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長時間労働の原因は「ダラダラ残業」なのか?

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
新橋の夜景(残業の光?)(写真:アフロ)

残業代ねらいのダラダラ残業の根拠?!

 秋の国会での重要法案になる「残業代ゼロ」制度について、いろいろな意見をネットで見ていたところ、偶然あるニュース見つけました。

1万人に聞いた「残業する理由」、1位は「残業代がほしいから」

 そういえば、このニュースが出た時にも見た覚えがあって、何かコメントしないとなぁ、と思っていたアンケート結果でした。

 しかし、その後、なんやかんやと忙しく、すっかりと忘却しておりました。

 ただ、論者の中には、このアンケート結果を拠り所にして残業代ゼロ制度を推進しようとしている人もいたので、このアンケートの公表は3月2日なのですが、実にほぼ半年の時を経た今、あえて言及したいと思います!

どんなアンケート?

 まず、このアンケートですが、エンジニア情報サイト「fabcross for エンジニア」が今年3月2日に公表したもので、会社員・公務員1万145人を対象にした「残業に関するアンケート」とのことです。

 その労働者の残業時間ごとに層をつくって回答結果を発表している点で、とても興味深い結果となっています。

 さて、残業の要因のところですが、このアンケートでは、残業をする主要な要因を4つ挙げ、それぞれ

「非常にあてはまる」

「やや当てはまる」

「どちらとも言えない」

「あまり当てはまらない」

「まったく当てはまらない」

を回答させるものです。

 そして、4つの選択肢は以下のとおりです。

・残業する主な要因は、上司からの指示だ

・残業する主な要因は、担当業務でより多くの成果を出したいからだ

・残業する主な要因は、自分の能力不足によるものだ

・残業する主な要因は、残業費をもらって生活費を増やしたいからだ

 そして、アンケート結果では、最後の「残業費をもらって生活費を増やしたいからだ」の「非常にあてはまる」「やや当てはまる」の合計が34.6%で、他の3つよりも多く1位だったので、「 1万人に聞いた「残業する理由」、1位は「残業代がほしいから」」という見出しのニュースになったようです。

 しかし、ニュースサイトのグラフをよく見ると、実は、「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」の合計も「残業費をもらって生活費を増やしたいからだ」が34.7%で4つのうちで1位なのです(画像だと小さくて読みにくいので、直接リンク先をご確認ください。)。

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出典:1万人に聞いた「残業する理由」、1位は「残業代がほしいから」

 また、このアンケートの主催者のHPで行われている詳細発表を見てみると、残業時間が長い層ほど「残業費をもらって生活費を増やしたいからだ」について「まったく当てはまらない」が増える傾向にあることが分かります。

 たとえば、「71~100時間」の層では、「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」の合計が6割ほどとなっており、このくらいの残業をする層は、「残業費」よりも休みがほしそうにみえます。

画像

出典:「【残業時間別:1万人残業調査】残業が多い人ほど、「より多くの成果を出したい」から残業していたと判明」より

 残念ながら、詳細の発表のほうは、「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」の数字が記載されていないため、概数しか分からないのですが、読み解くと以下のとおりになりそうです(カッコ内は「まったく当てはまらない」の割合)。

0時間      25%(14%)

1~10時間   33%(18%)

11~20時間  34%(17%)

21~30時間  40%(22%)

31~40時間  42%(25%)

41~50時間  43%(28%)

51~70時間  53%(35%)

71~100時間  60%(49%)

101時間以上  40%(33%)

 以上は、グラフを見て、私が目視でパーセンテージを出したものなので、数%の誤差はあるかもしれませんが、なかなか面白い結果になっています。

 もっとも、「101時間以上」の層の「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」の合計は約40%と下がります。この点も、なぜなのか少し分析が必要かもしれません。

なぜか「業務量が多い」という項目がない

 なお、このアンケートで疑問なのは、他の調査では1位になる「業務量が多い」という項目が抜けている点です。

 もしこの「残業する主な要因は、仕事量が多いため」という項目があったらどうだったでしょうか。

 その意味で、選択肢に強い疑問があります。

 もしかして、アンケートの主催者は、あまりに当然なので選択肢に入れなかったのかもしれませんが、他の調査ではいつも1位となる項目を入れなかったのは残念です。

長時間労働の原因が「ダラダラ残業」にあるとする根拠にはならない

 こうした重要な項目が落ちていることや、「当てはまる」系と「当てはまらない」系の数値を見る限り、このアンケート結果を拠り所として、長時間労働の要因が「残業代があるから」とするのは、不正確であると思います。

<参考>

中小企業等労働条件実態調査」(2008年)

時間外労働を行う主な理由

1位「業務量が多い」(40.4%)

2位「自分の仕事をきちんと仕上げたい」(35.9%)

3位「所定外でないとできない仕事がある」(17.7%)

4位「人員が不足している」(16.2%)

8位「収入を確保する」(3.9%)

独立行政法人 労働政策研究・研修機構「仕事特性・個人特性と労働時間」調査結果(2010年12月7日)

所定労働時間を超えて働く理由

※管理職と非管理職とで分けて調査

1位 管理職・非管理職ともに「仕事量が多いから」(管理職63.9%、非管理職62.5%)

2位 管理職・非管理職ともに「予定外の仕事が突発的に飛び込んでくるから」(管理職36.0%、非管理職31.2%)

3位 管理職「自分の仕事をきちんと仕上げたいから」(30.9%)

3位 非管理職は「人手不足だから」(30.2%)

「残業手当や休日手当を増やしたいから」は、管理職で0.1%、非管理職で3.9%

平成28年版過労死等防止対策白書(2015年委託調査)

所定外労働(残業)が発生する理由

企業調査 

1位 顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため 44.5%

2位 業務量が多いため 43.3%

3位 仕事の繁閑の差が大きいため 39.6%

4位 人員が不足しているため 30.6%

労働者調査(正社員フルタイム)

1位 人員が足りないため(仕事量が多いため) 41.3%

2位 予定外の仕事が突発的に発生するため 32.2%

3位 業務の繁閑が激しいため 30.6%

4位 仕事の締切や納期が短いため 17.1%

※ 残業手当を増やしたいため 2.2%

 

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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