月には更に+3.3%まで下方修正されている。
しかも、こうした成長見通し下方修正は、世界石油需要の伸びを牽引している新興国・途上国で特に深刻化しており、こちらに限定すると1月時点の+5.1%から4月+4.8%、7月+4.6%、10月+4.4%と、年初から既に0.7%もの下方修正が行われている。
この衝撃は当然に世界経済動向と強い連動性を有する石油需要環境も直撃することになり、国際エネルギー機関(IEA)の最新の2014年世界石油需要見通しは前年比で日量+90万バレルの9,260万バレルに留まっている。世界石油需要の伸びが100万バレルに届かない事態というのは、リーマンショック直後の09年以来のことであり、世界経済の拡大(=石油需要の拡大)に対応するために供給量を増やしてきた産油国は需要の消滅に慌てて、原油売却価格のディスカウントを迫られているのである。
しかもタイミングが良いのか悪いのか評価が分かれるが、このタイミングでOPEC加盟国のリビアが本格的に市場復帰し始めた。同国は、2011年の内戦後も原油生産・輸出を巡って内乱状態にあったが、ここにきて政府・反政府組織の合意が成立し、輸出再開の目処が立ち始めている。リビアの産油量は今年前半は日量20万バレル台を推移していたが、足元では100万バレル回復を窺う状況にあり、これまで想定されていなかった原油供給が短期間に市場に供給されたことがパニック状態を引き起こしている。
加えて、米国ではシェール革命が継続しており、今や前年比で100万バレル規模の増産が可能な状況になっている。年内に、サウジアラビアの産油量を上回ることが確実視される状況にある。現在の需要環境であれば、米国一カ国で世界の需要拡大に対応できる状況にあり、特に米国からの輸入が大きく落ち込んでいる西アフリカや中東地区では、行き場を失った原油があふれる状況になっている。
■今後のガソリン価格は?
今や、産油国がどこまでの原油安を容認するのか、耐えられるのかという、我慢比べのステージに突入し始めている。現状では、OPECは協調減産に否定的だが、イランなどの一部加盟国は財政均衡に必要な原油価格水準を下回っており、11月27日のOPEC総会に向けて、価格カルテルとしてのOPECの対応が注目されることになる。また、シェールオイルについても原油価格が低下すれば当然に採掘活動の縮小が想定され、そうした減産圧力が強まり始める価格水準を巡る議論が活発化している。
これまで、ガソリン価格は円安環境でも値下がり傾向を実現してきたが、海外原油相場が下げ一服となれば、今後は円安に伴う値上げ圧力の直撃を受けることになる。ガソリン価格は辛うじて170円台乗せを回避した状態にあるが、現状はつかの間の休息状態に過ぎないのかもしれない。